【脅威の章】
時は少し遡り、ティバロとセフィークがミティー達と対峙する少し前の話になる。就寝が遅かったセフィーク達は、すっかり寝過ごしてしまい、慌てて用意を済ませ「鷹ノ巣」を後にした。その直後、ティバロはミティーとクライシュードを発見し、単独でその後を尾行しようとしたのだが、セフィークも共に行くことになり、皆の予定はすっかり狂ってしまっていた。だが第一の目標である荒野に出ることをまず始めなければと、残されたユーク、マティーナ、ライナは2人に先に荒野へ行っている事を告げる。こうして、5人はそれぞれの目的のために一時分かれることにしたのだ。
昨晩の出来事をいまいち信じ切れていなかった3人には、ミティーに敵意を持っているわけでもなかったので、当初の予定通り、「祈りの神殿」を目指すことにした。ティバロが2人を見かけたということは、神殿には2人はいないだろう。どうにかして生き延びたことは確かだ。救助する目的ではないが、Zの事は気掛かりだったので、少しだけ中に入ってみることにしたのだ。
「何だかなぁ。最初は助けに行く予定だったのに…。
本人達が生きてるって解ったら、気が抜けちゃったー。
これでもし、Zがいて、逃げ切れなかったら、洒落になんないね」
笑えない冗談をサラリと言うマティーナに、ライナは引きつった笑みを返す。
「い…嫌なこと言わないでよ…」
そんなやりとりも、神殿の前までの事だった。いざ神殿を前にすると緊張が走る。
「…じゃあ、入ろっか」
斜めになり、半分ほど地中に埋まっている神殿に、3人は足を踏み入れた。中は驚くほど静まり返っている。奥へと進む3人の足音が不気味に神殿の中に響き渡った。
「静か…だね…」
「静かすぎるよ…変だよ…」
しばらく歩いても、Zが現れる気配はなかった。いよいよおかしいと思い始めたその時、先が行き止まりになっている通路で3人は黒い塊を発見した。
「…ねぇ、アレ。何だと思う…?」
「1、がらくた。2、人の死体。3、機械兵。さぁどれだ!」
ユークが突然問い掛けてくるので、2人は戸惑った。
「4、Zの変わり果てた姿…とかじゃないの…?」
3人はその塊から離れていたが、それが何か認識するにはもっと近付かなければならない。黒い塊は微動だにせず、ユークが意を決してそれに近付いた。
「ゆ…ゆーちゃぁん…?どんな感じ?」
ライナが小さな声で尋ねるも、ユークはまだ塊に到達していない。心臓が高鳴る中、ユークはその塊を前にして、唖然としてしまった。
折れ曲がった鉄の棒が4本、しかも中には高熱で溶けている物もある。それから少し離れた場所に、大きく黒い球体が転がっていた。そして、極めつけはその球体の傍に落ちていた光を失った赤い球だ。恐る恐るそれを手に取り、ユークは確信した。
「…Zだ…」
「はい!?」
マティーナが信じられないと言うような声を返す。
「Zが…壊されてる…。2人とも、来てみなよ。もう絶対動かないから」
多少不安は残るものの、2人はユークの言葉を信じ傍に駆け寄る。ユークは2人に拾った赤い球を見せた。
「Zの核とも言うべき『赤い眼』だよ。
これが光を失って、転がってるんだから、Ζは死んだ─壊れたってことだよ」
「うっそ…マジで? 一体誰がやっつけたの…!?
てか、コレやっつけれるヤツなんていたんだ!」
一番に浮かんだ考えに、ユークは疑問を持っていた。だが、それしか考えられないと、溜息を吐く。
「やっぱり、あの…ミティーとかいう人達なんじゃないかな?
昨日会った人達が、神殿に入って行くのを見たって言ってるし。
他の『荒れ鷹』が神殿に入っていたら、『鷹ノ巣』はΖの話で大賑わいでしょ。
ただ……どう考えても人間業じゃないんだよねー…」
今までZを倒した人がいなかったわけではなかったが、大抵の人は体の一部や、最悪の場合命を引き替えに倒している人が多い。運良く核を破壊できれば、五体満足で帰還できるかもしれないが、Zの破損状況を見れば、普通に戦ったようにしか思えない。否、むしろ、一撃で倒せるものをなぶり殺しにしているようにすら見える。
「例えばこの足の部分…。ちょっと持ってみ」
そう言って、ユークは足の一本をマティーナに渡した。
「…何すんの?」
「それさ、頑張って曲げてみて」
言われるがままに、マティーナはありったけの力を込めて足を曲げようとした。しかし、びくともしない。
「かった〜〜!何コレ!?」
「Zの体は特殊合金で出来てるから、簡単には折り曲げれないんだよ。
でも、コレ見れば解る通り、針金でも曲げるかの如く曲がっている…。
最後は…この溶けた跡のようなもの。
Zはさ、どんな攻撃、魔法も受け付けないと言われてるんだよ。
だから…炎の魔法を使ったって、Zには効果はないはず。
でも、これは明らかに高熱で溶けた跡だよね…?」
この状況を見て解ることと疑問点を上げていくユークに、2人は呆然とした。細かいことを指摘しようが、Zが倒されたことは事実だ。その結論に行き着いた時、3人はハッとした。
「…もし、これがミティーとかいう人の仕業だったら…」
「絶対危ないって! やばいよ、ティバっち!!」
「助けに戻らないとダメなんじゃない!?」
ユークが結論を言う前にマティーナとライナが彼女を急かすように言った。
「……確かに、やばそうだよね。一度戻ろっか」
Zの眼を懐にしまい、ユークは身を翻した。マティーナとライナもそれに続く。急ぎ足で3人は神殿を後にした。ティバロとセフィークがどこへ行ったのかは解らなかったが、ひとまず街へ戻ることにし、3人は荒野を出ようと歩み出す。
「あ、みんな、やっぱりここだったんだ〜」
踏みだした足は三歩で止まってしまった。捜しに行こうと思っていた当人達が自分から姿を現したのだ。
「せーちゃん! 無事…だったんだね〜」
心配そうに駆け寄るライナに、セフィークは首を傾げる。
「ほぇ…?」
「ここにいるってことは、ミティーって人には会えなかったのかな…?
それとも、逃げられたのかな?
どちらにしろ、捜しに行こうと思っていたから、手間が省けたよ」
ユークはティバロに向かってそう言うと、にっこりと笑った。
「何だ?何かあったん?」
「あったっていうかね〜、ちょっともう…何てーの?
大変なのよ、こらがまた…」
マティーナが言葉を濁しながら大変なことだけ伝える。当然、ティバロとセフィークには何のことだか解らない。
「あのねー、Zがねー死んでたのー」
こういう大変なことをライナに語らせてはいけなかった。機械兵に対して「死んだ」という表現もおかしいが、そののんびりとした相変わらずの口調では、それがどれほど大変なことなのか瞬時には伝わらないだろう。
「へー…。…って、も一回言ってみろ! 今何つった!?」
「機械兵Zがバラバラに壊されてたんだよ」
ライナが口を開こうとしていたので、慌ててユークが先に答えると、ティバロは眉を潜めた。
「Zが…壊されてた!? んな馬鹿なことあるか!
あれを壊せるなんて…んなヤツそうそういるわけが…」
ハッとして、ティバロは言葉を飲み込んだ。自分達は今、それを成せるであろうものと出会ってきていたことに気が付く。
「…あいつか…!」
「え…? ティバロくん、それって…シューコアさんのこと…?
あの人、そんなに強いの…?」
ティバロと剣を交えたのはクライシュードであり、ミティーが戦った所を見たわけではなかったので、セフィークは首を傾げた。
「あいつが、“竜”を喚び出したの見ただろ?
“竜”ならZを倒すくらいわけな…」
「“竜”を喚び出した!?」
彼の言葉を遮りユークが思わず叫ぶ。彼女達にとっても「竜」という存在は伝説上でだけの生物であり、それを自分達の目で見たことなど、あるはずもなかった。驚くのも興味を惹かれるのも、解らない話ではない。
「そうそう、シューコアさんがね、青い竜を喚び出してたの」
「“竜”を召喚する一族がいるって噂に聞いたことはあったけど…。
実在するなんて…」
ユークはティバロの因縁とは別に、個人的にミティーに興味を抱いた。伝説の「竜」の存在を、Zをものともしないその強さを、その眼で確かめてみたいと、ユークは切に願った。
「…あたしらとんでもない人を相手にしてるってことだよね…? ティバっち」
Zを簡単に倒せるほどの力を持つ「竜」を敵に回すことは何があっても避けたいと、マティーナはティバロに訴える。だが、それしきのことで、ティバロは動かなかった。
「要は、“竜”を喚ばれなきゃいいってだけだろ?」
「…簡単に言ってくれるね。君は…」
ユークが半眼で返すと、ティバロは視線を荒野に向けた。
「大体これは君の問題であって、僕らの問題ではないのだよ。
だから、やるなら1人でやってくれたまえ。
僕らは被害の届かない所から見守ってるから」
ミティーの操る「竜」の存在を聞き、ユークはもっともな意見をティバロに渡した。それは昨晩、フェニーシアが去ってからずっと考えていたことだった。「竜」の存在により、それまで特に進言していなかったことも、ユークはあえて言うことにしたのだ。それ程、「竜」の存在は大きく、危険であった。
「誰も最初から頼んでねーだろ。
ただ、あいつと仲睦まじくやろうってんなら、俺は抜けるぜ」
「え…? え…!? ゆーちゃん、ティバロくん。何言ってるの」
困惑するセフィークに、2人は互いに顔を背けあった。どうやら2人は、相性がよくないのかうまが合わないのか、とにかく衝突を起こしてしまったようだ。
気まずい雰囲気のセフィーク達の視界に、多くの冒険者が荒野から出て行く光景が飛び込んできた。何が起きたのか、皆、慌てた様子で荒野を後にしている。マティーナはその異様な光景を不思議に思い、冒険者の1人を捕まえると、問い詰めた。
「ちょっと、何でみんなして荒野出てくのさ?」
「どうしたもこうしたも! こっちが聞きたいよ!
ここの荒野は新人冒険者に丁度良いって話だったから来たのに…。
あんな上級の機械兵、相手にできるかよ!」
その男はマティーナの手を振り払うと、一目散に荒野から出て行った。
「上級機械兵…。確かZよりも上に属するやつらの事だよね? ゆーちゃん?」
冒険者が嵐のように通り過ぎ、静寂が訪れた荒野を見つめながら、マティーナは呟いた。
「そのはずだよ。ΣとかΦとか…。
そんな名前の奴等じゃなかったかな…?」
セフィークは何度か瞬きをすると、首を傾けた。
「…それって、強いのだよね…?」
「Zよりも上にいるんだから、そうさね」
「マジっすか? 何でいきなりレベル高くなってんのー?」
頭を抱え、マティーナは嫌な想像を膨らませる。
「…確かに変だよね。強い機械兵がここの荒野に蔓延ってるなんて…」
機械兵は人工脳はあれど、生殖するという機能は持ち得ていなかった。それに、何かを作り出す手も持ち合わせていないものが多い。新たに機械兵を作り出すには人間の手が加わらなければならない。なので、今までいなかった場所に突然上級クラスの機械兵が現れるのは明らかにおかしい現象であった。
「何かが…起こり始めてる…ってか…?」
苦笑するティバロに、誰も何も答えなかった。不安な面持ちのまま、乾いた風の吹く荒野を、誰もいなくなった荒野を、皆はただ見つめていた。