【幻影の章】
今回もスプラッター描写あります。
飛び掛かってきたΗを、クライシュードは斬りつけた。硬い装甲でも、弾き返すくらいはできると思ったのだ。案の定、硬い装甲は斬れることなく、ただ弾き返され、Ηは後ろへ飛び退いた。その当然とも言えるΗの行動に、ミティーは首を傾げた。
「…おかしいな…」
「何がだ…?」
再び飛び掛かる機を窺っているΗから目を離さず、彼は聞き返した。
「Ηにしては…動きが遅すぎる…。そう思わない、クライス?」
眉を潜め、クライシュードはΗを睨み付ける。確かに、先程の攻撃くらいなら、自分でも対等かそれ以上に渡り合えると、彼は思っていた。
装甲が硬いだけなら、何とかなる。俊敏さと攻撃の重さがあったら、恐らく敵わないだろう。目の前にいるΗが本物かどうか、戦っているうちに解ると、クライシュードは勇敢にもΗに向かっていった。
「…見た目はΗに間違いない。でも…これってもしかしたら」
ミティーはクライシュードが戦っているのを見ながら、自分の記憶を辿った。やがて、思い出したように目を見開き、それから口の端に笑みを浮かべた。そして、槍を左手に持ち替え、右手を胸に当てると、呪文を唱え始める。
「“其は幻、我は現実…。偽りの身にて我と交わる術無し…。
痴れものにあるは滅びの道のみ”!」
呪文が終わると同時に、ミティーは右手を高く掲げた。次の瞬間、腕輪から強い光が発せられ同心円状に広がっていく。思わず、クライシュードは戦闘中にもかかわらず目を瞑ってしまった。光はすぐに消え、遺跡は一瞬だけ静けさを取り戻す。
「な…何だ?シューコア…!?」
「…見て、クライス。あれが…ここのΗの正体だよ!」
彼女に言われ、クライシュードは慌ててΗのいた場所に視線を移す。そこには両腕が刃物の2足歩行型機械兵が立っていた。背丈は130cmほどで、頭部は前後に長く、二つの目のようなセンサーが付いている。
「Ηじゃない…っ!?」
「アレなら知ってるでしょ、クライス。…機械兵Δ」
Ηではないと確信したクライシュードは余裕を見せるように笑みを浮かべた。
「あぁ! 俊敏さを重視したΑと攻撃性を重視したΒ…。
それに、強靱さを重視したΓを掛け合わせたモデルだろ?
ΑやΒ、Γと比べ、平均的な能力を持つ。
その反面…突起した特長はなく、結局すぐに廃棄処分になったはずだ」
クライシュードの詳細な説明にミティーは頷いた。
「よく知ってるじゃん。…ホントに記憶喪失?」
「いくら、記憶がなくても今まで冒険者としてやってきたんだぞ?
知識くらい、いくらでも増やせる」
機械兵Δは左右に軽く飛び跳ねながらステップを踏んでいる。
「…さ、解説と無駄話はこのくらいにして、さっさとやるよ」
「そうだな」
2人は顔を見合わせ頷くと、同時に走り出した。装甲が硬いと言っても、Ζ程ではない。クライシュードは剣を両手持ちに変えると、Δに向かって素早く振り下ろした。彼の剣は弾かれることも途中で止まることもなく、Δを分断した。
「…やっぱり、私の手出しは無用だったね。
もしものためにと思って構えてみたけど…。奥へ急ごう!」
肩を竦める彼女に、クライシュードは少々呆れながらも頷く。そして、2人は奥へと再び走り出した。
すでに男達の叫び声は聞こえなくなっている。しばらく行くと数人の男達が剣を構えて立っており、その前にはΔが数匹男達を狙っていた。
「!…大丈夫ですか!?」
男の1人が振り返り、驚いたような安心したような表情を見せた。
「あ…あんたら…は?」
「たまたまこの遺跡の近くを通って、Ηが現れたって聞いたので…。
それで、先に外へ逃げた人から、逃げ遅れた人達がいるからと聞いて。
えーと…その、助けに来たんですけど……」
目の前にいるのがΗならばこの台詞も効果を示したが、何分、Δなもので、ミティーは複雑な心境だった。
「…確かに…Ηだった…。さっきまでは…。
でも、何でか急にΔになって…。
こいつなら戦えるって思って…でも…数が」
「お節介かもしれませんが…助太刀します。…ね、クライス」
頷かないわけにはいかないので、クライシュードは変わりに溜息をもらした。
「……Δだけならいいんですけどねぇ」
男達に聞こえないように、ミティーは呟くと、槍を構えた。最初に見た壁に叩き付けられた死体は、どうあってもΗやΔにはできない殺し方だった。Ηの心配が少なくなり、それだけが気掛かりだったのだ。
男達が戦う中に、ミティーも入っていった。ΔはΖとは違い核のようなものを破壊しなくとも、一部の破損だけで動かなくなる。標的の一体を睨み付け、その額目掛けて槍を突き刺す。槍は頭部を貫通し、一匹のΔの動きを止めた。それを引き抜き別のΔへと標的を移す。そうやって、ミティーは一匹ずつ確実に仕留めていった。
「随分慎重だな…シューコア」
「そう…?」
「だが、キリがない。あまり使いたくはなかったんだが…仕方ないか…」
Δの群から距離をおくと、クライシュードは剣を収めてしまった。ミティーは驚き、彼の傍へと駆け寄る。
「クライス…何やってるの!?」
「…もしかしたら、これもお前には見覚えがあるかもしれない。
俺にはどういう原理でできてるのか、全く解らないんだが…。
エネルギーにも限りがあるみたいだしな。
今まで数回しか使ったことはないんだ」
彼は苦笑しながらそう言うと、懐から何かを取り出した。それは半透明の円筒で、剣の柄に良く似た形をしており、中に何かを入れることが出来るようだ。
「…これ…は…!?」
「こう使うらしい…」
クライシュードは懐から同じような円筒を取り出した。先に出したものよりも一回りほど細く透明で、中には黄色い「何か」が入っている。ミティーは言葉を失い、彼の行動を見つめていた。先に出した円筒はやはり剣の柄になるらしく、黄色い「何か」が入った円筒を柄の中に入れると、柄は淡い黄色の光を放ち始める。
「…こいつらの装甲、これなら一刀両断できる…」
柄の延長線上に黄色の光が伸び、それは剣の刀身になった。
「っ…魔機…『ブレイド』!」
「やはり…知っているみたいだな…」
「…勿論。ディアが作って…自分で使っていた武器だもの」
今は多くを語る時間はないと、ミティーは口を噤んだ。クライシュードはその「ブレイド」を構えると、再度Δの群に飛び込んでいった。彼が「ブレイド」を軽く片手で一振りするだけで、Δはいとも簡単に切り倒されていく。ミティーは戦うのも忘れ、その光景を呆然と眺めていた。懐かしいものでも見ているかのように。
程なく、クライシュードはΔを全滅させてミティーの元へと戻ってきた。呆けているミティーに、クライシュードは首を傾げる。
「シューコア…?」
「………ディ…ア…」
彼女の口から出たのは、自分の名前ではなかった。彼は不愉快そうに眉を潜め、ミティーを見つめる。彼女の瞳は、彼を見ているようで、その実、違っていた。
「やっぱり……生きて…。…ディア…!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、ミティーはクライシュードの顔に触れようと手を伸ばした。
「うわああぁぁぁっ」
突然の叫び声に、クライシュードは振り向いた。ミティーも我に返り、そこには「誰」がいるのかを、改めて気が付く。自分の言動に憤りを感じ、同時に虚無感を覚えた。そんな気持ちを振り払うように、彼女は顔を上げ、悲鳴のあった方を見やる。
そこには天井の高さまでもある巨人が立っていた。それは決して機械兵ではなく「生物」である。
「…機械…じゃない…!?」
「巨人だと…!? そんなものが…存在したのか!?」
「私は…幻は全て解いたはず…。これは…本物ってことだよ……ね?」
ミティーとクライシュードは目の前の信じ難い現実に、顔面蒼白の状態である。その巨人の近くにいた男が恐怖で動けないでいることにも、2人はすぐに気が付かなかった。巨人は腕を上げ、勢いよく男目掛けて振り下ろす。その動作でようやく男に気が付いたが、時既に遅し。
「危ない!」
2人は同時に動いた。思いの外、巨人の動きは速く、2人が巨人の前に出たときには、巨人の腕が地面にめり込んでいる状態だった。血飛沫が2人の衣服、顔、そして手にかかる。両側の壁にもそれは及び、地面は広く血の海と化した。
「っ…こんな…ことって…!」
背後で男達が悲鳴を上げている。巨人の狙いが次に移ったからだ。巨人はすぐ傍にいるミティーやクライシュードではなく、背後にいる男達を狙っている。
「や…やめろおぉぉ!」
何処からか発せられた、悲鳴にも聞こえる上擦った声が通路に響く。巨人がゆっくりと振り返る前に、声の主は巨人を斬りつけた。だが、巨人は気にも留めず声の主を捕らえる。それは遺跡の入り口で助けを求めてきたあの男だった。
「あんたは…!」
「お…俺だって…仲間を助けたい…!」
構えた剣先が小刻みに震え、表情も青ざめているが、その姿勢は誰よりも輝いて見える。
「その言葉と…行動が欲しかった…。君は立派だよ」
ミティーは槍を構え、巨人の足を突き刺した。機械のような装甲ではないにしろ、筋肉が硬く、深くは突き刺さらなかったが巨人の気を引くには十分だった。
「あんたが機械じゃない事は解る…。ただ、何なのかは解らない。
…でも…人の命を脅かす存在なら…悪いけど…!」
足の甲に槍を突き立て、地面まで貫通させると、ミティーは巨人を睨み付けた。巨人はさすがに雄叫びをあげ、腕を振り回し始める。
「…シューコア、怒らせてないか…?」
「この巨人、明らかに私達以外を狙ってる…。
だから、怒りの対象を私達に向ければ、少なくとも他の人達は逃げられる」
クライシュードの問いに、ミティーは巨人を睨み付けたまま答えた。
「何故あの人達を狙うのか、じゃない…。
何故私達だけ狙われないのか、を知りたいね…」
「確かにな。…これじゃあまるで、俺達を知ってるみたいじゃないか」
「知ってるのよ、実際。
…大体にして、こんな巨人見たことないでしょ?
これは誰かが『創った』もの。恐らく幻を見せていた奴等だろうね。
そして、あえて私達のことを狙わないように仕込んだ」
段々と真実が見えてきたのか、クライシュードは「ブレイド」を握り締めた。
「まさか…!?」
「……そうまでして『竜の力』が欲しいの!? イヴル!!」
誰に語りかける出もなく、ミティーはただ叫んでいた。次の瞬間、巨人が振り払った手が彼女に迫る。
「シューコア!」
クライシュードは急いでミティーを引き寄せ、体を捻り彼女を庇う。巨人の手はクライシュードの右側頭部に直撃し、彼はその衝撃で壁に叩き付けられた。
「っぐ…!」
「クライス!」
壁に寄り掛かったまま地面に座り込み、クライシュードは動かない。ミティーは彼の傍で両膝を付いた。
「クライス…クライス!」
呼び掛けても、クライシュードは目を閉じたまま動かない。慌てて脈を調べると、まだ生きていることは確認できた。
—ミティー!戦闘中だろ!俺が出てやるから早く喚べよ!
頭に響く炎竜の声を無視し、ミティーはクライシュードに呼び掛け続けた。巨人がミティーの突き刺した槍を自ら抜くと、彼女に狙いを定めた。
「っ…こ…こっちだ!化け物!」
ミティーが狙われてることに気が付き、彼は巨人を何度も斬りつけた。巨人は彼の方に向き直ると、ミティーの槍を振り上げた。我に返ったミティーは、立ち上がり右手に力を集中させる。そこに炎が浮かび上がると、巨人目掛けて放った。しかし、巨人に命中しても火傷すら負わせる事ができない。
「ダメ…!」
行動を起こす気力すら吸い取られたように、ミティーは小さく呟いた。巨人はミティーを一瞥すると、不気味な笑みを浮かべる。そして、彼女の槍を巨人に攻撃を仕掛けた彼に向けて投げつけた。槍は彼の体を貫き、彼を地面に押し倒す。
「ぅ…あ……」
言葉を失い、ミティーは巨人を睨み付けた。巨人は満足そうに頷く。やがて巨人の周りの空間が歪み、巨人は消えてしまった。
ミティーは彼の元に駆け寄り、彼に右手を翳した。魔力石が青く光り出し彼の体を包み込むと、ミティーは槍を引き抜いた。
「しっかりして!」
「………化け物…は…?」
「逃げました…。君のおかげで…みんな助かったの…」
ミティーは治癒魔法を施していたが、治る気配はない。槍は明らかに心臓付近を貫いていた。彼女の魔法でようやく命をつないでいる状態なのだ。ミティーはこの瞬間に多くのことを後悔した。
─治癒の力に長けている水竜を行かせるべきではなかったと
─彼をここに来させるような言葉を言うべきではなかったと
─巨人を怒らせずに戦えば、クライシュードも傷付かず、彼もこんなことにはならなかっただろうと
「みんな…無事で……」
遺跡に残されていた彼の仲間が、彼の傍に集まってくる。
「モイス!」
「…良かっ…た…」
弱々しい笑みを残し、彼は息を引き取った。それを知っても、ミティーは魔法をかけ続けた。
「あんた…もういいよ…。モイスは…死んだんだ……」
「っ……私の…せいです……。私が……」
ミティーは言葉を飲み、俯いた。もしも、あの巨人がイヴルの組織で創られた物なら、自分が周りを巻き込んだことになる。だが、それ以外に納得のいく説明が、ミティーには思い付かなかった。
ミティーの頬を、一筋の涙が伝った。