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荒れ鷹  作者: 雷華
≪第4部 悲しみと憐れみと憎しみと…≫
25/38

【夢見の章】

一部、暴力シーンあります。

 クーオフクへと戻ってきた(セイ)(コウ)は、ミティーの泊まる宿へと真っ直ぐに向かった。依然、意識を取り戻す様子のない彼女を不安そうに見つめながら、青は溜息を吐いた。

「すみません…。私がいながらこんなことに…」

「我々も、気付くのが遅かった。お前1人の責ではない。気にするな」

黄ならばそう言うだろうと、には解っていた。しかし、ティバロを連れて来た事でミティーが斬られたのだから、彼を連れて来た青は、黄よりも自責の念が強かった。付いて来たティバロを、何としてでも追い払わなければならなかったというのに。そう思うと、気にせずにはいられない。

「…最悪の事態になっていなければいいのだが…」

普段は冷静な黄も、ミティーの安否となるとさすがに焦りを隠せない。


 宿に着くと、二人は主人に適当に事情を説明し、部屋へと入った。

「……黄、いくら何でも…あの説明はどうかと思いました」

呆れたように俯く青に、黄は首を傾げる。

「何故だ?真実を伝えたまでだが…」

「それが、いけないのですよ。

 我々は普段から姿を隠していて、ミティー様はお一人。

 唐突に現れた我々が主だと言ったところで、信じられますか?」

黄は宿の主人に説明する際、「我々の主が怪我をしてしまったので連れて来た。ここに部屋を取っているはずだから、使わせてもらう」と言った。主人は首を傾げながらも「はぁ」と承諾してくれたが、その眼は明らかに疑いの色が強かった。

「我々にとっては、それが普通だ」

「私達にとって普通でも、周りは違います。

 貴方らしくもない…。

 不審に思われては後々困る事になりかねませんよ」

軽く首を左右に振り、青は溜息を吐いた。それに対し、黄は眉を潜める。

「そう…か。すまない、ミティー殿のことしか頭になかった。

 以後、気を付けよう」

「…以前にも同じような事がありましたよね?

 そして、その時も同じ事を言った気がします」

呆れた様子です青が言うと、黄は困り果てて言葉に詰まる。それを見た青は笑みを浮かべた。

「ふふ…、黄は本当に、ミティー様を愛しているのですね」

「っ…な…何を言い出すのだ!?青!」

ミティーを寝台に寝かせようとした黄は、ミティーを下ろさずに慌てて振り返った。

「それほど慌てることでもないでしょう?

 私達は皆、ミティー様を慕い、愛しているではないですか。

 だからこそ、過去に付き従った誰よりも…

 強く忠誠を誓っているのではないですか」

サラリと流す青に、黄はどう返してよいか解らず、背を向けてしまった。それから静かにミティーを寝台に下ろし、毛布を体に掛ける。

「…忌まわしい『あの事件』が、強い忠誠を示す理由だ、青。

 ミティー殿は幼い頃から真っ直ぐ、汚れ無き瞳で我々を見ておられた。

 明るく無邪気な笑顔からは、力を誇示する事も、力を畏怖する事もなかった。

 あのような事が無ければ……その笑顔も消えることはなかったと思うと、尚更だ」

ようやく出た黄の言葉に、青は何も言えずにミティーを見詰めた。彼女は、どこか苦しそうな、悲しそうな表情で、眠っている。

 窓の外から見える海に、夕陽が沈みかけていた。


 *    *    *    *    *


 そこには、見慣れたはずの風景が広がっていた。両親と2人の姉、そして自分も含めた5人が、円卓で食事をしている。何気ない、日常の風景だ。居間の窓からは、村の中央にある一本の大きな木が見える。その木を囲むようにレンガ造りの家が建てられていた。

 朝の早い時間だったので、外を歩く人の影も疎らだ。それを確認した後、視線を室内に戻す。居間には食事をするための円卓と、食器を置く為の戸棚があり、壁には長女が描いた絵が飾られている。食事をしながら、皆は他愛のないことを色々話していた。

 長女はすでに結婚し、今は夫と共に暮らしているが、この日は偶然、実家であるこの村へ遊びに来ていた。次女は母の手伝いをする毎日に愚痴をこぼし、母は家事をこなしながら、気ままな近所付き合いや遠くの友人との交流に精を出している。父はそんな家族を養う為に日夜働き、村の役場で安定した収入を得ていた。

 末娘である自分は、その特殊な力のせいで、家族に引け目を感じていた。いつか、迷惑を掛けないように旅に出ようとさえ思っていた。元々、一つ所でジッとしているのは性に合わないのもあり、家族に隠れては剣や槍、魔法の練習をしていた。この特殊な力を自覚してからは、力を持つことの不安が全身に圧し掛かっていたが、それ以上に、いつでも自分の傍にいてくれる、護ってくれる、頼もしい仲間達の存在が嬉しかった。力を自覚する前も、姿を見たことがあった為、友人として、また兄のように慕い、一緒にいることが多かった。

 その日も、また仲間達と秘密の練習をしに行こうと思っていた彼女は、朝食を食べ終えると同時に、席を立った。外は寒くなってきていたので、外套を上に羽織り、彼女は扉に向かう。不意に母に呼び止められて、振り返る。遅くならないようにという注意だけだったので、大丈夫だと笑って返す。そして、向き直り、扉を空けた瞬間、彼女の目の前は真っ赤に染まった。


 炎の赤、血の赤、服の赤…──


赤い服を着た4人の旅人と思しき男女が、村を攻撃している。炎を家という家に放ち、彼女の家にも、それは及んでいた。剣を持った男が、村人を何やら脅迫し、何も答えないと斬り殺していく。その4人は、村人に向かって、口々に叫んでいた。

「この村に『竜』がいるはずだ!

 その竜を引き渡せば、何もしないさ!

 早く出せよ!いるんだろ!?」

泣く子供を蹴り飛ばし、うるさく感じたのか首を斬り落とす。若い女が逃げようとすると捕らえ、陵辱し始める。魔道士は炎に飽きたのか、冷気を起こし、村人が凍えるのを面白がっている。まさに、地獄絵図だった。

「お、こんなとこにもまだいたぜ。

 やい、クソガキ、『竜』はどこだ!?」

家の扉から一歩も踏み出せずにいた彼女に向かって、男が1人、向かって来た。長女が急いで家に引き戻そうとする。しかし、男はそれを許さなかった。

「おっと。逃げるこたぁねぇだろ?ちょっと訊いてるだけさ。

 言えよ、『竜』はどこにいるんだよ!」

腕を痛いくらい強く掴まれ、彼女は顔を歪めた。恐怖以上に、村を襲う男達が憎かった。

「あ…あんた達、何なの!?」

「んなこたぁどうでもいいんだよ!

 早く教えろ!クソガキ!」

「そっちが教えてくれたら、ちゃんと言うから…」

彼女が「竜」の居場所を知っていることに気付き、男は上機嫌になった。ようやく、手がかりを見付けたのだ。

「へへへ、そういうことなら教えてやってもいいぜ。

 俺達はな荒野の機械兵を倒しまくる、正義の掃除屋なのさ。

 カッコいいだろ?『荒れ鷹』ってんだ。覚えときな」

男に言われなくても、彼女はその「荒れ鷹」という言葉をしっかりと記憶した。そして、それを聞いたからには、もう男に用はない。彼女は男に気が付かれないように、外套の懐に手を伸ばす。護身用にと、仲間から渡された短剣だった。役に立つことなどないだろうと思っていたが、まさに「備えあれば憂いなし」だ。

 短剣を抜くと同時に、彼女は男の腹部を斬りつけた。武器が短剣であることと、咄嗟に男が避けてしまった所為もあり、かすり傷しか与えられない。

「うわ!何しやがる!このクソガキめ!!」

背後で、家族が自分の名を叫んでいるが、気に留めず短剣を構える。きっと、自分が何を話しても、結局は殺されるだろうと思っていた。ならば、無駄な足掻きでも最後の抵抗でも、何でもしてやると、彼女は思ったのだ。

「『竜』の居場所は私しか知らない。

 何のために『竜』を探すの!?」

男は切れた服を見ながら、憎々しげに舌打ちをすると、彼女を睨み付けた。

「関係ねぇだろ!畜生…殺してやる!」

たかがかすり傷でも、男は不意打ちを食らったことに苛立っており、剣を抜いて彼女へと向かう。しかし、男の剣技は隙が多く、大振りだったため、彼女は振り下ろされた剣をかわすと、男の懐に飛び込み、短剣を胸に突き立てる。刃が肉に食い込む感触が手に伝わり、思わず顔を歪める。短剣を抜き、男から離れると、男は胸を押さえ、フラフラと後退した。

「く…そがき……がぁ…!」

短剣を振り、血を払い落とす。すると、家の中から悲鳴が聞こえた。慌てて振り返ると、仲間の男が、家族に近付いている。

 家の中に戻ろうとした彼女は、肩に走る衝撃と熱さに動きを止められた。ゆっくりと肩越しに振り向くと、また別の男が剣を振り下ろしたらしい姿が目に入る。刺した男の方は、その後ろで女に魔法を掛けてもらっている。

 途端に肩と全身に痛みが走り、彼女は力なくその場に膝を付いた。正面を見ると、男が長女を捕らえようとしている。叫ぼうにも、声にならない。それでも、無言の制止を訴えるように震える手を伸ばすが、無情にも背後の男が彼女を蹴り付け、地面に倒す。床に広がる血の海を見詰め、それでも思うのは、家族の無事。彼女は最後の力で、口を開いた。

「『我が身に宿り仕えし竜よ、呼び声に応え姿を現せ』」

その声はとても小さく、誰にも聞こえなかったが、意識を失わないように、彼女は集中して呪文を続けた。

「私の…全力をもって…今、みんなを…召喚するよ…。

 お願い…、みんなを…家族を…助けて…」

頬を伝う涙が血の海に落ちる。そこから光が溢れ、彼女を中心に魔方陣が描かれた。4色の光の球が彼女の体から飛び出し、空へと昇っていく。男達は何が起きたか解らず、空を見上げている。一瞬の静寂の後、空が光り、村を包み込んだ。生き残った村人も、空を見上げている。光が完全に消えると、空には4匹の竜が羽ばたいていた。大空に羽ばたく翼と長い尾は、それぞれの姿形が違う4匹の「竜」に共通している。その存在感、威圧感は、村に静寂を取り戻させる。

「…り…『竜』だぜ!やったなおい!本物だ!

 これで、遊んで暮らせるぞ!!」

男の1人が喜んで叫ぶと、黄金の竜がその男を睨み付ける。

『そのような理由でこの村を襲い…

 罪無き人々を殺傷したと言うのか?』

男は「竜」の声に慄いた。

『我らが主を傷付け…

 この惨劇を引き起こした貴様らを許しはしない…!』

「主…?まさかこのクソガキのことか?え?笑わせんなよ。

 お前らは今、この時から俺達のもんなんだよ!」

そう言って、彼女を斬り付けた男は彼女を蹴り、仰向けにさせる。彼女は、うっすらとだが意識を保っていた。何か言いたげに口を小さく動かしている。それは微かに「みんなを助けて」と言っているようだった。竜達はそれを見て喉を唸らせた。

『愚かな人間め…。

 我らが主を侮辱するという罪を更に重ねるか!』

黄金の竜が大きく羽ばたき、男達に向かって降下すると、それを合図に、残りの竜も降下する。

『そこをどけ!我らが主から離れよ!!』

黄金の竜は雄叫びを上げ、男達を威嚇する。地面を揺らし、彼女の前に降り立った竜は、男達よりも当然大きく、男達は後退した。

「ひぃっ」

情けない声を上げて、男達は慌てて彼女から離れた。家の中にいた男は玄関先に竜がいたので、居間の窓から家を出た。黄金の竜は男達を目で追いながら、様子を窺っている。するとその間に、青い竜が彼女の傍に寄り、長い首を近付け、心配そうに見詰めた。彼女が弱々しい笑みを浮かべると、青い竜は口を少し開け、淡く青い光を吐き出した。それは彼女を包み、傷を癒していく。

 まだ完全に傷が癒えていない状態でありながら、彼女は体を起こした。血の海を見て青い顔をしていた家族がすぐに駆け寄る。竜達は彼女の無事を確認すると、男達に向き直る。

『このお礼はさせてもらうぜ!覚悟しやがれ!』

赤い竜が地を揺らしながら男達に近付くと、男達は慌てて逃げ出した。すぐに、翠色の竜が逃げ道を塞ぐ。


  そこで、彼女の視界は暗転した──



 彼女は家族と共に、村の入り口に立っていた。焼け落ちた村に残された人々は、冷たい視線を彼女に向けている。村を襲った男達は「竜」に生き地獄を味合わされ、最後には骨すら残さずに殺された。この「竜」の活躍により村は救われた。だが、襲撃された元凶もやはり「竜」なのだ。その主だと知られた彼女は、村人に責め立てられた。村が襲われたのは、「竜」の主である彼女のせいだと。彼女は何も反論せず、ただ、罵倒の言葉を聞いていた。

 家族を失い泣き叫ぶ者、男達に陵辱され、正気を失ってしまった者、火傷を負い、一生残るであろう傷に絶望する者。それらは皆、彼女を憎み、言葉の暴力を浴びせ続けた。彼女が生まれ育ったこの村は、いつも温かかったはずだが、今では冷たさしか感じない。

 彼女は、肩に受けた傷を完全に癒せると理解していながらも、あえて残しておくと竜達に告げた。この惨劇を、罪を、背負う為にと彼女は言う。竜達は彼女に罪はないと何度も言い聞かせたが、彼女はすでに村人から手酷く責められた後だったため、その意志を変えることはできなかった。

 村を離れた彼女とその家族は、イソロッパスのティーンクに辿り着いた。そこに移り住むことを家族で決めたその日、彼女は荷を解く家族に向かって、謝罪した。

「ごめんなさい。私は、一緒には暮らせない…。

 1人で─ううん…仲間と、旅に出ます。

 元々、そのつもりだったけど、ちょっと計画が早まったかな。

 でも、あんなことになったから…

 もう、私は一緒に暮らせないです。

 …さようなら。いつか…必ず帰って来ます」

驚く皆に、彼女は深々と頭を下げ、家族が止める間もなく新しい家を飛び出した。


 ミティー・フェン=シューコアは、10歳という若さで家を飛び出し、旅へと出たのだった。それは、彼女の数奇で悲しい運命の幕開けに過ぎなかったが──。



 眠るミティーの頬に、涙が伝った。それを見た黄と青は、何も言わずにただ見守っているしかなかった。

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