【夢幻の章】
昼間だというのに、荒野は不気味に静まり返っていた。上級の機械兵が現れたことで、荒野にいた「荒れ鷹」や冒険者のほとんどが姿を消した。だが、ティバロには信じられなかった。今まで上級機械兵の目撃例がこの荒野でなかったわけではないのだから、いてもおかしくはない。だが、その数は極少数で、遭遇する機会の方が少ないはずである。逃げ出した冒険者達が一つの場所から来たとは考えにくい。そうなると、複数の上級機械兵が複数の場所に存在することになってしまう。
現在までその姿を現さなかったとも考えられない。となると突然現れたことになる。自分達で増殖するはずはない。必然的にそこには人間の手が加えられるはずだ。何者かが、この荒野に上級機械兵を放ったとしたら、それは恐ろしいことである。
「くそっ!一体何がどうなってんだよ!」
ティバロは冒険者達が逃げてきた場所の見当をつけると、走り出した。
「あ、ティバロくん!?」
セフィークが慌ててその後を追うと、ユーク達も続いた。
「どこ行くんだい? ティバっち」
「だから、それやめろって言ってんだろが…」
「いいから、行き先答えなさいよ」
すっかり「ティバっち」の呼び方が染み付いたマティーナには何を言っても無駄だと、ユークは話を進めさせた。
「…ったく…。あのな、この先にも幾つか遺跡がある。
さっき見たあの集団が走って来たのは間違いなくこっちだ。
待てよ…? 確か昨日、怪しいおふれが出てたな」
彼は、思い出したように舌打ちした。
「おふれ…?」
「『鷹ノ巣』には定期的に一つのポイントを指定して、
そこを攻略できた者に報奨金を与えるような催し物があるんだよ。
…昨日がそのおふれの出る日だったってわけだ」
走り続けていた一行の前に、城跡のような遺跡が見え始める。城の形は全く残っていないが、城門の成れの果てと思われる柱が何本かあり、地面には柱の跡や堀の跡などが見受けられる。
「あれなの〜?」
ライナが相変わらずの気の抜けた声で訊いてくる。
「いや…あれは目印にすぎない。近くに地下への遺跡がある。そこだ」
「でも、酔狂だね。遺跡を攻略できた者に報奨金なんて…」
トレジャーハントを生業にしているマティーナにはおいしい話ではあったが、何か不自然さを感じるのか、笑っていない。
「おふれの対象になる遺跡は、色々と問題が出てるとこなんだ。
最初は討伐隊として、『鷹ノ巣』で冒険者を雇ってたみたいだぜ。
その数があまりにも少ないんで、報奨金を懸けるって事になった。
選抜に時間を割かれる事もなく、雇用契約もないからな。
何かあっても責任を取らずに済む。上手い事考えたもんだよ。
ただ…その所為か、賞金目当ての荒くれ者が増えて、治安は悪くなったが。
荒野の問題が片付いたら、今度は足元の問題が浮上したってワケさ。
何にしろ、お偉方は自分の都合が良い方に事を進めてく」
説明しながら走っていると、いつの間にか問題の城跡に着いてしまっていた。ティバロは、足を踏み入れる前に立ち止まり、周囲を見回した。
「…で、そのおふれが怪しいって、どういうこと?」
おふれ自体に問題はないというのは、ユークも気が付いていたので、彼女は更に踏み入った質問を投げた。
「見たら解ることなんだが…、いつもより、報奨金が多かった。
しかも、それを出したのは、一般市民だ。
報奨金を出すのは、荒野で問題が起きる事を恐れているお偉方が多い。
民間から金が出るのは前代未聞の事で、『鷹ノ巣』の役人も驚いてたぜ」
おふれとして出される報奨金の額は、通常でも民間人の払える金額ではない。それを遥かに凌ぐ額を、一般市民が果たして払えるのか。もしくはそれ程の依頼ということになる。
深く考えずに金目当てにそこを訪れた冒険者達は、そこに上級機械兵がいると言って逃げ出した。もし、そのおふれを出した一般市民がそのことを知っていて、何とかして欲しいのなら少しは話が解る。だが、荒野のことなど一般市民には関係ない。私生活に影響がないからだ。解っていても、莫大な金を払ってまで知らせて解決することではない。
「…考えられるのは…」
「…罠…ってこと? その賞金を出した人が仕組んだ…。
それとも…誰かが意図的に上級機械兵を造り、放した…!?」
可能性として挙げられることを、ユークはティバロの代わりに呟いた。それに対し、ティバロが小さく頷くと、セフィークは両手で口元を覆った。
「そんなの…ひどいよ…」
それ以上は誰も口を開かず、ただ、ティバロが探す遺跡が見付かるのを待った。
「っ!…あれだ…!」
程なくして、探し物は見付かった。ティバロは叫ぶと同時に足を踏み出したが、その行く手を大きな狼が遮ると、彼は足を止めざるを得なかった。
「くっ…。…っこいつは!?」
「っΗ…!」
その狼─機械兵Ηはティバロを睨みつけると、飛び掛った。
「ティバロくん!」
素早く腰に提げていた剣を抜き、ティバロは腰を落として身を屈めた。
Ηを限界まで引き付けると、Ηの横に回りこみ、剣を振り下ろす。Ηの体は剣を弾くほどの硬度を持っている。それを解っていても、ティバロは攻撃した。反射的に体が動いていると言っても間違いではない。しかし、驚くべきことに、ティバロの剣は、Ηの体を二つに分断した。
「えぇっ!?」
これには斬り付けた本人が一番驚いていた。まさか、これほど簡単にΗを斬ることができるとは思わなかったからだ。
「…っ違う…!ソレ…Ηじゃないよ、ティバロ君!」
「何だって!?」
ティバロは体を分断され、その切り口から火花をパリパリと飛ばしている機械兵を見た。先程までは確かに狼の姿でΗと信じて疑わなかった姿が、今では手の長い二足歩行型の下級機械兵の姿になっている。否、これがΗだと思って戦ったモノの正体だったのだ。
「っ…んな…ばかな! さっきまで…」
「ソレはどうみても、Αだよ……。
Ηの元になった、俊敏さを持たせた機械兵…」
そこまで言った所でユークはハッとして辺りを見た。いつの間にかティバロが斬ったΗらしき狼型の機械兵に囲まれている。その数は10や20ではなかった。
「ちょ…ちょっとちょっと、やばいんじゃないのぉ?」
マティーナが焦って短剣を抜いて構えると、ライナも弓を構えた。
「…これって…もしかしたら……。っせーちゃん!
他人の魔法を打ち消すような補助魔法、使える?」
いつ飛び掛ってくるかも解らない機械兵たちにロッドを向け、ユークはミティーに訊いた。
「え…? う…うん、できるけど…?」
「じゃあ、それをあいつらにかけて! 説明は後ね」
「わ…解った!」
セフィークが頷くと同時に、第一陣と思しき機械兵達が飛び掛かってきた。一気に6匹だ。ライナが矢を放つと、それは額の辺りに命中し、機械兵は地に伏す。更に続けてもう一本構え、放つ。それでも防ぎ切れない機械兵の1匹を、マティーナがその短剣で素早く3回斬りつける。切り刻まれた機械兵の部品が地に転がった。
ティバロはマティーナと背中合わせになるように立っていたので、彼女達とは逆側から襲ってくる機械兵を相手にしていた。どれも、ティバロまで到達することなく、斬り落とされている。
「よっしゃ! こいつらならいける!!」
「でも、数は向こうの方が圧倒的だよぉ」
ライナが弱気な発言をすると、ユークはロッドを機械兵達に向け、呪文を唱えた。
「『我司るは天をほとばしる雷、地を覆いて彼らに裁きを与えよ!』」
皆の周りに結界が張られ、上空には雷雲が現れた。そこから無数の雷が機械兵目掛けて落ちていく。ロッドについている紫水晶のような魔力石は、微かに紫色の光を放っていた。
「せーちゃん、今のうちに!」
「は…はいっ!」
セフィークは気を静めると、杖を前に突き出した。
「『この地にあまねく精霊達よ、私に力を貸してください。
精霊の力にて、全てにかけられし魔の力を打ち払え!』」
杖の先端に付いている白い魔力石が強い光を放ち、辺りを包み込む。皆はその眩しさに視界を奪われた。光が消え、皆が目を開けると、そこに機械兵は1匹もいない。
「…うっそ…全部だったの…!? 信じらんない…」
ユークは唖然として周りを見渡した。
「えぇ!? な…何で消えちゃったの…!?」
魔法を唱えたセフィークは何が起こったのか解っていなかったので、ユークは我に返るとロッドを降ろし、セフィークに説明を始めた。
「あのね、せーちゃん。今まで戦ってたのは幻なの。解る?」
Ηの姿で襲ってきたΑには、姿を変える幻術が掛けられていることにユークは気付き、セフィークにそれを解く魔法を唱えさせた。あわよくば何体かは本体すらも幻で、消えてくれれば幸いと思っていたのだが、全てが幻だったので度肝を抜かれてしまったのである。
「幻…あれ…全部…?しかも…魔法で?
そんなこと…できる人いるの…!?」
セフィークの驚愕した表情に、ユークは苦笑した。
「みたいだね。ボクもびっくりしたよ…」
「…って事は何か? あの冒険者どもは幻を見て、逃げ出したってーのか?」
ティバロはいまだ辺りを警戒しながら、眉を潜めた。
「そうとも、限らないけど…。可能性としては0じゃない…」
「何にせよ、あの遺跡に入ってみないと解らないってことか」
一度剣を鞘に収め、ティバロは顔を目的の場所へと向けた。そこには人が何人か立ってはいたものの、遺跡自体の姿はほとんど見えない。
「…人がいるな…。聞いてみるぞ」
皆の意見を聞く前に、スタスタとティバロは歩いていく。そんな彼に肩を竦め、ユーク達は付いていった。
「ホントに、ありがとうございました…。何とお礼を言ったら良いか…」
「私は主の命令に従っただけです。
礼なら私ではなくまだ中にいるお二人にお願いします」
女性と男性の話し声がする。ティバロは気にも留めずに近付いた。そこには左腕を怪我したらしい女性と、水色の長髪の男性が立っている。
「何かあったのか?」
ティバロが声を掛けると、2人は振り向いた。男性が少し驚いた表情をしたが、すぐに平静を取り戻し、頷いた。
「えぇ…少々…面倒なことが…」
「…遺跡の中に上級機械兵が現れた、か…?」
「よく…ご存じですね。その通りです…」
丁寧な口調で男性が答えると、ティバロはやはりなと鼻を鳴らした。
「…で、逃げ出せたのはお前ら2人だけなのか?」
「いえ…私は助け出されて、ここで仲間を待っているだけです。
先程までは他の方々もいたんですが…仲間を助けるとまた中に…。
この人は…私を助けてくれた人の仲間で…。
ここまで連れてきてくださったんです…」
女性がそう説明すると、ティバロは顔をしかめた。
「助けてくれた人…?」
「はい…。あ、私ったら…名前を窺うのを忘れていました!
あの…セイさん、あの方達は…」
「全て、上手く片が付いたらお話ししましょう。
今は…ここにいた方々が消えたことが気掛かりです」
セイと呼ばれた男性は、辺りを軽く見渡すと、小さく溜息を吐いた。
「どういうことだ?」
「…私達が遺跡に入る前、仲間を助けてくれと頼んで来た冒険者がいたのですが…。
今、戻ってくると誰もいなくて…。…まさか…!?」
嫌な予感がし、彼は身を翻して遺跡の中に入ろうとする。
「あ、おい!待てよ!こいつを置いて行く気か!?」
「…無事に遺跡の外まで連れ出す事が、私に課せられた使命ですから。
私は戻らなければいけません」
一端立ち止まり、ティバロに向かってそう言うと、彼は遺跡の地下へと消えて行ってしまった。
「あ、おい!……ちっ。俺らも行くぞ!
…マティーナとライナはここに残って、この人を頼むよ。
ここも絶対安心だとは言えないからな」
またしても、皆の意見を聞かぬうちに、ティバロは勝手に決めて遺跡へと降りていく。
「え!?ちょ…ティバっち!?…行っちゃった…別にいいけどさ!」
「2人とも、一応…気を付けてね。行ってきまーす」
不機嫌そうにマティーナが呟くと、セフィークはティバロの後を追った。その後ろを守る様にユークが降りて行く。ライナは皆が降りていった遺跡の入り口を呆然と見詰めていた。