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第11章:新たなる道標

 夜明け直後の湖畔には、先刻までの戦闘跡がかすかに残っていた。

 倒れた私兵の痕や、爆発で抉られた地面。


 しかし不思議なことに、湖周辺の草木はわずかながら勢いを取り戻し始めている。

 セトが魔道具をかざして、辺りの魔力循環をチェックする。


「すごい。昨日まではここを覆っていた闇の気配が、かなり浄化されている。命輝石の流れも安定傾向だよ」


 続けて仲間たちのほうを振り向き、疲労混じりに微笑む。


「これも『精霊王』の加護、そしてレイジが暴走せずに力を制御できるようになったおかげかもしれない」


 ガロンは少し離れた場所で湖の水を手にすくい、ゴクリと飲んでみる。


「おいおい……なんだか力が湧いてくるような感じだぜ。毒とかじゃねえよな?」


 冗談っぽく言うと、リオネがくすっと笑う。


「変な人。普通なら危ないのに。でも、ここはもう『聖域』の一部と言えそうね。水に宿る魔力は、人を害するものじゃないわ」


 ガロンは「なら安心だ」と満足げにもう一口飲み、「うめぇ!生き返る感じがする」とにやりと笑った。


 レイジは静かに湖畔に膝をつき、そっと水面を指先でなぞる。

 先ほどの激闘と儀式がまるで遠い夢のようだが、この水が証明している――世界は少しずつ変わり始めている。


 そのとき、背後から足音が近づく。

 アリシアが気配を察して振り向くと、そこには細身の男性が杖をつきながら立っていた。

 連合軍兵や闇商人には見えないし、王国騎士の装備でもない。


「そちらの方……どなたですか?」


 アリシアが警戒を示すと、男性は落ち着いた口調で応じる。


「申し訳ない、敵意はないよ。私はこの辺りで暮らす『旅の治癒術師』だ。昨日の夜、不思議な光が見えたから様子を探りに来たんだが……どうやら大きな戦いがあったらしいね」


 シンプルなローブをまとい、顔に優しげな皺を持つその男性は、荒野の旅人というより穏やかな研究者にも見える。

 リオネが「あら、ここらは危険よ?」と首をかしげると、男は苦笑する。


「承知している。だが、私は傷ついた人々を見過ごせない性分でね。昨晩、倒れている闇商人や連合軍兵士を何人か治療してきた。君たちが彼らを手当てしていないとこを見ると、相当に追われる身なのか……」


 その言葉に、アリシアは目を伏せる。

 確かに連合軍兵を救えなかった後悔が胸を刺すが、事情が事情だった。

 男性はそれ以上責める風でもなく、むしろこちらを心配する様子を見せる。


「もし傷があるなら見せてくれないか? 私も大した力はないが、いまは命輝石の巡りが良くなっているので、治癒魔法が効きやすいはずだ」


 アリシアとガロン、そしてリオネやセトは、まだ身体に細かな傷が残っている。

 レイジも頭痛や倦怠感を抱えている。

 そこで彼らは互いに視線を交わし、ひとまずこの旅の治癒術師を信用することにした。


「ありがとうございます……助かります」


 レイジが頭を下げると、男性術師は柔らかな笑みを返し、「こちらこそ。あの闇商人や連合軍兵も、できる限り救いたいと思ってる。君たちが争いを嫌うなら、そういう協力もしたい」と語る。



 術師は即席の治癒魔法を使い、メンバーの外傷や痛みを軽減してくれた。

 彼の魔力も決して強くはないが、命輝石が安定してきた影響なのか、想像以上に癒やしの効果をもたらす。


「本当にありがとうございます。あなたはこの辺りで活動しているんですか?」


 セトが尋ねると、術師は頷く。


「そうだ。辺境には冒険者や農民、それに戦乱から逃げてきた難民など、多くの人々がいる。この世界は命輝石の枯渇で苦しんでいるが、最近、わずかだけど回復の兆しを感じ始めてね。だからこそ、そこに住む人々を直接見て回ろうと思ったんだ。すると昨晩は強烈な光が湖から昇って……気づいたら戦場だったよ」


 アリシアは軽く目を伏せ、「わたしたちの責任も大きい。闇商人との戦いが、余計な混乱を生んでいる。ご迷惑をかけているなら謝罪します」と述べる。


 術師は小さく首を振る。


「君たちは危険と戦ってるのだろう? なら、むしろ感謝されるべきかもしれない。ただ、連合軍や王国が辺境に進軍している以上、さらなる衝突が避けられないかもしれない。私としては、一人でも多くの命を救いたいが……」


 その言葉に、レイジは思わず心の内を語り始める。

 自分が世界を壊しかけた力を持つこと、精霊王から加護を得たが、政治的・軍事的対立を止められるかは分からないこと――。

 術師は黙って耳を傾け、最後に穏やかな笑みを返す。


「政治や闇商人の利害には、私のような治癒術師が口出ししても限界がある。でも、大きな『破滅』の道を防いだのなら、いつか人々が気づいてくれるはずさ。君が暴走の象徴ではなく『再生』の中心になったのなら、世界には大きな変革が起きるかもしれない」


 レイジは言葉にならない感情を抱えながら、「ありがとうございます」と小さく礼を言う。

 術師は「いや、私のほうこそ。君たちの力で、多くの命が救われると信じてる」と微笑み、荷物をまとめて立ち上がった。


「では、私はまた別の場所を見て回る。そちらも、闇商人や連合軍に気をつけて……そうだ、もし王都に戻る機会があるなら、これを誰かに見せてくれないか?」


 そう言って差し出されたのは、一通の手紙。

 封印はしておらず、中には『辺境での実情と、世界再生の兆しに関する報告』が書き記されていた。


「私の名はパシオ・ナデール。王都の施療院にいた時期があって、あそこには私の恩師や仲間もいる。もし国に知らせてくれるなら、世界が少しずつ変わっている事実を伝えたいんだ」


 アリシアとレイジは互いに目を見合わせ、躊躇うそぶりを見せたのち、神妙に受け取る。


「分かりました。王都に戻れるか分からないけど、機会があれば必ず届けます……わたしたちも、世界が変わっていくのを望んでいるので」


 術師パシオは笑顔を浮かべ、手を振って森の奥へ姿を消していった。

 その背中は、彼なりに『世界再生』を信じ歩む姿勢を示しているように見え、レイジの胸をじんと温める。



 ひとときの休息を経て、レイジたちは今後の進路を話し合う。


「最終的には、王都をどうにかしなくてはならない。王はまだ『レイジ排除』の方針を取り下げてないんだろう?」


 ガロンが低い声で言う。

 アリシアはまなざしを落とし、小さく頷く。


「ええ……ローゼンベルグ王は、世界に危機が迫っていると理解しながらも、国を優先している。連合軍の圧力もあるし、レイジの力を恐れているから、簡単には方針を変えないと思う。でも……もう、私たちには『再生』の手段がある。王にそれを見せ、納得させれば、あるいは……」


 リオネは腕を組み、「闇商人との戦乱を避けるためにも、国同士が協力しなくちゃいけない時期よね。連合軍も王国と対立する場合じゃないと思うけど……」と首をかしげる。


 セトも苦い顔をして答える。


「政治的な利害関係はそう簡単に変わらない。でも、『命輝石の再生が進んでいる』実例を示せれば、王や連合軍の強硬派でも動揺するかもしれない。学院の長老など賢者層を説得できれば、王国の決定も変えられるかも」


 アリシアは静かに剣を見つめ、決意を固めたように口を開く。


「私が王都へ戻る。裏切り者扱いされるけど、私には『騎士としての誇り』がある。王に会い、世界が再生に向かっている事実を伝え、それを受け入れさせる。そうしなければ、ユダや連合軍の動きは止まらない……」

「だが、大丈夫なのか? お前が王都に足を踏み入れた瞬間、捕縛されるリスクだって……」


 ガロンが素直に疑問を投げかける。

 アリシアは一度目を閉じて、大きく息を整える。


「構わない。捕縛されるかもしれないけど、その時は私が王に抗弁する。レイジは『破滅の象徴』じゃなくなったんだって、実証できれば、処分が覆る可能性もある」


 レイジはその言葉に胸が苦しくなる。


「俺も一緒に行くよ。アリシアさんだけ危険な役目なんて……」


 しかしアリシアは首を振る。


「それでは意味がない。王があなたをすんなり受け入れる可能性は低い。私がまず王や騎士団を説得し、地盤を整えたうえで改めてあなたを呼び戻す。そのほうが賢いと思う」

「でも、俺は……」

「大丈夫。あなたにはあなたの役割がある。賢者学院や施療院の助けを借りて、『再生の力』を広めるのに尽力して。ユダを追い詰めるのも必要だろうし、連合軍とも話をつける余地があるはず」


 レイジはまなざしを落としながらも、その提案が最適に近いことを悟る。

 アリシアが捕縛される恐れは確かにあるが、彼女以外に王を直接説得できる人物がいないのも事実だ。


 ガロンは少し考え、「なら、オレはアリシアに付き添って王都へ行く。力押しでも護衛してやる。レイジたちを危険から遠ざけるためにも、こっちが注意を引く形になるかもしれねぇ」と笑みを浮かべる。

 アリシアは「あなたがいてくれると心強いけど、危険よ?」と返すが、ガロンは豪快に肩をすくめて応じた。

「仲間だろ?気にすんな」


 最終的に、王都へ向かう組はアリシアとガロン、そしてレイジ・リオネ・セトの三人は別ルートで学院や施療院、さらには連合軍の『交渉ルート』を探す形で動く、という決断に落ち着く。

 それは大きな分断ではあるが、時間的にも政治的にも最も効率的な手段に思えた。



 静かな湖畔、夜が明けたばかりの空を背景に、二つのチームが別れを告げようとしていた。

 アリシアはレイジの前に立ち、真剣な瞳で見つめる。


「……これからは、あなた一人でも魔力を制御できるはず。ユダと戦うことになっても、むやみに暴走することはないと信じてる。だから、どうか無茶はしないで」


 レイジは小さく笑う。


「アリシアさんこそ、王都へ行ったら捕まる可能性があるのに……そっちが危険だよ。必ず帰ってきてね」


 短い沈黙。互いが微かな不安を抱えつつも、それを払うようにエールを送る。

 ガロンが「ま、オレがいるから大丈夫だ。王都の連中が下手なことしようとしたら、斧一本で騎士団をぶっ飛ばしてやる」と言って豪快に笑う。

 アリシアは苦笑しながら「そうならないよう説得するから、あなたは荒っぽいこと控えてね」と返す。


 一方、リオネはアリシアに抱きつき、「絶対に帰ってきてね。あなたの騎士としての矜持は分かるけど、王都を説得するなんて無茶なのよ」と涙混じりに言う。

 セトも「今の王や騎士団は強硬だから、本当に気をつけて。賢者学院の仲間が協力してくれるかもしれないけど……」と心配そうな顔をする。

 アリシアは二人を見渡し、「私を待っていて。必ず戻るから。レイジたちが再生の力を拡げるように、私も王国を変えてみせる。――それが今のわたしの務めだ」と静かに宣言する。


 そうして、王都へ向かうアリシア&ガロンと、学院・施療院を通じて各地の混乱を鎮めるべく動くレイジ&リオネ&セトという二手に分かれ、しばしの別れを迎えた。


「じゃあな、精霊王の英雄さま。『破滅の魔術師』から昇格したんだから、気張れよ」


 ガロンが不器用に笑い、レイジはくしゃりと苦笑し、「そっちも頼む」と答える。

 アリシアはレイジの手を握り、「君が暴走しなくても、世界にはまだ争いが渦巻いている。どうか、自分を責めないで戦って。あなたなら、きっと……」と微かな声を残したのだった。


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