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第2章:王国騎士・アリシアとの出会い(1)

 村の外れに停まった立派な馬車。

 その横に立つのは、背筋を伸ばして周囲を一瞥する若き女性騎士だった。

 鎧は精緻な装飾が施されており、腰には細身の長剣を佩いている。


 白銀の髪をポニーテールにまとめ、その碧眼は涼しげだが、どこか鋭い光を宿していた。

 彼女こそ、ローゼンベルグ王国騎士団の若手エリート――アリシア・ヴァイスである。


 アリシアの碧い瞳が、まっすぐレイジを捉えた。

 すっと眉が動く。


 「あなたが……私に報告された『魔物を一掃した力の持ち主』ですか」


 淡々とした声だが、その裏に警戒心が透けて見える。

 レイジは動揺を隠せずに頭を下げた。


 「は、はい。あの……俺、そんな大したことは……」


 どうも堅苦しい場に慣れていない。

 サッカー部で顧問の先生に話すのとはまるで違う空気が流れている。

 アリシアは鎧の胸当てを小さく鳴らしながら、一歩近づいてきた。


「挨拶は結構です。それより、『その力』について詳しくお話願えますか。どんな種類の魔術なのか、誰に教わったのか」


 矢継ぎ早の問いかけに、レイジは言葉に詰まる。

 そんな彼の様子を察し、村長が横から口を挟んだ。


「ま、ま、アリシア殿。レイジはこの辺りの者ではありませんし、いきなり根掘り葉掘り聞かれても困るでしょう。まずは腰を据えて話すのが先というもの。何ならわしの家で茶でも……」

「いえ、私はあくまで任務で来ていますので。おもてなしは不要です」


 アリシアは冷静だがきっぱりと断る。

 その態度に、村長は苦笑するしかなかった。

 周囲の村人も少し居心地悪そうに視線をそらす。


 アリシアの従者らしき騎士二名が周囲を警戒しつつ、一歩後ろで控えている。

 彼らも同じく銀色の甲冑に身を包み、鋭い眼差しをレイジへ向けていた。


「では、レイジ。あなたが魔物を倒した現場を見せてもらえますか。詳しい状況を確認したいので」

「えっと……はい、わかりました」


 レイジは村人たちの案内を受けつつ、例の岩狼の襲撃があった草原のほうへアリシアらと向かう。

 まだ地面には爪痕が残り、倒れた岩狼の死骸が片付けられた痕跡が見えた。


 アリシアは周囲を入念に調べ、地面に触れたり、瓦礫のように転がる岩の欠片を拾い上げたりする。

 ときどき部下の騎士たちと小声で言葉を交わし、メモのようなものを取っていた。


「岩狼にしては大きいサイズですね。レイジ、あなたはどうやってこいつらを仕留めたんです?」


 アリシアが顎を引いて振り返る。

 その視線は真っ直ぐで、まるで真犯人を取り調べるかのような迫力があった。


「どうやって……そうですね、なんて言えばいいか……。この手から、突然、光や炎が出たんです。自分でも説明できなくて……本当に、見よう見まねとかでもなく、直感で」


 レイジは正直に答えながら、自分の手のひらを見つめる。

 アリシアは微かに目を細めた。


「直感、ね。きちんと魔術書で学んだわけでもなく、誰かに師事したわけでもない……と?」

「はい。俺、もともとこの世界とは無縁で……」


 そこで言葉を飲む。

 彼が日本から来たという事実を、そのまま口にしていいのかどうか。

 アリシアが信じるとも思えないし、信じたところで『異世界人』などという存在を王国はどう受け止めるのか――未知数だ。


 アリシアは疑うような表情を浮かべながらも、さらにいくつか質問を重ねた。


「この草原でいつから戦闘が始まったのか」

「どの程度の距離から魔法を放ったのか」

「魔物以外に被害はなかったか」など。


 レイジは可能な限り正直に、しかし『転生』に関わる核心部分だけは曖昧に答え続ける。

 調査が一段落すると、アリシアの部下が報告を始めた。


「隊長、周囲の魔力残滓を測定しましたが、かなり大きなエネルギーが一度に放出された痕跡があります。それも自然に漂う魔力とはまるで異質な……」

「やはり、そうですか。レイジ、あなたが使った魔法は、相当危険な可能性があります。制御できないならば、自分だけでなく周囲の人間をも巻き込む恐れがある」


 アリシアは真剣な面持ちでそう告げる。

 その言葉を聞いて、レイジは改めて身が引き締まる思いだった。

 昨日からずっと抱えている『不安』を、彼女の言葉がはっきりと肯定した形だ。


 「わかっています……。あまり適当に使ったらいけないってことも。でも、俺にはどうすればいいのか……」

 「その解決の糸口を探すためにも、あなたには王都まで同行してもらいたいと思っています。王都には賢者学院もあり、そこでより専門的な分析が受けられますから」


 アリシアの申し出(というか半ば命令)に、レイジは返答に詰まった。

 自分がそこに行くべきかどうか。

 確かに、今のままでは制御もできず、いつ暴走してもおかしくないのかもしれない。


 そのとき、付近を確認していたマリアが小走りでやって来た。

 彼女は村外れの草むらを見回していたらしく、何かに気づいた様子だ。


「レイジ、アリシアさん、ちょっと来て! 草が急に枯れてるところがあるよ!」


 レイジとアリシアは顔を見合わせ、急いでマリアのもとへ駆け寄る。

 そこには円形状に広がる一帯の草が、まるで一夜にして干上がったかのように茶色く変色していた。


 中心には、ごく小さな石の欠片が落ちている。

 レイジが近づいて覗き込むと、それはかつて命輝石だったらしいが、今はひび割れた欠片で、輝きなど一切ない。


「これは……」


 アリシアが目を細める。

 彼女の部下がひとつ拾い上げ、呆然とした表情で報告する。


「隊長、これ、完全に魔力を失ってますね。使い物にならないどころか、魔力を吸い尽くされたかのような……」

「どういうこと……?」


 レイジ自身も茫然とする。

 昨夜までその辺りに放置されていた岩狼の死骸から漏れ出たのか、それとも自分が知らないうちに影響を与えてしまったのか。

 いずれにせよ、普通でない現象であるのは確かだ。

 アリシアは険しい表情で立ち上がり、レイジをじっと見つめる。


 「もしかすると、あなたの魔力が命輝石や周囲の自然に悪影響を及ぼしている可能性がありますね。そう考えると、やはり放置はできません」


 彼女の声には、疑念と警戒が滲んでいた。

 レイジも内心ドキッとする。


「そ、そんな……。俺は別に……」

「わかっています。あなたが故意にやったとは思いません。でも、このままでは危険です。レイジ、繰り返しますが、あなたを王都へ連行します。これは王国騎士としての正式な命令です」


 『連行』という言葉に、レイジは少し身を強張らせる。

 まるで犯罪者扱いだが、そう言われても仕方がないのかもしれない。

 彼は苦い表情でうつむき、「わかりました……」とだけ答えた。

 マリアはそのやり取りを見て、不安げに声を上げる。


「ねぇ、アリシアさん。レイジが何をしたっていうの? 確かに彼の魔力は強いけど、私たちを助けてくれたんだよ……」


 しかしアリシアは冷静に首を振るだけだった。


「安全のためには、まずその力を正しく把握しなければなりません。それができるのは王都の賢者学院しかありません。誤解を恐れずに言えば……『最悪の事態』が起きる前に手を打つ、ということです」


 その言葉に、レイジの胸中でモヤモヤした感情が大きくなっていく。

 自分が人を救いたいと思って力を使ったのに、その結果として世界を壊すかもしれない――神の言葉がちらつく。


「俺は、誰も傷つけたくない。世界を破壊する気なんか、毛頭ない。だけど……わかりました。あなたについていきます。自分の力を知るためにも」


 レイジはそう決意を伝え、アリシアも小さく頷く。

 それを見届けたマリアは、寂しそうな表情を浮かべながら「そっか……」と呟いた。


 ◇◇◇


 アリシアや騎士団の部下は村長に報告を済ませると、村の宿屋に部屋を取り、当面の滞在を決めたらしい。

 周辺地域の魔物被害状況をさらに調べ、翌日か翌々日には王都へ発つ計画だという。


 レイジもまた、マリアたちの家で荷物をまとめ始める。

 もっとも、大した所持品はない。

 日本の制服と靴、そしてズボンのポケットに入っていたわずかな日用品。

 財布やスマホは事故の衝撃で失ったのか、そもそもこの世界では使い道もないだろう。


「ほんと、何も持ってきてないんだな……」


 自嘲気味に呟くと、マリアが申し訳なさそうに声をかけてきた。


「ねぇ、レイジ、これ……あの、私たちの村じゃ大したことないけど、一応これを用意してみたの。携帯食料とか、水筒とか、着替えも」


 彼女が手渡してきた小さなバッグには、干し肉や乾燥した果物、布で作った替えシャツのような物が詰め込まれている。

 レイジは驚きと感謝の思いでそれを受け取った。


「マリア、ありがとう。助かるよ……少なくとも、この世界で旅をするなら、水筒と保存食は必須だよな」

「うん。騎士様たちと一緒なら、道中は安全だろうけど……やっぱり心配で。少しでも役に立てたらいいなって」


 レイジは柔らかな笑みを返し、マリアの好意をありがたく受け止める。

 数日のあいだだったが、彼女やロレンツォ一家には本当に世話になった。


 「ロレンツォさんにもよろしく伝えてね。俺、また村に戻ってきたいと思ってる。ちゃんと恩返しがしたい」

 「うん……待ってるよ。騎士様たちは怖いけど……レイジなら絶対平気」


 マリアは無理して明るく振る舞うように微笑んだ。

 だが、その瞳にはわずかな不安が宿っていた。


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