表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒れ鷹  作者: 雷華
≪第1部 黒い影≫
2/38

【初見の章】

 港町クーオフク、そこは「機械兵」に滅ぼされた国“イソロッパス”に残る10の都市のひとつであり、荒野へと旅立つ命知らずの通過点でもあった。立ち並ぶ建物はレンガ造りの民家や商店ばかりだが、この町には一際目立つ建物があった。それは鋼でできた5階建ての建物で、町のほぼ中心に位置している。今は無きこの町を支配下に置いていた王国が、海を見張る為に建て、この町に残した唯一の物だった。今でも海を見張る灯台として使われる一方、最上階より下は荒野へ向かう者達の管理所になっていた。一人で行く者、仲間と行く者、様々だが、生きて戻れる保証は無い。もしもの時に備え、荒野に出るものは、足跡としてこの管理所に登録していくシステムになっているのだ。また、旅の宿としても活用でき、連日連夜、多くの者達がここを訪れる。ここを訪れるのは荒野を探索することを目的とした「荒れ鷹」の他にも、荒野を通って他の町へ行く旅人などがいるが、その数はごく少数である。ここを拠点として動く「荒れ鷹」が多いことから、この建物はいつしか「鷹ノ巣」と呼ばれるようになっていた。

 「鷹ノ巣」には、その日も多くの「荒れ鷹」や冒険者が訪れていた。建物の中に入ってすぐの所はホールになっており、床はガラス張りでになっている。1階のカウンターで案内を受け、2階の登録所で諸事項を登録すると、荒野へ続く道を通る許可証がもらえる。その許可証が無ければ、例えどれ程偉い人であろうが通ることは許されない。

「次!」

登録を行う3人の役人は次々と来る人々に苛立ちを隠せない。

 登録所には毎日何十人という「荒れ鷹」や旅人が訪れる。しかし、許可証を出すことが出来る役人は3人しかいなかった。そのため、登録所は実質3つの部屋のみで行われている。登録には故郷や旅の目的などを細かく質問されるが、その個人の情報は厳重に保護される仕組みになっていた。厳しい条件下での仕事は誰にとっても辛いものである。

「ハァ…ようやくあと一人か…。今日は少ない方だな。次!」

役人はため息を漏らして次の冒険者を呼んだ。

「失礼します」

それを聞いた役人は眉をひそめ、顔を上げた。別に失礼しますと言って入ってくることが禁じられている訳ではなかったし、珍しい行為でもなかった。だが、役人はその行為よりも、むしろその人自体に驚いているようだった。

「……あの…?」

しばし呆然としていた役人は我に返ると、咳払いをした。そこに立っていたのは、まだ若い女だった。武器になるようなものすら持っていない。魔法を扱う者にしても、生身で魔法を扱うには膨大な魔力を消費してしまうため、それを補うために杖やロッドを必要とするはずだが、その女はその身とさほど大きくない袋一つだけである。

「…お前、何も武器を持っていないのか…!?」

役人が驚いているような、呆れているような声を上げると、女は笑った。

「私は魔法を使うんです。でも、魔力を補うのは杖やロッドじゃないんですよ」

女は役人の前まで歩み寄ると、右腕を役人の前に突き出した。

「杖やロッドに付いている魔力石が魔力を補うことは知っていますよね?

 私はその魔力石を腕輪にしているんです。…これがそうですよ」

女の右手首には立派な装飾の腕輪がはめられており、大きな石が一つ付いていた。役人はそれでも疑いの眼差しを女に向ける。

「…信じてないようですね。いいでしょう。“焔よ、わが声に従え”」

掌を上に向け、女がそう唱えると、腕輪の石が赤く光り、女の手に青い焔が現れる。

「これでどうですか?」

笑みを浮かべる女に、役人も納得せざるを得なかった。

「解った…。座れ。これからする質問には正直に答えろ。

 個人の情報は外へは漏らさないから、安心して話すんだ」

女が椅子に座ると、役人は机上の紙に何かの番号を書き綴った。

「まずは…名前、性別、年齢、出身地からだ」

女は素直に頷くと、口を開いた。

「名は“ミティー”、“ミティー・シューコア”。見ての通り女です。

 年は20になったばかりで、出身は“ティーンク”です」

彼女の言ったとおりに役人は紙に綴っていく。

「“ティーンク”とは…また随分外れから来たものだ。

 この大陸を半周したんじゃないのか?

 荒野を通れるのはこの町で許可証を得た者だけだからな。

 職業は魔法使い…でいいんだろう?」

わざわざ証拠まで披露したのだから当り前だと、役人は答えを聞く前に紙に書いてしまっている。ミティーは何か言いたげだったが、諦めたのか何も言わない。

「家族や恋人は?」

「家族は私を含めて5人です。両親と姉が2人。…恋人はいません」

役人は正直だと感心した。大抵の人間はこの質問に怒りを見せる。「恋人がいたからどうした」と。だが、ミティーは少しだけ眉を寄せるだけで、すぐに質問に答えた。

「お前みたいな奴らばかりなら、話も早くて助かるんだが…。

 あーっと、最後だ。荒野へ入る目的を言え。…表向きではなく、正直にな」

ミティーは一度目を瞑ると、一呼吸おいてからゆっくりと瞳を開けた。

「世界の至る所を回り、世界を知りたい…。

 荒野に入るのは、それの第一歩だと考えてます。それに…人を捜しているんです。

 この二つが私の旅の目的ですね」

役人はミティーの瞳を凝視した。長くこの仕事をしている役人達は、相手の瞳を見ればそれが嘘か真実かを見極めることが出来る。迷いの無い真っ直ぐな彼女の瞳は到底嘘を言っているようには見えない。それを確かめると、役人はその旨を紙に書き出し、最後に自分の名前らしきものをサインした。

「…よし、合格だ。これが登録書と『鷹ノ巣』を利用するに当たっての注意事項、

 それと荒野の詳細を記した地図だ。…当然『鷹ノ巣』に寝泊りするんだろう?」

書類一式を手渡しながら、役人は言った。しかし、ミティーは首を振り、口の端から笑みを消して答えた。

「いいえ。『鷹ノ巣』には泊まりません。…『荒れ鷹』の泊まる所にはいられないです。

 私は『荒れ鷹』が嫌いなんです」

その瞳は冷たく、憎しみさえ宿っているように見える。役人はミティーの態度の急変をいぶかしむばかりだ。

「…そうか。金があるのなら強要はしない。人それぞれに事情はあるものだからな。

 私は“クーザック・サティーア”この町で何かあれば私の所へ来てくれ。

 出来る限り力になろう。…良い旅を、ミティー・シューコア」

ミティーは立ち上がり、その場で一礼した。

「ありがとうございます」

クーザックが笑顔を返すと、ミティーはその部屋から出た。その時、両隣の部屋からも荒野に入る許可証を持った冒険者が出てきた。

 彼女の左隣の部屋から出てきたのは剣を腰に下げ、大きな袋を持った黒い短髪の青年で、右隣から出てきたのは同じく腰に剣を下げ、手荷物を持たない銀の短髪の青年だった。ミティーは二人を一瞥すると、足早に階下へと降りて行ってしまった。二人の青年はその様子を呆然と見送っている。二人とも思う所は同じで、ミティーが武器を所持していないことに大きな疑問を抱いていたのだ。やがて、二人の青年の視線がぶつかると、黒髪の青年が声をかけようと近付いた。しかし、銀髪の青年はそれに気付きながらも、半ば無視をする形で階下へと降りて行く。残された青年は不満そうに眉をひそめ、自分も階下へと降りていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ