【因縁の章】
「鷹ノ巣」へと戻ってきたセフィークたちは、1階のロビーで一組の「荒れ鷹」と思われる人達と鉢合わせた。1人の女性と2人の男性という、小規模な組である。
男の1人は帯剣しており、もう1人は弓と矢筒を背負っていた。そして、女性は杖を手にしている事から、バランスの良い少数精鋭の構成と言えなくもない。
彼女達は下見のつもりで荒野に出たらしく、外で見てきた遺跡の話などを延々と続けていた。ふと、会話の最中で女性がセフィーク達に気が付き、驚いたように駆け寄ってきた。
「ちょっと!オターカくんじゃない!?久しぶりじゃーん!」
ティバロの知り合いなのか、親しげに話しかけてくる女性に、セフィークは首を傾げた。
「ティバっちの知り合い?」
聞きたそうなセフィークの代弁なのか、マティーナがティバロに向かって質問を投げかける。だが、ティバロはさも鬱陶しそうに眉を潜めているだけだ。
「え…?何々?オターカ君ってば、ハーレム状態?」
「おいおいおいおい!マジかよ!
いい生活してんなぁ。代われよ!」
女性がからかうように言うと、剣士の男がにやけた顔で言い寄ってきた。
「うるせぇなぁ…そっちだって、両手に花の状態だろ?
…大体何でこんなとこにいんだよ」
セフィーク達が状況を把握できずにいる中で、ティバロと女性達は話を進めていく。
「何だ、つれないじゃないか。俺達腐れ縁だろ?
どこで会おうが不思議じゃないさ」
もう1人の男がティバロと肩を組む形で話しかけてくる。彼らと遭遇してから、ティバロの表情が少しずつ不機嫌そうに変化していった。
「……あのさ、結局その人達誰なわけ…?」
ユークが痺れを切らしてティバロに訊くと、ティバロは肩を組んできていた男の腕を振り払い、溜息を一つ吐くと口を開いた。
「こいつとは同じ町に生まれ、同じ剣術学校に行った。
ま、世に言う幼馴染って奴だな。
ちなみに、町を出た日まで同じさ。
途中までは一緒に回ってたんだけど、まぁ…色々あってね。
ただ…何故か行くとこ行くとここいつと遭遇するんだ。
会う度に絡まれて…ぶっちゃけ俺は迷惑してる」
肩を組んできた男を指しながら、ティバロは呆れた様子で話した。あまり良い思い出はないようだ。
「またそんな…つれない事言わないでよー。
そうだ!ここで会ったのも何かの縁だしお互い自己紹介といこうか?
アタシは“ハーサリオ・オーヘイ”…」
「そして、我らが姐御!」
女性—ハーサリオがティバロの愚痴をサラリと流し、勝手に話を進める。弓を背負った男はそんなハーサリオの言葉を遮り、悪ふざけとも取れる発言を始めた。
「だから、そう呼ばないでって何度も言ってるじゃない!」
「いえいえ!姐御は姐御ですよ!どこまでもお供します!」
ハーサリオの言葉に男がすかさず返すと、ハーサリオは笑いながらその男を軽く殴った。
「あはははは!面白い人達だね、ティバロ君!
え…と、私も自己紹介するねー。初めまして〜。
今、ティバロ君と一緒に行動してる“セフィーク・クーシオ”です」
「へぇ、セフィークちゃんかぁ、カワイイね」
ハーサリオに絡んでいた男が、満面の笑みで自己紹介したセフィークを見つめた。セフィークは「えー?」と否定するように首を振りながらも、嬉しいのか笑顔のままだ。
「“ティノアーク・ノーマンティオ”だ。
よろしくね、セフィークちゃん!」
ハーサリオ達を無視して、セフィークを見つめていた男—ティノアークが自己紹介し、セフィークの手を握った。その手を上下に振り、ティノアークはにっこりと笑う。
「よ…よろしく…」
「おい、ティン!彼女、困ってるぞ!まったく…。ごめんね。
俺はこいつの幼馴染、“アディ・ハロニック”です。
不肖の幼馴染がご迷惑をおかけしているようで…」
困惑しているセフィークを見て、アディが自己紹介がてら軽く頭を下げた。
「おいお前、誰が迷惑かけてんだよ、誰が!」
不満そうに幼馴染—アディを肘で小突きながら、ティバロは反論する。
一連の様子を黙ってみていたユークは、溜息を吐きながらパンッと手を叩いて大きな音を出した。皆は驚いて彼女の方を振り返り、ロビーが急に静まり返る。
「私“ユーク・カーウィン”と申します。どうぞよろしく〜」
「さすがユーちゃんナイス!
ウチは“マティーナ・アミカ”です!よろしくねー」
にっこりと笑みを浮かべて自己紹介をしたユークに、パチパチと手を叩きながら、マティーナも名乗る。ユークの満面の笑みに怒りがこもっている事を、周りが気が付かないはずはなかった。落ち着いて名乗れるようになったので、ライナがユークとマティーナに続いた。
「ウチは“ライナ・ノーク”です。よろしくお願いしまぁす」
相変わらずののんびり口調でライナが自己紹介を終えると、皆は今一度互いを見渡しあった。
「ところで、お前らもここにいるってことは、荒野に行くんだろ?」
アディが「俺達はもう下見してきたんだぞ」と少し得意げな笑みを浮かべる。
「あぁ…明日からな。今日は色々と疲れたんで」
それはセフィークも決めたことだったので、ティバロは反対していなかった。
「下見くらいした方がいいかもしれないぜ?
前とはかなり様子が変わってるから」
「様子が変わった…?」
ティノアークが深刻そうに忠告してくると、その刹那、ティバロの表情が一変した。友人達との戯れ時間は終わり、笑みや不真面目さが消える。ティノアークに続き、アディも真剣な表情で口を開いた。
「あぁ、かなりな。そいつらはここ、初めて入るんだろ?
だからって、近場から攻めようなんて今回は考えない方がいいぜ。
今さっき見てきたけど、一番近くにあった『祈りの神殿』。
あそこはさ昔は体ならしに丁度良かっただろ?
ところがどっこい、あそこは今や機械兵Zの守る危険な場所になってる」
荒野に入ったことのないセフィークには、機械兵Zがどういうものなのか、そして、どれ程強く危険なものなのかが解らなかった。
「Z!?ちょっと待てよ。んなわけないだろ!?
Zって言ったらあの『不可侵の城』を守ってたヤツと同じ型だろ!?
そんな近場にいるわけねぇって!」
『祈りの神殿』『不可侵の城』と知らない名前が出てくる度に、セフィークは困ったようにユークを見る。特に深い意味は無かったが、彼女なら知っているのではと思い、無言の問いを振ったようだ。
「何でボクを見るのかな?セフィーちゃん?」
「え?あ!?いや…そのぅ…知ってたら教えて欲しいなぁ…って…」
相変わらず控えめな言い方に、ユークは「うんうん」と頷きながらセフィークの頭を撫でる。
「機械兵っていうのは解るよね?
魔機大戦の元凶であり、自分で考えて動く鉄の化け物。
で、それにもいくつかタイプがあるんだよ。
Zっていうのは、元々は侵入者を排除するために作られたらしいんだわ。
ということはどういうことか解るかい?」
一つ一つ納得させる言い方でユークは話を進める。セフィークは難しそうな顔をしながら首を傾げていた。
「侵入者を排除するために作られたんなら、簡単に壊されちゃ意味がない。
ってことはだ、必然的に普通の攻撃ぐらいじゃびくともしないヤツを作るわな。
…ということはだ、ココまで来れば、何が言いたいかわかるかな〜?」
聞けば聞くほどセフィークは困惑していく。
「すっごく強いってこと?倒せないってこと?…危ないね〜」
言いたいことは伝わったらしいので、ユークもそれ以上は何も言わなかった。
「そのZがね、入り口に一番近い遺跡…神殿にいるの」
ハーサリオが溜息混じりに言うと、セフィークはようやく事の次第を理解したようだった。
「え!?それ…やばいよ!危険危険!どうしよぅ…?」
その台詞を聞き、皆は肩を落とした。
「どうしようか、今考えてるんだけど…」
「え!?そうだったの!?…ぅみゅ、ごめんなさいです」
何故か、セフィークなら許せてしまうのが、不思議で仕方がないが、皆は「いいんだよ」と笑顔で答えた。
「あぁそれと、もう一つ。俺達も神殿に少しだけ入ったんだ。
で、すぐに出てきたら、代わりに男女の二人連れが神殿に入ってったのを見た。
何も知らない様子だったなぁ…。今頃どうなってるかな…?」
ティノアークが思い出しながら言うと、セフィークたちは「鷹ノ巣」に戻ってくる直前のことを思い出した。ミティーとクライシュード—皆はまだ名前を知らない—が荒野の方へ歩いていったのを、皆は見たのだ。
「もしかして、それってさ、男は髪が短くて銀色で…。
女は武器とかは何も持ってなかったりした?」
マティーナがまさかと思い聞くと、アディが目を丸くした。
「何で知ってんの?もしかして、超能力者!?」
「超能力者って何さ…。
とにかく、その人たち…まぁ…ちょっとした知り合いなんだけど…」
「大丈夫かなぁ…?ちょっと見に行ってみる…?」
ミティー達を心配したセフィークがそんなことを言い出すと、皆は驚いた。自分達はミティーに貸しはあっても借りはない。そう思うと、行くことに何の利点もなかった。
「まぁ、すぐに逃げてくれば助かるだろうし、心配ないんじゃないの?」
ティノアークが少々投げやりに言うと、セフィークはなおも困惑した表情で俯く。
結局、もう辺りが暗くなる頃なので、今すぐに行くことは危険と判断され、セフィークたちは自分達の部屋へと戻って行った。ティバロも戻ろうと思っていたのだが、アディに捕まってしまい酒場へと連れて行かれたのだった。
間もなく、クーオフクを宵闇が包み込む。静寂が支配する夜の町に、乾いた風が吹き荒んでいた。