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荒れ鷹  作者: 雷華
≪第4部 悲しみと憐れみと憎しみと…≫
24/38

【追悼の章】

 遺跡の外へと出たクライシュード達は、そこで待っていたマティーナとライナに出会った。二人は何が起こったのか知る由もなかったが、クライシュードとミティーの姿を確認すると、首を傾げた。何しろ、ミティーは衣服を真っ赤な血で染め、顔面蒼白の状態で、ティバロと共に遺跡の中に入った青に抱き上げられて出て来たのだ。

 彼らを待っていた、ミティーの命令で青が遺跡から助け出した女は、担架に乗せられている男を見て、その場に座り込んでしまった。

「そん…な…。モイス…」

目に涙を浮かべ、彼女は呆然と動かなくなった仲間を見詰めている。マティーナとライナは、そんな彼女の両側にしゃがみこむと、そっと肩に手を置いた。

「助けに入った俺達が…彼に助けられた。

 …俺達はもう行くが…最後に彼の名を教えてくれ。

 勇敢な…戦士の名を」

クライシュードは彼の名を他の仲間の男達に尋ねた。

「…モイス…モイスロフ・インマーサ…」

「モイス…か。その名は忘れない…」

亡くなった男─モイスロフの仲間に背を向けると、クライシュードの視界にマティーナとライナが飛び込んで来た。

「…お前らは…」

「ちょっと、あれどういうことさ!?

 ティバっちは?せーちゃんは!?ゆーちゃんは!?」

一番騒がしい奴が口を開いてしまったのかと、クライシュードは溜息を吐く。だが、説明するのも面倒なので、彼はマティーナを無視することにした。

(セイ)、早く戻ろう」

「うわ、めっちゃ無視入ってるし…」

「どの道、俺がどう話そうとも、あいつはそれを否定する。

 それなら、俺から話す意味はない」

何も言わない青と共に、クライシュードは歩き出す。マティーナは口篭り、彼等の背中を見詰める事しか出来なかった。が、ふと足を止め、クライシュードは思い出したように振り返った。

「そうだ、一つだけ確かなことがある。

 これはあいつも認めているしな。

 …シューコアは、あいつに…やられた」

鋭い視線をマティーナに送り、クライシュードは低い声でそう呟いた。

「え…?あいつって…まさかティバっち?どうして…」

その問に答えず、クライシュードは再び彼女達に背を向ける。青が抱き上げているミティーに幾度目かの後悔の眼差しを向け、彼はその場を離れようと一歩踏み出した。その時、辺りが一瞬にして紅に染まった。同時に、背後から熱気を感じる。

「な…っ!?」

振り返ったクライシュードは、遺跡の入り口付近にいたモイスロフとその仲間達が炎に包まれている光景を目の当りにした。

 マティーナとライナは言葉を失い、それを呆然と見ている。2人には何が起こったのか見当も付かなかった。クライシュードも何が起きたのか解らず眉をひそめていたが、険しい表情の青に気付く。その瞳は遥か上空を睨みつけていた。いつの間にか自分達の周りに結界が張られており、それを成したのが青だというのも予想できた。

「青…?」

「…すみません…。

 急なことだったので、彼等までは届きませんでした」

悲しげな声とは裏腹に、表情は依然険しいままである。

「え!?ちょ…何!?どゆこと!?」

「大きな…水の結界がうちらを守ってるよ、まーちゃん」

魔法使いではなかったが、ライナは意外にも早く状況を理解した。尤も、深い状況まではさすがに飲み込めていない様だったが。

「どこかに魔法を使う者がいます。狙いは…解りませんが。

 今の炎は上空から来ました。

 そして、まだ攻撃は終わっていない様です」

青の言葉の中にある嘘を、クライシュードはすぐに見つける事が出来たが、あえて口を噤んだ。


─狙いはシューコアに決まっている。

 そして、この…周りを顧みないやり方は…あいつらしかいない。


マティーナとライナも揃って空を見上げるも、そこに人影や怪しい影は見当たらない。無論、2人が見つけられるようなものなら、当の昔に青が攻撃を仕掛けていることだろう。

「…っ…来ます!」

青が叫ぶと同時に、上空に閃光が走る。次の瞬間、無数の光の矢が辺りに降り注いだ。青が張った結界に当たり、光は消滅していく。だが、攻撃は結界のある範囲に留まらない。いまだ燃え盛る炎の中にいた人達にも、容赦なくその光は降っていく。まだ辛うじて生きていた者も、それで完全に絶命した。

 更に、敵の攻撃は遺跡の入り口にも及び、遺跡の入り口は脆くも崩れ、その瓦礫がたった一つの出入り口を塞いでしまった。

「ひ…ひどい…」

ライナが目を背けると、マティーナは拳を強く握り、上空に向かって叫んだ。

「ふざけんな!姿、現しなさいよ!

 何でこんなことすんのさ!」

しばらくすると、攻撃は止み、荒野は再び静寂を取り戻した。

「まだ、か?」

「えぇ。今ので大体の位置は掴めましたが…」

さすがの「竜」も、全員を守りつつ戦う事には無理があった。

「…こんな時こそ、お前らの出番だろ?」

クライシュードは眠るミティーに─否、ミティーの内にいる「竜」達に語りかけた。自分は魔法を使えない。それでも、姿さえ見えれば、まだ戦う事が出来たかも知れない。だが、相手は姿が見えない程、上空にいる。さすがのクライシュードでも、これでは戦う事ができない。

 青は結界を張る事に集中し、更に、その腕にはミティーを抱いている。その場にいる者達を守る事が精一杯で、攻撃まで手が及ばない。ならば、残りの「竜」に呼び掛けるしか手はない。


─随分と勝手じゃねぇか。

 さっきは出るな、つったのに今度は出ろ、だ。

 ったくこれだから人間ってのは…。


(エン)、つまらない事を言わず、出るんだ。ミティー殿は今…。


─わぁってるよ!で、全員で出るのか?


「竜」同士の論争など、クライシュードには聞こえなかったが、青が呆れたように溜息を吐いているのを見ると、何かがあったらしいことだけは解った。

「…あ!また来るよ!」

再び閃光が走ると、ライナが叫んだ。今度は光ではなく氷が先程と同じように降って来た。それらは結界に当たっては、パリンと音を立てて消滅していく。皆は攻撃が止むのをただ待つ事しか出来なかった。

「クライシュードさん、少し…ミティー様をお願いします。

 残りの仲間が出て来るそうなので、結界を強化しなければ」

青は抱き上げていたミティーを、クライシュードに預ける。それから胸の前で両手を向かい合わせに構え呪文を詠唱し始めると、彼の体が青い光に包まれた。それとほぼ同時に、ミティーの内から、赤、緑、黄の光球が現れ、魔法が放たれたと思われる方へと飛んでいく。

「本当に全員…出てきたんだな」

眉を潜めているクライシュードに、マティーナとライナは顔を見合わせて首を傾げた。ミティーの体から現れたものが何なのか。クライシュードと青の態度や言葉は何を表しているのか。今まで以上に理解不能のようだ。それに気が付いたクライシュードは青を一瞥した。

「あまり深く知ろうとしない方がいい。

 これ以上悪い方向へ進みたくなければ、尚更な。

 …もっとも、あいつがそれを許すはずもないが」

「もう…さっぱりさ」

肩を竦め、マティーナは首を振った。

 上空に昇って行った3つの光は、肉眼では確認できない。かなり高い所まで行っているようだ。その時、上空が紅に染まった。再び炎でも振ってくるのかと思いきや、攻撃される気配はすでになかった。それから間もなくして上空から何かが降ってきた。それは黒焦げになった人間のように見える。体中に無数の切り傷があるが、そこから血は流れていない。何とも惨たらしい姿に、マティーナとライナは言葉を失っている。

「……こいつか、青?」

「そう…ですね。…ということはそろそろ…」

青が落ちてきた者の姿を見ながら、向かい合わせにした両手を前に翳した。すると、結界がより強い光を放つ。

「おい…待てよ。まさかまだ?」

「え…何々!?」

動揺する人間達など気にも留めず、「竜」達は上空から巨大な光の球を放ったらしい。気が付いた時には眩い光に視界を遮られていた。同時に地は揺れ、辺りがその光に飲み込まれていく。

 やがて、光は徐々に収束していき、完全に消えた時、青の結界も解かれていた。視界が開けると、そこには何も無かった。落ちてきた敵はおろか、草木も岩もそして、遺跡の入り口も、跡形も無く消えている。遺跡は地下にあるため、砂塵が入り口に詰まってしまったのだろう。その光景を見て、クライシュードは頭を抱えた。

「いくら何でもやり過ぎだろう、これは…」

「そんなこたぁねぇよ」

空から降りて来たのは、人の姿をした3匹の「竜」だった。クライシュードは(エン)の姿を確認すると、すぐに残りの「竜」を見た。この「竜」達はミティーと初めて会った時以来、見たことがなかった。

 翡翠色の、肩にかかるほどの髪を一つに束ね、同色の瞳は切れ長で、冷たい印象を受ける「竜」。そして、やや癖の強い金色の短髪に毅然とした面持ちの、4匹の「竜」をまとめる役を担うだろう「竜」。その2匹の「竜」はクライシュードを見据えた。こうして顔を合わせる事は初めてだったので、クライシュードはまた何か言われるのではないかと、覚悟を決めていた。

「…そうだな。まだ足りないだろう」

翡翠色の髪の「竜」が炎を見やり、不機嫌そうに呟く。

「あまり物騒な事を言うな。

 モイスロフ達だって、跡形も無く消滅したんだぞ?

 これじゃあ葬ってやることもできない…」

これ以上の惨事は想像できなかったが、クライシュードは彼らに反論した。

「……そうか。少々感情的になり過ぎたようだ」

周りを見渡し、金髪の「竜」が困ったように呟く。話が解る相手がいて良かったと、クライシュードは少し安心した。

(コウ)!何言ってんだよ!あいつはミティーを狙って来たんだ!」

「それでも、ここまでの騒ぎは起こすべきではなかったぞ、炎。

 後を悔いても仕方のないことだが…。

 何も知らない人間が疑問に思うだろう。

 奴等に気付かれた可能性もある。

 最悪、イソロッパスから離れなければならないかもしれない」

今更ながら冷静な言葉を投げかける黄に、炎は口篭った。

「ミティーが起きていなかったことが、唯一の救い…か?」

「そうですね…。この光景を見たら何とおっしゃるか。

 また嫌われてしまいますね、(スイ)

笑いながら言う青に、翡翠色の髪の「竜」─翠は眉を潜めた。

「これ以上、どう嫌われろと?」

「はは、口を利きたくない、顔も見たくない。

 次は何を言われるか楽しみだ」

青と共に笑いながら黄が言うと、翠は顔を背けた。どうやら、彼はミティーに嫌われているらしい。クライシュードはおかしいなと首を傾げた。「竜」達は家族同然だとミティーは言っていた。嫌うはずなどない。

「そんなことよりも、早くここを離れた方がいいのではないか?

 黄が言った通り、少々やり過ぎてしまった。

 誰かに見付かる前に行こう」

話題を切り替えたかったのだろう、翠が皆を急かすと、黄もそれに頷いた。

「そうだな。

 …炎と翠は戻れ。私と青でミティー殿をお連れする」

炎は休むようミティーに言われており、翠は嫌われているからという理由が影にあったかどうかは解らないが、彼等は素直に黄の言葉に従い、ミティーの内へと戻る。

「貴公も行くのだろう?クライシュード殿」

「あぁ、当り前だ」

しっかりとミティーを抱き上げながら、クライシュードは強く言った。黄がそれに頷き、一行は足早に歩き始めた。

「ち…ちょっと!」

思いがけず引き止められたので、黄は不機嫌な表情で振り向いた。そこには呆けていたマティーナとライナが立っている。

「遺跡、埋まっちゃったじゃん!

 まだ…中にせーちゃんもゆーちゃんもティバっちもいるのに!!」

遺跡の入り口はあれ一つしかなかった。このままでは生き埋めの状態で、いずれ窒息死してしまうと、マティーナは訴えた。入り口に詰まった砂塵をすべてかき出すのは無理がある。

「知らぬな。我々は他人の命令には従わない。

 主は常に1人─ミティー殿のみだ」

黄が冷たく突き放すと、ライナは遺跡のあった方を見つめた。

「何でそんな酷いこと言えるの…?私達の仲間…助けてよ!」

「我々の仲間ではない。

 それに…主を傷付けた者を助けようとも思わんな」

もっともな理由を言われ、マティーナもライナも口を噤んだ。

 黄の後ろで青が憐れみのこもった瞳を向けているが、何も言わない。クライシュードは小さく溜息を吐き、ミティーを見つめた。


─奴のせいでミティーはこの状態にある。

 自業自得と言えばそれまでだ。だが…。


クライシュードはその行動がどういう結果を生むのか、薄々勘付いてはいたが、そうしないわけにはいかなかった。「人間」として──。

「…黄…と言ったな。悪いが、シューコアを頼む」

「クライシュード殿…?どういうことだ」

クライシュードが予想した通り、黄は彼に鋭い視線を向ける。

「確かにあいつはシューコアを斬り、傷付けた。

 それは俺も許せないさ。

 だが、それ以前に『人間』として、見捨てることはできない。

 シューコアなら、きっとそう言うだろう?

 …もし考えが違ってシューコアに憎まれても、俺は構わない。

 シューコアにはどう説明してもいい。

 俺がいない間にイソロッパスを出たって恨みはしない。

 それでも……俺は、残る」

ミティーの内で炎が何か叫んでそうだが、クライシュードの瞳に迷いは無かった。黄は少し考えてからミティーを預かり、頷いた。

「了解した」

「悪いな。主を傷付けた奴を、お前らが助ける道理はない。

 かと言って、ここであいつらを見捨てて行ったら、

 敵が増える事になりそうだ。

 下手をすると、あの黒い集団に寝返るなんて事も考えられる。

 厄介な事はさっさと片付ける性質なんでね」

苦笑いを浮かべ、クライシュードは青を見た。

「すみません、クライシュードさん…」

「謝る事なんてないさ。

 早く行った方がいい。人が集まってくるぞ」

「そうさせてもらう。…また会おう、クライシュード殿」

黄の意外な言葉にクライシュードは驚いたが、静かに頷くと、黄は満足そうに笑みを浮かべ、消えてしまった。青は軽く頭を下げ、黄に続いてその場から消える。

「…さて、やるか…」

「あんた…どうして……?」

「俺はクライシュード・ミーヴル、クライスでいい。

 ここに残った理由は今のやり取りから推測しろ。

 早く始めるぞ。時間の余裕はないだろう?」

クライシュードは一度だけ振り返り、砂の舞う荒野に向かって、冥福を祈った。巻き込まれ、亡くなった者達を想いながら──。

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