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荒れ鷹  作者: 雷華
≪第3部 荒野へ≫
22/38

【追走の章】

「おいお前!待てよ!」

ティバロはすぐ前方を走る、セイと呼ばれていた青年の後を走りながら呼び掛けた。しかし、彼は立ち止まることはおろか振り向きさえせずに走り続けている。

「ティ…ティバロ君…!は…早いよぅ」

全速力で走るティバロとその前を走る彼から少しずつ離されてしまっていたので、セフィークはたまらずに声を掛けた。

「…解った、君らは後からゆっくり来てくれ。

 曲がり道には印でも付けておくから!」

それだけ言うと、ティバロは更に加速して、前の青年を追って行ってしまった。

「迷ったら…どうするんだろ…?」

「何も考えてないんでしょ。仕方ないからゆっくり行こっか」

冷たく吐き捨てるユークに、セフィークはとりあず頷いた。


 前を走っている青年は、長いローブを纏っているにもかかわらず速かった。幸いだったのが、幾つもあった分かれ道が殆ど直進だった為、見失わずに済んだことである。分かれ道が見えた時点で、ティバロは剣で地面に跡をつけ、セフィーク達が迷わず来れるような配慮も忘れなかった。

「…いい加減止まれや!」

一気に加速し、ティバロは手を伸ばした。その手が青年の腕を掴むと、青年は急停止した勢いで後ろへとのけぞってしまう。その時、彼はようやく振り向いた。

「何をするのですか!?」

「こっちは待てっつってんだよ!何が…」

「私は貴方に割いている時間などないのです!」

ティバロの言葉を遮り、彼は手を振り解こうとした。刹那、強い光が2人の前方から後方に向かって駆け抜け、一瞬視界を遮られる。

「っ…何…だ!?」

「これは…!」

「…やっぱり、何が起きてるか知ってんだな!?

 ここも偽のΗ(イータ)がいるんだろ!? 俺達も外で戦ってきたんだ一体…」

「貴方はここで引き返してください。…その方が、身のためです…」

ティバロの言葉はまたしても彼に遮られた。

「…気に入らねーな…。ここまで来て、引き下がれるかよ!」

青年の突き放すような言葉と態度に苛立ちを感じ、ティバロはそう返した。すると、青年はティバロを睨みつけ、腕を振り払おうとする。勿論、ティバロはさせまいと更に力を加えた。しかし、彼が力を加えた瞬間、ティバロの手は何かに弾かれ、青年の腕から離れた。

「っな…!?」

「邪魔を…しないでください!」

「……お前…何者だ…?」

魔力石の付いた武器や装備を持っていない様子の青年に、ティバロは疑いの眼差しを向けた。呪文の詠唱も魔力石の助けもなく、普通の人間が魔法を唱えられるはずはない。それがティバロの常識だった。

「…以前一度お会いしていますよ。…では、急ぐのでこれで」

「待てって!会ってるって…いつだよ!

 それに、俺も行くぞ!んな中途半端で帰れるかっつーの!」

再び走り出す青年の後に続き、ティバロも走り出す。

「…では、何が起こっても貴方は口出ししないでください。

 貴方は巻き込まれた。

 だから真実を知るために来ることを許可しましょう。

 …しかし…それだけです。

 無用な詮索、口出しは『巻き込まれた者』には相応しくありませんからね」

無論、ティバロが納得するはずもなかったが、返事を聞く前に青年が走り去ってしまったので、ティバロは溜息を吐きながら彼の後を追った。

 前を行く青年とそれを追うティバロは、互いに口を開くことなく走り続けた。やがて、2人は真っ二つにされた機械兵Δ(デルタ)を発見し、足を止めた。

「…こりゃあ…Δ…だな…。見事に真っ二つにされてやがる。

 斬り口から見て、剣によるもんだろうな」

「幻術が掛けられていたようですね…。

 機械兵…いえ…この辺り全域に。今は打ち消されていますが」

ティバロは破壊されたΔを調べていたが、青年の言葉に振り向き、眉を潜める。

「全域?それに打ち消したって…何でんなことまで解んだよ」

「…このΔには、微かですが魔法をかけられていた痕跡があります。

 それに、先程の光─あれも魔法でした。私達に害のない魔法が広範囲に放たれた。

 何かを打ち消す魔法だと考えるのが妥当です。

 結界ならば、あのような光ではないですから」

青年は魔法をかけられていた痕跡が─と言ったが、ティバロは何も感じなかった。訝しそうに再びΔに顔を近付ける。

「魔法の痕跡…ねぇ…。…ところで」

ティバロは思い出したように立ち上がり、青年を見据えた。

「あんたさ、さっき言ってたろ?『助けを求めてきた奴ら』のこと。

 そいつらがどうなったか…あんたには解ってるのかい?」

青年はどこか安心したような表情を見せた。

「『仲間を助けて欲しい』そう言って、彼らは私達に仲間の命を託しました。

 その彼らが…遺跡の前から姿を消した。

 それはどう考えても不自然です。

 …恐らく…遺跡の中に戻ってきているのでしょう」

「ち…ちょっと待てよ!その方が不自然だろ!

 自分達の力じゃどうしようもないから助けを求めたんだぜ?」

普通に考えればそうなるが、青年は首を振る。

「私達の中の1人…今はこの先にいるのですが…。

 その方は助けを求めてきた彼らにこう言いました」


 自分じゃなにもできないから仲間を見捨てて逃げてきた。

 他人に助けを求めて、自分はそれに付いて行こうとしない。

 それで助ける気があると考える方がおかしい。

 仲間を大切だと思ってるなら、その命ぐらい懸けて当然だ。

 力がないとかあるとかそんなことは関係ない。

 自分の命が惜しいから仲間の命を捨てるような関係ならない方がマシだ。


ティバロはその言葉に愕然とした。

「何だよそれ…!立ち向かう力がないから力のあるヤツに頼んだ。

 ただそれだけだろ?それなのに、無理矢理助けに行かせるようなこと言って…。

 自分の命を惜しまないヤツが、他人の命を惜しめるってのか?

 そっちの方がおかしいだろ!」

その発言をしたものに対する侮辱と取れるティバロの言葉に、青年は彼を睨み付けた。

「貴方には解らないかもしれません。

 しかし、あの方は彼らに『助ける意思』を見せて欲しかっただけなのです。

 彼らが助けを求めてきた時に言った言葉が『一緒に来て助けてくれ』

 だとしたら、きっとあの方は何も言わず快く承諾したでしょう。

 …あの方にとって…『仲間』というものは特別なんです。

 何も知らずに、頭ごなしにあの方を否定するのは止めて頂きたいですね」

ティバロは青年の殺気に、口を噤んだ。だが、どこかに覚えのある状況に、眉を潜める。

「…何にしろ、こうして奴等はいなくなった。最悪の状況じゃないのか?」

「だから急いでいるんです。早く…あの方に知らせなければ…

 手遅れになってしまうかもしれないのですから…」

手遅れという言葉に、ティバロは険しい表情を返す。

「手遅れ…?」

「あの方はこの遺跡の構造を知らないですから…迷走することでしょう。

 しかし、彼らは一度入っている。

 あの方よりも先にその場所へ着いてしまったら…危険です」

破壊されたΔを背に、青年は走り出す。

「それにしても…あの方あの方って…随分とお偉い方なんだな」

再び並んで走るティバロは呆れたように訊いた。丁寧な言葉遣いというだけでは決してないと目を細めている。

「私達を救ってくださった恩人…とでも言っておきます。

 私達にとっては何よりも大切な方です。

 偉い偉くないは関係ありません。

 互いの関係というものは、上下や横並び以外にもあるものです。

 …そこまで考えが及ばないならば、それは悲しいことですね…」

サラリと人を侮辱することを言う青年に、ティバロは胸倉を掴み上げたい気分だったが、自分よりも前を平然と走っている青年にそれはできなかった。

「随分な、言い草じゃねぇかよ!」

「誰であろうと、侮辱されれば怒ります。

 それが自分や大切な方なら尚更です。

 大切な方との関係を誤解されることもまた然りですよ」

そう言って、青年は振り向き、柔らかな笑みを浮かべた。

 遺跡に入ったときにははっきりと聞こえていた悲鳴はいつしか聞こえなくなり、代わりに遠くで戦っているような金属音が鳴り響く。Ηが幻術と解った冒険者達が自信を取り戻し戦い始めているのだろう。

「…で、どこまで行くんだ?」

「無論、あの方が見付かるまでです」

「…そういやぁ、あんたの名前、聞いてなかったな」

特に名前を知らなくとも問題はなかったが、会話を持たせるために、ティバロはあえて訊いた。

「聞いてませんでしたか?女の方が私を呼んでいたのを。

 私は…(セイ)と申します」

「あぁ…何か、そんな風に呼んでたかもなぁ…。

 俺はティバロだ。

 …どうもあんたとは会ってる気がするんだが。

 名前は聞き覚えがないな」

頭をかきながらティバロは溜息を付いた。

「…だから、以前会っていると申し上げました。

 名は…名乗っていませんが…」

青の言葉に感化され、思い出そうと首を捻るティバロだったがやはり思い出せない。

 そうこうしているうちに、2人は何人かの男達が呆然と立ち尽くしている場所に出くわした。

「おい!どうしたんだ!?」

ティバロが男達に声を掛けると男達は揃って下を向く。焦れったくなり、ティバロは男達の見ていた方を見やった。青はすでに隣ではなく前方の、視線の先に立っている。

 そこには、倒れた血まみれの男と、それに手を翳し魔法を掛けている1人の女がいた。その女の横には男を突き刺したのか血に濡れた槍が転がっている。ティバロには何があったのか、すぐには理解できなかった。この状況下では彼が導き出す答えは一つしかない。


─あの女がやったんだ!


ティバロは女の傍に駆け寄ると、女の肩を掴んだ。

「テメェがやったんだな!?」

女が顔を上げると同時に、魔法は消えてしまった。彼女の表情は哀しみに満ちていたが、ティバロはその顔を忘れたことはなかった。

「ミティー・フェン=シューコア…!!」

驚愕と憤怒が同時にティバロを包み込む。感情に支配された彼の答えに、迷いや疑いはなかった。次の瞬間、ティバロの手は剣の柄を握っていた。

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