【話合の章】
「あ、お帰りなさいっ、ティバロくん!」
扉を開け、部屋に戻ってきたティバロをセフィークが迎える。
「あ…あぁ…」
少々驚いた様子で、ティバロは答えた。
「久しぶりだったんだよね…?楽しかった?
あ…今ね、明日のこと話し合ってたんだよ?
こんなに早く帰ってくるとは思わなかったけど…もういいの…?」
自分を気遣うセフィークに、ティバロは胸が痛くなるのを感じた。本当のことを聞いたら、この心優しい少女はきっと悲しむに違いない。「そんなの駄目だよ」と心配そうに話しかけてくるに違いない。
そんな憶測を心にしまい、ティバロは覚悟を決めて口を開いた。
「もう…いいんだよ。あいつは。
あんまりしつこいんで、絶縁してやった。
次からあいつらは他人ってことで、よろしく」
セフィークは、すぐにはその言葉の意味を理解できなかった。
「え…ぜ…絶縁…!?…って…え?え!?どどどうして!?」
慌てふためくセフィークに、ティバロは渇いた笑みを浮かべるだけである。
「…話したくないなら、無理に聞かないけどさー。
自分から敵を作るのは関心できないな。ちゃんと考えて行動してる?
ウチらは一つの部隊として動いてるんだから、一人の敵はみんなの敵になるんだよ?
ただでさえ、あの黒ずくめの奴らで手一杯なのに…」
呆れた口調でマティーナが言うと、ティバロは眉を潜め、彼女から視線を逸らした。
「黒ずくめ…?あ!そうそう!
今ね、荒野に向かったあの二人の救出作戦を立ててたの」
思い出したようにセフィークが説明すると、ティバロは怪訝そうにセフィークを見つめる。
「あいつらを…?助ける義理なんてねぇんじゃねーの?
何か、俺達のこと嫌ってるみたいだし…」
「俺“達”じゃなくて、君だけだよ、ティバロ君」
一緒にしないで欲しいなとユークがニッコリと笑うと、ティバロは目を細めた。
「…どっちでもいいよ。とにかく、あいつらが勝手に行ったんだ。
危険なことくらい承知のはずだろ?
俺達が助けに行く事なんて、ただのお節介にしか感じないと思うけど?」
その言葉を聞き、セフィークは悲しげに首を横に振り続ける。その瞳が行こうよと何度も訴えてくることに、ティバロはしばらく耐えていたが、やがて溜息を付いた。まるで、小動物に懇願されているような、妙な感覚に陥ったようだ。
「…解った…解ったから。行きゃいいんだろ行きゃ…。
Zのいる遺跡なんか、絶対ごめんだと思ってたのに…ハァ…」
肩を落とすティバロとは裏腹に、セフィークは嬉しそうに笑顔を浮かべている。天使の微笑が悪魔の笑顔にも見えたが、ティバロは仕方がないかと苦笑した。
「さぁて、そうと決まればちゃんと作戦立てて行かないとな!
相手はあのZだ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ倒れないぞ」
そう言うと、ティバロは部屋に備え付けの紙とペンを手に取りテーブルの上で何かを書き始めた。紙の真ん中に大きな四角を一つ描き、その中に小さな四角を幾つか描いていく。それを2本の線─通路で結んでいくと、遺跡の見取り図になった。
「すごぉーい。ティバロ君、覚えてるんだー」
「まぁな。ただ、記憶を頼りに描いてるが、間違ってるかもしれないし。
今じゃ損壊が進んで、どうなってるか解らん。
あまり、信用しないことだな」
ライナに褒められたティバロは気を良くしたのか、得意げに微笑んだ。そう言いながら、今度は通路に×印を描いていく。どうやら、崩壊等の理由で通行が不可能なった通路に印をつけているらしい。一通り描き終わると、ティバロは二枚目の紙を取り出し、更に何かを描き始める。
「え…?まだあるの?」
「ここには地下もあるんだ。
上が通れない時は下を通って上に抜ける道もあるからな。
……これでよしっと」
驚いているセフィークに横目で説明しているうちに、地下の見取り図も完成し、ティバロはペンを置いた。皆はそれを覗き込みながら、考え始める。
「…まず、問題のZの出没ポイントが解らないことには動けないよね…?」
「何だ、それくらいすぐ解るだろが」
地図を睨みつけているユークに、ティバロが呆れたように言うと、ユークは少しムッとして顔を上げる。
「Zは侵入者を排除する為に作られたタイプだ。
なら、居る所なんて、決まりきってるさ」
「あ、そっか」
ポンと手を打ってマティーナも頷く。
「え…?ど…どこどこ?」
「「侵入者のいる所」」
1人だけ解らなかったセフィークに、皆は声を揃えて言った。侵入者を排除する為に、Zは現れる。どこにいるのかなど考えなくて済む分、どうやって乗り切るかを考えなければならないのだ。
「あいつの攻撃で一番厄介なのは熱光線だな。
あれを受けたらまず助からないだろう。
防ぐ術は……今の所ない」
始めから壁に突き当たり、重苦しい空気が流れる。
「…あいつらだって、不死身じゃない。
コアの部分を壊せば、動かなくなるよ」
「だから、それを壊すまでにやられるって」
「そんなの、やってみなくちゃ解んないじゃん」
「お前、あいつと戦ったことあんのかよ?」
ユークとティバロの論争が繰り広げられる中、セフィークは見取り図を見つめて、必死に何かないか考えていた。見取り図を見ても、道が拓けるわけではなかったが、何か思いつくかもしれないと、隅から隅まで視線を動かす。
「せーちゃんせーちゃん、何か解った?」
ライナがセフィークの袖を引っ張りながら聞くと、セフィークは俯いて首を横に振る。
「こういうことって初めてだから…」
「私はね、まーちゃんやゆーちゃんと一緒に旅してきたから、こういうの初めてじゃないんだ。
結構危ない目にも遭ったしねー。
大丈夫。何があっても、乗り切れるもんよ?」
不安になっていたセフィークをライナが励ます。それでもまだ不安そうにセフィークは頷いた。
「大丈夫だよ、せーちゃん。
何かあったらティバっち盾にして逃げればいいだけだから」
「おいちょっと待てお前ら」
笑いながら言うマティーナをティバロは半眼で見つめる。それを見て、皆は一斉に笑い出した。
「ったく…気楽なもんだぜ…。相手はあのZだってのに…」
溜息混じりに呟くティバロの前で、4人はいまだ笑っている。これくらいが丁度いいのかと首を傾げながら、ティバロも笑みを浮かべる。
それからは大した話にならなかったので、徐にティバロは寝台に横たわった。
「ティバロ君…?」
「わりぃ、ちょい疲れたから寝るわ。
何かあったら起こしてくれ。んじゃ」
程なくして寝息が聞こえると、皆は起こさないように小声で話を続けた。さすがに、疲労を隠せないティバロを無理矢理起こすわけにもいかない。
月が高く昇り、ティバロも深い眠りに入ったので、皆もそろそろ寝ようかと考え出していた。ユークが軽く欠伸を漏らしたことで、4人は各々の寝台に横たわろうとする。だが、突然、窓からの光が完全に遮られたので、皆は一斉に窓の方を見やった。窓の外には黒装束を身に纏った人影が見える。セフィークは飛び起きてティバロを揺さぶり起こした。
「ティバロ君、ティバロ君!」
窓が勢いよく開かれ、黒装束は部屋の中へと入ってきた。そして、何かを探すように部屋を見渡している。
「あんた、何者!?」
枕元に置いてあった短剣を素早く構え、マティーナは黒装束に向かって訊く。
「ティバロはどこだ」
意外にも、発せられた声は高く、澄んでいた。だが、その言葉には威嚇するような強い念がこめられている。
「セフィーちゃん…?何かあったの…?」
眠たそうに目を擦りながらティバロが体を起こすと、寝台の横にあったついたてが突然倒れた。部屋の中に黒装束の人影があることに気付いたティバロは、ハッとして咄嗟に剣を構える。
「テメェ…昼間の仲間か!」
「ティバロ…私よ…」
戦闘体勢に入ったティバロをなだめるように、その黒装束は囁いた。その声に、ティバロは眉を潜めている。
「まさか…」
無言で、黒装束は顔を覆っていた布を取る。そこにあったのは端正な女性の顔だった。そして、女は髪を降ろし、ティバロに微笑みかける。月明かりに照らされた髪は、金色に光り輝いていた。
「っ…フェニー…?フェニーシア!?」
「え…?」
「覚えててくれたのね、ティバロ。…嬉しい…」
その美女は優しい笑みを浮かべると、突然ティバロに抱きついた。その勢いで、ティバロは危うく寝台に倒れこむところだったが、何とか持ち堪えると、困惑した様子で女─フェニーシアを見つめる。
「な…何で…お前…」
「死んだと思った…?そうよね…私も…そう思ったもの…」
フェニーシアは悲しげにティバロを見つめると、彼の胸に顔を埋めた。
「でも、私は死ななかった。いえ…死んだけど生き返ったのよ…。
あの…忌まわしい“竜の血”で…!」
それまで優しく抱きしめていた彼女の腕に力が入る。
「…“竜の血”…?あの…不老不死になると言われてる…?」
セフィーク達は状況が把握できないまま、二人─話しているのはフェニーシアだけだったが─の話を聞いている。
「えぇ…。“竜”は実在したのよ…!
そして、その血を手に入れた奴らがいた…。
私は実験のために…飲まされたの…。
不老不死になることは知っていたけど、死人を生き返らせるなんて知らなかった…。
それに…副作用があることも…」
「副作用…?」
ティバロから離れ、フェニーシアは黒装束を脱ぎ始めた。
「お…おい、何を…!」
慌てて止めようとするティバロの目に、フェニーシアの体が映る。そこにあるはずの綺麗な肌は、青緑色で、ひびが入っている。それはまるで鱗のようだ。人の形はしているものの、彼女の体は、既に人間のものではなかった。ティバロはその姿を、直視していることができなかった。あまりにも惨たらしい彼女の姿に、思わず目を背ける。
「私…もう昔の私じゃなくなっちゃった…。…ごめんね」
フェニーシアの頬を涙が伝う。ティバロはすぐに顔を上げ、彼女を抱きしめた。
「もういい!何も…言わなくていい…。
フェニー…生きていてくれて…良かった…」
周りにセフィーク達がいることも気にせず、ティバロは哀れなフェニーシアを強く抱きしめている。
「……誰が…君をこんなに…したんだ…?」
それを聞いてどうするのかなどティバロは考えていなかった。だが、聞かずにはいられない。フェニーシアはティバロの胸で不気味な笑みを浮かべた。それを偶然目撃したセフィークは眉を潜める。
「“ミティー”…“ミティー・フェン=シューコア”。そう言っていたわ…。
私は“竜の血”を飲まされてから、人間ではなくなった。
力も、速さも、人間の比じゃない…。
でも、行き場のない私を助けてくれた方がいたの。
ミティー・フェン=シューコアを憎んでいる“イヴル”という方よ。
私は同じ目的を持つイヴル様に仕えることにしたの。
でも…昼間…、仲間と戦うあなたを見かけて…。
確かめに来たの…。本当にあなたなのか。
そして…あの女…ミティー・フェン=シューコアの仲間じゃないのか…」
ティバロは「ミティー・フェン=シューコア」の名をしっかりと記憶した。それから、やさしくフェニーシアの頭を撫でる。
「安心しろよ。俺はそんな女の名すら知らない。
あの時は、勘違いしちまっただけだよ。
…あの女と言われて、思わず一緒にいたセフィーちゃんのことかと思ってさ。
だから、俺はその女の仲間じゃないし、全く関係ない」
あながち関係なくないなどということを一行が知る由もなく、逆に、黒装束から狙われなくて済むのなら喜ばしいことだ。だが、そこでセフィークは気が付いてしまった。あの黒装束達に狙われていた彼女のことを─。
「あれ?でも…狙われてたのって…あの人じゃなかったっけ?
名前…知らないけど…確か、自分で認めてた…」
皆は我に返り、昼間のことを思い出していた。銀髪の男と共に荒野へと向かった彼女は、「確かに狙われているのは私」と肯定していた。名前を聞くのを忘れていたとはいえ、繋げれば一つの線になる。
「知っているの!?ティバロ!」
「…あいつが…そうなのか…?…名前は知らない。
ただ、俺達が黒装束に狙われたことを話したら、関与を認めたってだけだ…。
…変な魔力石持ってる栗色の髪の女だよな…?」
ティバロの言葉にフェニーシアは静かに頷いた。そして、ティバロから離れると、窓へと向かう。
「…お願い…ティバロ、協力して…。あの女だけは…許せないの…。
それに…あの女を殺せば、私は元に戻れる…」
それだけ言うと、フェニーシアは窓から飛び降り、夜の暗闇に紛れるように消えた。後には呆然と立ち尽くす5人が、窓を見つめているだけだった。