【対決の章】
軽めだとは思いますが、流血表現あります。
クーオフクに朝が訪れた。街が段々と活気付いてくるであろう時間にもかかわらず、街中に冒険者の姿はない。大抵の冒険者は早朝から荒野に繰り出し、街中にはいないものなのだ。その分、街の中では争いごとも揉め事も少ない。
そんな街中をミティーとクライシュードは荒野に向かい歩いていた。寝坊などでは決してなかった。クライシュードとミティーは部屋を別に取ってあったので、二人は荒野から戻るとすぐに別れ、部屋へと戻っていた。昨晩のミティーの状態では、何かを聞くことも話すことも出来ないので、おとなしく引き下がったというわけだ。それからはお互いに何をしていたかなど知る由もない。
だが、朝になり状況が変わった。ミティーに雇われている身であるクライシュードは、1人で行こうか迷っていた。本当ならば朝日が見えた時点で荒野に出ることが彼には望ましかったのだが、とりあえずミティーを待つことを選んだのだ。思った通り、ミティーは部屋に来た。あらかじめ部屋番号を教えておいたので、彼女は部屋まで訪ねてきた。だが、最初の一言に、クライシュードは呆れてしまった。
「迎えに来てくれると思ったのに、いつまで経っても来ないんだもん…。
ひどいじゃないかぁ」
そもそも、昨晩の状態では声を掛けることすら出来なかった彼が、迎えに行くことなど出来るわけもない。それを承知の上で、ミティーはからかうようにそう言ってきたのだ。怒りたい衝動を抑え、クライシュードはミティーと共に宿を出たというわけだ。
隣を歩くミティーは、昨晩とはまるで別人のようにニコニコしている。無理をしているのではと思うも、確認してよいものかと後込みしてしまう。
「やっぱり、この時間は冒険者とか少ないね」
そんな心配をよそに、ミティーは街の様子を見渡している。
「シューコア、お前…」
「ん…?」
「…いや…何でもない…」
昨晩と同じ態度でいられるのも困りものだが、かといって明るくされても、どう対応して良いか戸惑う。クライシュードは何故自分がこれほど悩まなければいけないのか、溜息を吐いた。
「大丈夫だよ、クライス。
…時間、無駄にしちゃったね。早く行こう!」
一瞬だけミティーは哀しげな笑顔を見せると、すぐに笑顔を返し駆け出す。クライシュードは慌ててそれを追った。
その時、刺すような冷たい視線を背中に感じ、クライシュードは剣の柄に手を置き、振り返る。冷たい視線から感じられたのは、凄まじい殺気だった。人通りの多い道の中央で、クライシュードは神経を研ぎ澄まして辺りを見回す。明らかに敵の気配はするのだが、姿が見えない。人込みに紛れているせいだ。彼は軽く舌打ちして、ミティーの後を追った。
程なくして、クライシュードはミティーに追い付いた。…というよりも、彼女が待っていたと言う方が正しい。待ちくたびれたように溜息をつくと、ミティーは再び歩き出す。
「シューコア、気を付けろ。俺達を狙っているヤツがいる…」
「…そんなの、今に始まったことじゃないよ」
普段から殺気を浴びているミティーは、特に気にも留めずサラリと言ってのける。
「どうせ、昨日の奴らでしょ…?
一度見付かったらしつこいけど、人通りが多い所じゃ襲ってこないよ。
今のうちにのんびり歩いてようよ」
こういうことに慣れ過ぎたミティーに緊張感はなかった。クライシュードは引っ掛かる何かを感じつつも、確かに襲って来る気配がなかったので、警戒しながらもミティーに合わせた。
荒野に近付くにつれ人通りが疎らになり、街を出るとすっかり人気はなくなった。それでも、街に被害が及ばないように、ミティーは急ぎ足で街から離れる。丁度、街と荒野の中間点で彼女は足を止めた。街の方を振り返るが、案の定誰も居ない。容易に姿を見せる相手ではないのだ。
「…さて、人もいないし、やるならさっさとやってくれる?
私も時間を無駄にしたくないの。これ以上は」
いつもより声を大きくして辺りに響くように、彼女は言った。
異変を感じたのはその直後である。街の方から来ると思われていた襲撃はまったくなく、気配も前方からは感じない。むしろ荒野の方から人の気配と殺気が感じられた。荒野には冒険者も多くいる時間帯なので、あまり気には留めていなかった。だが向けられた殺気を受け流すわけにはいかない。
─おかしい…。
あいつらは気配も殺気も感じさせないようにしているはず…。
確認する為に、ミティーは振り向いた。そこには─。
「お望み通り、やらせてもらうよ…」
既に剣を抜いて戦闘態勢に入っているティバロと、それを不安そうに見つめるセフィークが立っている。他の三人は先へ行っているのか置いてきているのか、見当たらない。
「ね…ねぇ、ティバロくん、何かの間違いだよ、きっと…」
昨晩の女─フェニーシアの言葉を疑いたくはないが、セフィークにはいまいち信じることが出来なかった。
「……私は君に殺気を向けられる程、恨まれることをした覚えはないんですけど?」
昨日とは全く様子の違うティバロに、ミティーは何気なく言葉を投げる。だが、今のティバロにその言葉は火に油を注ぐようなものだった。
止めるセフィークを振り払い、ティバロは突然斬りかかって来た。咄嗟にミティーは右手を前に翳す。光がそこに集束し槍を形作ると、ティバロの攻撃に備え構えた。しかし、態勢を整えた時には、クライシュードが前に立ちティバロの剣を受け止めていた。
「え…?」
ミティーはティバロが意外と速いことに驚いている。彼女の対応が遅かったわけではなかった。むしろ何も持っていない状態から考えると、充分すぎる速さだった。
「問答無用…か。
シューコアに嫌われたことが、そんなに口惜しかったのか…?」
皮肉を込めた笑みを浮かべ、クライシュードはティバロの剣を押し返した。
「…やっぱり、てめぇが“ミティー・フェン=シューコア”なんだな!」
何も知らないはずのティバロからその名が出るとは思わなかったので、さすがに二人は驚いた。それと同時に、目つきも鋭くなる。
「…確かに、私は“ミティー・シューコア”だけど“フェン”の名は捨てた…。
何であんたがその名を知ってるの…!?」
ミティーは今まで“フェン”の名を名乗ったことは指折り数える位しかなかった。しかも、昨日会った時はその名も顔も知らなかったはずである。第三者が関与していることは明らかだ。
「私に殺気を向けるってことは、奴らに何かを吹き込まれたんだろうけど…。
…余程、親しい人が現れたのかな?」
厄介なことをしてくれると、ミティーは小さく溜息をついた。
「…てめぇが何者かなんて、俺には関係ねぇよ。
でも、あいつの…フェニーの受けたキズの代償は払ってもらうぞ!」
覚えのない名前と言葉に、ミティーは眉を潜める。
「ティ…ティバロくん!方法を聞けばいいんでしょ?
そうすればあの人治るんでしょ?それで良いのでは…?」
争いを好まないセフィークが困惑した様子で進言する。ティバロの返答も聞かず、彼女はミティーを見つめた。
「シューコアさん…って言うんですね。
あの…フェニーシアさんってご存知ですよね…?
それで…その…治していただきたいんです。
あの姿は…あんまりですもの…」
ミティーがやったという証拠もないのにそれを言うのは失礼かもしれないと、セフィークは感じていたが、ティバロは完全にそうだと信じ込んでいる。だが、ミティーには二人が何を言いたいのかが全く解らなかった。
「ちょ…ちょっと待って。
フェニーシアって…私はそんな人知りませんよ!?
治すと言われても…」
誤解があるようだが簡単に解けるはずもないと、ミティー自身思っていた。この言葉を投げた後の彼らの行動も、容易に想像が付く。
「っふざけんじゃねぇよ!」
再び斬りかかるティバロに、クライシュードが応戦する。
「あんな…あんな惨い仕打ちをしておいて、何も知らないわけないだろ!?
…お前を殺せばあいつは治る…なら…!」
右手で剣を扱っていたティバロは、懐に左手を入れると、それを抜いた。銀であしらえたそれは魔弾銃だった。通常扱われる銃よりも少し銃口が大きい。その存在をクライシュードは知っていた。だが、後ろに飛び退いた時には、遅かった。
ティバロが引き金を引くと、銃口から青い弾丸が飛び出し、それは青い光に包まれ無数の鋭く尖った氷の矢と化してクライシュードを襲った。
「クライス!」
氷の矢は彼の脚や肩を貫いては消えていく。幸いにも急所は外れていたので、クライシュードは攻撃が収まると再び剣を構えた。傷から滴る血が乾いた地面を濡らしていく。
「…かすり傷だ。何でもない」
涼しい顔でクライシュードは言うが、流れる血の量を見れば、かすり傷ではないことくらいすぐに解る。
「わざと外してやったんだ。次は頭か心臓を狙う…」
右手を下ろした状態でティバロは銃口をクライシュードに定めたまま、二人を睨みつけている。
「ティバロ君!?」
「…『我が身に宿り仕えし竜よ、呼び声に応え姿を現せ。
青き聖者、水竜!』」
セフィークが再度ティバロを止めようとした時、ミティーは呪文を唱えた。「竜」を召喚する呪文を──。
本来ならばこのような街に近い所で「竜」を喚ぶことはしない。自分の素性が不特定多数に知れることは避けたかったからである。しかし、ミティーは躊躇うことなく、唱えた。足元に魔方陣が描かれ、青い光がミティーの体の中に吸い込まれる。
刹那、強い光が飛び出し竜を形作ると、そこに青い竜が現れた。それは炎竜とは違い首と尾が長く、脚が2本という「竜」というよりは鳥に近い姿をしている。力強い印象は受けないが、それでも、セフィークとティバロを威圧するだけの存在感はあった。
「り…『竜』…!?」
「っ…これではっきりした…。
フェニーに“竜の血”を飲ませたのはあいつだ!
あいつなら簡単に“竜の血”が手に入るからな…」
確信したかのように言うティバロに、クライシュードは眉を潜める。
「…“竜の血”…だと…?」
『ミティー様が我々をそのように扱うことなどありません。
これ以上の戦いは無意味です。下がりなさい』
ティバロには「竜」に立ち向かい、勝てる自信などなかった。だが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
「…あいつは自分でそう言ったんだ!
自分が死んだ時、そいつに“竜の血”を飲まされたって!
おかげであいつは…あいつは…。副作用であんな姿に…」
ミティーを睨みつけ、ティバロは奥歯を噛みしめた。
『副作用…。そうか…。
その者が飲まされたのは“竜の血”などではありません。
飲ませたのは恐らく“イヴル”でしょう。
そして、飲ませたものは……』
「『聖水』…。
あいつらが仲間を増やす時に行ってることだ。
…もっとも、本物の聖水とは違うけどね。
生ける屍を作り出す、悪魔の水だよ…。
副作用として、体にあらゆる変化が訪れる。
戦闘能力の上昇、皮膚の変化、感情の欠落…。
飲まされたら、人間ではなくなる…」
水竜の言葉を遮り、ミティーは淡々と話した。クライシュードは初めて聞く話に言葉を失っている。
「あいつが…俺に嘘を言ってるってのかよ!」
「っ…ティバロ君、実は…私もあの人…信じられないよ。
だって…昨晩、あの人笑ってたもん…何か…うまくいったって感じで…」
隣に居るセフィークまでそんなことを言い出すので、ティバロは益々苛立った。
『その者がどれ程大切なものだったかは知りませんが…。
最早人間ではありません。
そして、自分達の目的の為ならば手段を選ばないのが、奴等のやり方です。
その話は擦り込まれたのか、作り話なのかは解りませんが…。
どちらにしろ、信憑性はないに等しいですね。
それでも我が主と戦うのであれば、容赦は致しません』
ティバロは水竜の無情な言葉に閉口した。信じられるはずがないと、ミティーは哀しげにティバロを見つめる。自分も信じていないのに、それを他人に期待するのは間違っていると、溜息を吐いた。
「大切な人を信じたいのは解る。
でも、だからと言って真実を曲げることはできない。
真実は真実として受け止めないと駄目だよ。
現実から逃げてちゃ駄目なんだ…」
自分にも言い聞かせるように、ミティーはティバロに語りかける。それをクライシュードは何も言わずに聞いていた。
「っ…てめぇに何が解るってんだ!
てめぇみたく誰でも突き放すようなヤツに…!
大切な者を失う気持ちなんか解るわけねぇよな!」
それを言われる筋合いはなかったが、ミティーは反論しなかった。代わりに、水竜が氷の混ざった冷気をティバロに向かって吐き出す。さらに、ミティーの後ろにいたクライシュードが彼女の横を抜け、ティバロに斬りかかった。ティバロはセフィークを庇いながらクライシュードの剣を受ける。
『我が主に対する侮辱は許しません!』
「お前こそ、シューコアの何を知っているっていうんだ!」
二人の声は同時に辺りに響いた。ミティーは驚いて、呆然と二人を見つめる。
「……青、クライスを…お願い」
自分には心強い味方がいると、ミティーは微笑みながら水竜に指示を出した。すると、水竜は頷く仕草を見せ、クライシュードを文字通り鷲掴みにすると、2、3度羽ばたき飛び去った。
「私を狙うのは一向に構わないよ。慣れてるからね。
でも、正当な理由や目的がなければ、こっちだって納得がいかない。
…何が真実か、それを見極めてからもう一度来ることだね」
「っ待…」
ミティーはそれだけ言うと、風に包まれ、その姿を消した。残されたティバロは舌打ちし、剣を収める。セフィークはどこか安心したらしく、胸を撫で下ろした様子でミティーのいた場所を見つめていた。