【救援の章】
一瞬スプラッタな描写があります。
その遺跡は入り口に人の手が加えられていた。入り口が完全に地下に埋まっていた為である。人工的に作られた階段の先に古ぼけた扉が半開きになっているのが見えた。この遺跡は地下へと続いているらしく、扉の先はさらに下へ行く階段がある。男達の叫び声はいまだその中から聞こえてきていた。
恐らくその中から逃げ遂せたのだろう男達が呆然と遺跡の入り口を見つめている。助けたくとも体が動かない。そんな印象を受けた。
「…っ何があったの!?」
ミティーが声を掛けると、男達は我に返り、ミティーの方を振り向いた。
「た…助けてくれ! まだ…仲間が中にいるんだ!
Ηが…機械兵Ηがいて…襲われたんだ!
俺達の他にも何組か『荒れ鷹』はいたけど、俺達以外はどうなったか…。
目の前で何人も喰われて……。俺達ではどうしようもできない。
頼む! あいつらを…仲間を…助けてくれ!!」
「Η…。入り口付近にΖがいて、ここにはΗがいるの…!?
初心者に優しい、がイソロッパスの荒野の特徴じゃなかったっけ?」
半ば呆れたようにミティーは溜息をついた。特にΗと聞いて慌てるわけでもなく、彼女はクライシュードを見つめる。
「どうする? クライス…」
「ここまで来ておいて、俺に意見を求めるなよ…」
クライシュードの心境としては、Ζと昨晩戦ったばかりなのにΗと戦わなければいけないのは正直厳しいように思えた。
機械兵ΗはΖと違い、攻撃目的の機械兵である。狼型の機械兵であり、機械とは思えないほどの俊敏な動きで獲物を仕留める。鋼鉄の牙は如何なるものも噛み砕き、鋭い爪は如何なるものも切り刻む。Ζ以上に凶悪な機械兵であることは、間違いなかった。
「お願いだ! 助けてくれよ!」
「あーもう、うるさいなぁ!助ける気がないヤツは黙っててよ!」
「っ何を…!?」
ミティーは明らかに不機嫌になっていた。先程のティバロとの戦いのこと、クライシュードがその戦いで傷付いたこと、それがミティーを苛立たせていた。
その上叫び声に反応して駆けつけてみれば、自分の嫌いな「荒れ鷹」が助けを求めて来ているのだ。不機嫌にならないはずはない。
「だってそうでしょ?
自分は死ぬのが嫌で…仲間を見捨てて逃げてきた。
他人に助けを求めても、自分はそれに付いて行こうともしない。
…それで助ける気があるって考える方がおかしいじゃん」
不機嫌なミティーの言葉はいつになく厳しいものだった。
「っ俺は…!」
「仲間を大切だと思ってるなら、その命ぐらい懸けて当然。
力がないとかあるとか…そんなの関係ないんだよ。
自分の命が惜しいから、自分だけ逃げ遂せて仲間の命を捨てる…。
そんな安っぽい関係なら、ない方がマシ。
……あんたら『荒れ鷹』はどうしてそう自分勝手なの?
自分さえ良ければそれで良くて。他人の命を思うこともしない。
…ホント、最低…。あんた達は私が嫌いな『荒れ鷹』の典型」
そう吐き捨てると、返す言葉のない男達を尻目に、ミティーは遺跡の中に入って行った。言うだけ言って帰るのかと思っていたクライシュードは驚き、慌てて彼女の後を追った。
「シューコア、行くなら行くと言えよ!」
「何で? 私が行かないとでも思ったの?」
きょとんとするミティーに頭を抱え、クライシュードは溜息を吐いた。
「あれだけ言っておいて、まさか入るとは思わないだろ?」
「私をあいつらと一緒にしないでよ。
目の前で命が消えていこうとしてるってのに、無視できるわけないじゃん」
その言葉を、今までに、出会っては厳しい言葉を投げかけてきた人達にも聞かせてやれと、クライシュードは苦笑いを浮かべた。
階段を降りた先は長い通路が奥まで続き、通路の両側には扉が幾つも並んでいる。個々の部屋には用はない。ミティーは通路を駆け出した。奥からの悲鳴が、途切れることなく通路に響いている。それを目指し、二人はひたすら走った。
「……あれか?」
クライシュードが闇の中にうっすらと浮かぶ人影を発見し、呟いた。ミティーもそれを確認しようと目を凝らす。それは確かに人の様だったが、近付いてみると、壁に叩きつけられ、そのまま肉片が壁にこびり付いた状態の死体だった。
「…待てよ。…何だよ…これ…!」
「Η以外にも…何かがいるってことじゃない…?
人間を壁に叩きつけて圧死させるほどの…強い力を持つ『何か』がさ」
「勘弁してくれよ…本当に…」
俊敏なΗの他に強靭な「何か」がいるのなら、早くこの遺跡から抜け出したくなってくる。さすがのクライシュードも、困惑しているようだった。
「きゃあぁぁぁっ」
遺跡の中に入ってから、二人は散々悲鳴を聞いてきたが、女の悲鳴は初めてだった。しかも、それは相当近いようである。二人は急いでその声の方へと向かった。
一本道だった通路は十字路につながっていた。二人が丁度そこに差し掛かったとき、十字路の右の通路から、女性がが1人、飛び出してきた。
「ぅわっ!」
「きゃあっ」
ミティーはその女性を除けようとして、体勢を崩し尻餅を付いてしまった。女性はさらに混乱し、来た道を戻ろうと身を翻したが、クライシュードはそんな彼女の腕を掴んだ。
「おい、待てよ」
「ぃやああぁぁぁっ! 助けて…助けてぇ!!」
逃れようと必死に抵抗する彼女を、クライシュードは何とか抑えつけた。
「あーもう…クライス、そんなやり方じゃ逆効果でしょ…?」
立ち上がり、ミティーは砂埃を払いながら言った。女性は両腕を掴まれ、なおも逃れようと首を大きく振っている。髪が乱れようとも、気に留めることはなかった。
「では、どうしろと言うんだ? 放せばどこに行くか解らない」
「フゥ…仕方ない…」
面倒そうに溜息をつき、ミティーは女性の額に人差し指を当てた。すると、それだけで女性の動きは止まった。それは落ち着いたのではなく、自分の顔に何かが触れた事による、新たな恐怖が彼女を包み、逃れることが出来ないと悟ったからである。
「よく見なさい。私達は機械兵ではありません。
貴女達を助けに来ました。…解りますか?」
女性の目を見つめ、穏やかに語りかけるミティーに、女性は震えながら静かに頷いた。
「…クライス、放してあげて。……もう…大丈夫ですよ」
ゆっくりと手の力を緩め、クライシュードは女性を放した。女性は瞳に涙を浮かべ、その場に崩れた。
「何があったんですか…?」
「ぅ…うぅっ…狼みたいな…機械が襲って来たんです…。
他のみんなは逃げたけど…私だけ逃げ遅れて…。
道に迷っちゃって…そうしたら…先に逃げたみんなが…死んでて…。
私…私…怖くて…」
座り込む女性の肩を軽く抱き、ミティーは彼女を宥めるように優しく撫でた。
「もう大丈夫です。さぁ…立って」
女性の瞳を真っ直ぐに見つめ、ミティーは優しく微笑んだ。その光景をクライシュードは呆然と見ている。
「……青」
ミティーがその名を呼ぶと、水竜が人の姿で現れた。呪文の詠唱もなく、竜ではなく人の姿で現れたことに、クライシュードは驚いた。
「シューコア!? これは…」
「青、この人を出口までお願いします」
「かしこまりました…」
水竜は何も言わずその女性を連れて、二人が来た道を戻って行く。彼はクライシュードを一瞥すると軽く頭を下げた。
—ミティー様をお願いします。
彼の瞳はそう語りかけている。それを察し、クライシュードは一瞬だけ眉を潜めたが、小さく頷いた。水竜と女性の姿が見えなくなると、ミティーは女性が走ってきた方を睨んだ。
「時間はなさそうだね。こっちへ行ってみよう」
「…シューコア、今のはどういうことだ…?
水竜を召喚したのか!?」
再び走り出したミティーに、クライシュードは訊いた。
「え…? あぁ…いや…召喚じゃないよ。
私が望んだときに、人の姿でなら出てくることができるの。
竜の姿は力を全て解放した状態だから…。
私がまだ何も知らなかった頃なんて、よくみんなに遊んでもらったんだよ」
ミティーの顔がほころぶのを見て、クライシュードはつまらなさそうな表情を浮かべた。
「…私の力は、隔世遺伝…先祖返りなんだって。
私がまだ歩き始めてすぐの頃に、誤って竜の眠る社の封印を解いちゃったの。
それが、みんなとの出会いだった。ホントに、何も知らず解らずで。
力も、意図的に使うことできなかったし…。
みんなは…そんな私の傍にもずっといてくれた。家族同然だよ」
4匹の竜はミティーにとってかけがえのない家族であり、頼りにしている仲間であった。主従関係よりも、それを重んじているのだ。
「…家族…か…。俺には家族がいたのか…、それすらも解らない…」
哀しげに、クライシュードは呟いた。
「何言ってるの、クライス…?
家族が…両親がいなきゃ、君は生まれてないじゃないか。
…家族なんて、誰にだっているんだよ」
当たり前のことを当たり前のように話すミティーだったが、クライシュードは視線を落とした。
「今の世の中、魔法さえあれば、大抵のことができる。
…人を創り出すことも、不可能じゃないかもしれない…」
「…だとしても、それは人間のすることじゃない。
自分が神だとか言って、気取ってるようなヤツがすることさ。
もし…創られた人間がいても、その事を受け入れてくれる人が家族だよ」
冗談をと笑って済ませるようなことではなかったので、彼女は真剣な眼差しを向けてそう言った。
「あぁ…そうだな。…っと…シューコア、お出ましだぞ」
顔を上げたクライシュードは、通路の真ん中に大きな獣のようなものを見付け、ミティーに伝える。それは2人を確認すると、のそのそと動き出した。
「…Η…!」
「だな…」
機械兵Ηは口に何かを銜えていた。ミティーが目を凝らしてそれを見ると、人間の腕であることが解った。しかも、その腕からはまだ血が滴り落ちている。それをΗはその牙で噛み砕き、飲み込んだ。
「何てヤツだ…!」
クライシュードは悪態をつきながら、剣を抜いた。ミティーも手を翳し、その手に槍を握る。
「…シューコア、あの炎とかいう奴は、また戦いたがってないのか?」
遠回しに、戦いたくないことを訴えるクライシュードだったが、ミティーは苦笑すると、肩を竦めた。
「昨晩、無理矢理戻したことで、拗ねてるよ」
「ふざけた竜だな。今度、会った時に文句言ってやる。
…仕方ない、俺達でやるしかないな…」
Ηのいる通路の奥から、何人かの悲鳴と足音が絶え間なく響いてくる。まだΗか他の「何か」が遺跡内にいることは確かであるため、ミティーは目の前のΗに割く時間はあまりないなと、軽く舌打ちした。
Ηは2人をその目にしっかりと映し、獲物だと確定すると地を蹴り、2人に飛び掛かった。