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第3章:王都での歓迎と英雄視の裏(2)

 夕刻になり、アリシアが部屋を訪れた。

 先ほどより少し表情が険しい。


「レイジ、準備をしてください。すぐに賢者学院のセト・ノースフィールドという研究者が、あなたの魔力を測定したいと連絡を寄こしました」

「賢者学院……ああ、前に言ってましたよね。たしか魔法や命輝石の研究をしてる機関だとか」


 レイジが起き上がると、アリシアは小さく頷く。


「ええ。セトは若くしてかなりの才覚を持つ研究者で、学院でも重要なポジションにいます。あなたの力を調べるなら、最適の人物でしょう。私の上官も、あなたを賢者学院に連れて行く許可を出しました。行きましょう」


 再び騎士の護衛を伴い、レイジとアリシアは詰所を出る。

 外はすでに黄昏どきで、空はオレンジから紫に染まりはじめていた。

 王都の街並みは夕暮れの中でも活気を失わず、多くの人々が行き交っている。


 賢者学院は王宮の北側に位置し、学問地区と呼ばれる一帯に広大な敷地を構えているという。

 道すがら、レイジはアリシアに尋ねた。


「セトさんって、どんな人なんですか? 若くして才人ってことは、結構厳しい人だったり……?」

「私も直接は会ったことはありませんが、噂では冷静沈着で理論派とのことです。奇人変人が多いとされる学院内では、まだ社交性があるほうだとか」


 アリシアが淡々と答える。

 彼女自身、学院との交流があまりないのか、深入りした様子ではなさそうだ。


 道を曲がり、細かい曲線を描く石畳を抜けると、やがて背の高い塀と荘厳な門が見えた。

 その先に続く白亜の建物は、幾何学的な装飾が施され、魔法のイメージを彷彿とさせる。

 門前にはローブ姿の人々が歩き回っており、学生なのか研究者なのか、老若男女が本や巻物を抱えて行き来している。


 「ここが……賢者学院……」


 レイジは思わず感嘆の声を漏らす。

 そこは一目でわかるほどの知的な空気感に包まれた場所だった。



 学院の職員に案内され、アリシアとレイジは奥まった一室に通された。

 そこは『魔力解析室』と呼ばれ、壁一面に魔法陣や紋様が刻まれている。

 中央には円形の台座のような装置があり、周囲にはクリスタルや測定器らしきものが並んでいた。


 やがて現れたのは、茶髪を短く整え、切れ長の瞳を持つ青年――セト・ノースフィールドだ。

 学院のローブをまとい、やや寝不足気味の表情だが、その瞳には知的な光が宿っている。


「初めまして、レイジ。私がセト・ノースフィールド。君の魔力を測定するために呼び出した当人だ」


 彼はアリシアに軽く一礼したのち、レイジの前に来て手を差し出す。

 意外にもフレンドリーな印象で、レイジは戸惑いながらも握手を交わした。


「は、はじめまして。俺、そういう測定とか初めてで……どういう感じになるんでしょう」

「まぁ、難しく考えなくていい。あの台座の上に立って、少しだけ魔力を放出してみてほしいんだ。危険のないレベルでね。ここの魔法陣が君の魔力を数値化して可視化する仕組みだよ」


 セトはそう言いながら、台座に設置されたクリスタルを指し示す。

 レイジは不安を覚えつつも、アリシアが横で見守るなか、装置の中央へ立った。


 恐る恐る手のひらに意識を集中させる。

 以前、岩狼を倒すときに使ったイメージを思い出すが、今度は『全力』ではなく『ほんの少し』を自覚的に引き出す感覚だ。


 ビリビリとした熱が腕を伝い、手のひらから淡い光がにじみ出る。

 荒々しい爆発にはならないが、周囲にかすかな風圧が生じたのがわかる。


 瞬間――装置のクリスタルが激しく光り、壁に設置された水晶板が輝く。

 何重もの魔法陣が走査するように光をめぐらせ、部屋の中で眩い閃光が数度きらめいた。

 レイジが目を細めると、セトは顔を引きつらせて急いで魔力装置を操作する。


 「ふむ、思ったよりも出力が高いようだ。そこで止めて」


 言われてレイジが魔力を収束させると、部屋の閃光がゆっくりと収まる。

 代わりに水晶板には何やら複雑な数値や波形が浮かんでいた。

 セトはそれを目で追いながら、タブレット状の魔道具にメモを走らせていく。


 アリシアは壁際からその光景を見つめ、やや緊張気味に問いかける。


「セト……どうなの?」


 セトは息をつき、真剣な表情で口を開いた。


「正直、私の想定をはるかに上回っている。単に魔力量が大きいだけじゃなくて、世界全体に繋がる命輝石のエネルギーを吸い取りかねない特性を感じるというか……。詳しい理論はまだ要検証だけど、少なくとも普通の人間が扱える域じゃない」


 レイジはドキリとする。

 やはり『世界を壊す』という不安がリアルに迫るのか。


「じゃあ、俺の力を使えば使うほど、命輝石に影響が出るかもしれない……ってことですか」

「可能性はある。しかも、制御不能な暴走を起こすリスクがある程度高い。もし大規模な魔法を使えば、周囲の命輝石や自然を強制的に枯渇させる恐れも捨てきれないね」


 セトの言葉に、アリシアも顔を曇らせる。

 彼女はレイジに視線を向け、どこか申し訳なさそうに呟いた。


「やはり……それほどの危険性を秘めているんですね」



 測定を終え、部屋の壁に現れた数値やグラフを確認するセトは、複雑そうな表情を浮かべていた。


「解析結果は、極端に言えば『世界を救うほどの力』にもなり得るし、『世界を破滅へ導く力』にもなり得るという二面性を持っているね。命輝石を正常に利用できる方法があれば、君はまさに救世主だ。だが、一歩間違えば……」


 最後まで言わずとも、その意味は明白だ。

 レイジは思わず拳を握りしめ、口を開く。


「つまり、俺が力を乱用すれば、本当に世界を壊すかもしれない、ってことですね……。そんなの、どうすればいいんだよ」


 声が弱々しく震えた。

 もともと高校生で、仲間を救いたい気持ちだけは強かった。

 けれど、今はそれすら世界を危険に晒す行為になりかねない。

 セトは静かに首を振る。


「結論を急ぐ必要はないけど、対策を考える時間はそう長くない。最近、世界各地で命輝石の異常減少が報告されているし、魔物の活性化も関連している可能性が高い。もしこのまま放っておけば、やがては世界規模の危機が訪れるかもしれない」


 アリシアがレイジの隣に歩み寄り、その肩を見やるようにして言葉をかける。


「あなた一人の責任にするつもりはない。でも、世界に異変が起きている以上、あなたの力がますます注目されるのは必至。連合軍や闇商人、あらゆる勢力が動くかもしれない。王国もあなたを守りつつ、場合によっては……」

 

 そこでアリシアは言葉を切ったが、『排除』という最悪のシナリオを示唆しているのは明らかだ。

 レイジはうなだれて口をつぐむ。

 どうあがいても逃げ道はないように感じられた。



 突如、レイジの頭の奥に鋭い痛みが走る。

 思考が一瞬途切れ、視界が揺れる。


「……っ、ぐ……」


 アリシアが驚いたように「レイジ!」と声をかけるが、彼は床につんのめり、うずくまった。

 意識を飛ばされるような感覚が再び襲ってきた。

 あの『神の神殿』へ引きずり込まれる悪夢――。

 だが、今回はほんの数秒で痛みが消え、レイジは荒い呼吸を吐きながら正気に戻る。


「大丈夫か?」


 アリシアが心配そうに覗き込む。

 セトも「測定の負荷が大きかったのかもしれない」と言って冷静に回復魔法をかけてくれた。


「す、すみません……ちょっと、立ちくらみみたいな……」


 レイジは熱っぽい額を手で押さえながら、あの『神の声』を思い出す。


 『お前は実験体だ。世界が滅んでも構わぬ』


 (やっぱりアイツが絡んでるのか。この力のこと、命輝石のこと。全部……)


 しかし今は周囲にアリシアやセトがいる。

 妙な話をしても混乱を招くだけかもしれない。

 レイジは「大丈夫」と言い張り、無理に笑ってみせた。


「続きは改めて……もう俺、今日は頭がグラグラしてて……」


 セトは真剣な面差しで頷き、巻物のような診断書を手渡してくる。


「そうだね、今日はもう休んだほうがいい。これは先ほどの解析結果の概要だけど、あなたの魔力の特性やリスクをまとめてある。あとでよく読んでおいてほしい」


 レイジはそれを受け取り、ポケットに収める。

 記録といっても専門用語が多そうだが、なんとか理解したいと思った。



 賢者学院を出るころにはすっかり夜の帳が下りていた。

 門前に戻ると、アリシアは仕事柄か警戒心を絶やさず、あたりを見回す。

 レイジはさっきの頭痛が尾を引いており、少し足元がおぼつかない。


「あまり無理しないで、宿舎に戻ったらすぐ休むといい」


 彼女が気遣うように言うものの、その声はどこか固い。

 心配もあるが、レイジへの警戒や責任感が拭えないのだろう。


「ありがとうございます……あと、その……俺のせいで色々面倒かけちゃって、すみません」


 素直に謝るレイジに、アリシアは一瞬、目を伏せて言葉を飲み込むように黙った。

 しかしすぐに顔を上げ、いつもの真面目な口調で返す。


「いえ。これは私の任務ですから。あなたの力がどちらに転んでも、騎士としてそれに対処するまで。あなたが人を救うなら手を貸すし、もし脅威になるなら……止めます。それだけのことです」


 レイジは苦笑するしかなかった。

 確かにそうだ。騎士の道理と責務が、彼女の言葉を支えている。


 ◇◇◇


 翌朝。

 王都の大通りでは、すでに「岩狼を一掃した若者が、賢者学院でもすごい数値を叩き出したらしい」「やっぱり救世主かもしれない」といった噂がさらに加速していた。 自然発生的な『英雄視』はますます熱を帯び、街角にはレイジの名前を叫ぶ子どもや、彼の姿をひと目見ようと詰所付近で張り込む野次馬まで現れ始めている。


「まいったな……」


 レイジは詰所の廊下からそれを窓越しに眺め、頭を抱える。

 こんなに注目されるのは人生で初めてだし、想像以上に疲れる。


 自分が本当に『英雄』ならまだしも、まだ何も解決していないのだ。

 むしろ世界の危機はこれからが本番かもしれないというのに。


 すると、アリシアの上官にあたる騎士長がやって来て、レイジとアリシアを呼び出した。

 どこか急ぎの様子で、表情が曇っている。


 「実は先ほど、王宮の宰相から連絡があった。王が『岩狼討伐の英雄』とやらに興味を示し、近々に謁見の場を設けるとのことだ……」


 レイジは「え……!?」と驚く。

 ついに国王にまで知られたのか。


「王に会う……そんな……大丈夫なんですか、俺なんかが……」


 騎士長は渋い顔をしながら続ける。


「本当に危険な存在かもしれないし、一方で国に益する力かもしれない。王としては見極めたいのだろう。アリシア、君にも正式な護衛兼監視の任務が下った。レイジを連れて三日後の昼頃、城へ来るように」


 国王への謁見――それは、レイジにとって一大事だ。

 彼の中で、どこか現実味のない感覚が強いが、もはや逃れられない流れだ。


 アリシアは冷静な面持ちで、「承知しました」と騎士長に応える。

 その横でレイジは、胸の鼓動を抑えきれない。

 いったいどんな言葉を王に投げかけられるのか。

 もし『排除』という結論が出れば、自分はどうなる……?


 彼の心には、村やマリアの笑顔が浮かぶ。

 まだ何も恩返しできていない。

 自分は『破壊者』にはなりたくないし、『英雄』と呼ばれるほど偉くもない。

 それでも、こうして周囲に押し流されるように前に進むしかないのだった。


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