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第10章:神との最終対峙(1)

 前夜の戦闘で負った痛手や疲労は大きいものの、幸いにも闇商人側と連合軍が再編する間隙を突いて、レイジたちは再び結界の湖へ戻ってきた。

 湿地を迂回する形で夜通し移動し、なるべく目立たないルートを選ぶ。

 周囲の景色はまるで息を潜めており、薄い霧が水面を漂い、石碑に刻まれた古代文字がかすかに月光を反射していた。


「昨夜、ここで儀式を試みたときは、ユダの乱入で阻まれてしまった……。今回こそは成功させたい」


 リオネが弦楽器を握りしめ、小声で言う。

 アリシアは湖周辺を警戒しつつ頷く。


「闇商人や連合軍がいつ襲ってくるか分からない。だけど、今がチャンスかもしれない。夕方に確認した限りでは、ユダの勢力は一時撤退したようだし、連合軍も大規模隊を再編中らしい」


 ガロンが大斧を立てかけ、苦い顔で呟く。


「それでも油断は禁物だ。オレたちは疲れ果ててるし、数で押されたらひとたまりもねえ」


 セトは地図と魔道具を取り出しながら、淡い光を放つ結界陣を準備している。


「大規模戦闘はもう避けたいね。レイジが暴走しそうになったら、今度こそ歯止めがきかないかもしれない」


 レイジはそれを聞き、唇を噛む。


「そうだね……できれば力を使わずに済ませたい。でも、また襲われたら、みんなを守るために……」


 その言葉をアリシアがさえぎるように首を振る。


「あなたが暴走すれば、それこそユダの思うツボ。私たちが守るから、レイジは精霊王の扉を開くことに集中して」


 レイジは自分の無力感に苛まれつつも、「分かった……頑張ってみる」と答える。

 湖面に薄く月が映り、波紋が僅かに広がっている。

 そこへリオネが立ち、そっと弦楽器を構える。

 セトが魔法陣を描き、リオネは静かに歌い始める。


「――精霊の導きよ、月の光よ、どうか道を開いて……」


 月夜に捧げるという精霊の歌。

 エルフの里や古文書の断片情報に従い、リオネは旋律を奏でていく。

 セトがそれに同調するように、古代結界を活性化させる呪文を唱え、石碑に刻まれた紋様が淡く光を宿す。


「ああ、反応が出た。昨夜よりも強い共鳴を感じる!」


 セトが興奮した声を上げる。

 アリシアとガロンは周囲を警戒し、レイジは儀式の中心付近で胸の鼓動を感じながら、息を飲んだ。



 リオネの歌声が高まり、セトの魔法陣がさらに強い輝きを放つ。

 湖の中央に浮かぶようにして、一筋の光が天へ伸びていく。

 風が渦を巻き、水面から霧が渦巻くように昇ってくる光景は、まさに『聖域の扉』が開く前兆のようだった。


「すごい……!」


 レイジが感嘆の声を上げる。

 リオネは目を閉じて歌い込み、セトは魔法陣を安定させるために符呪を追加する。

 アリシアとガロンも、その奇跡的な光景に息を呑む。


 だが、その瞬間、レイジの頭の奥に激痛が走る。

 視界がチカチカと白んでいく。

 湖の光柱が揺らぎ、意識が遠のくように感じる。

 セトは「レイジ、大丈夫か!?」と叫ぶが、もう声は遠くに聞こえる。



 一瞬で意識が飛び、レイジはあの白く無限に続く空間へ引きずり込まれる。


「来たな、実験体よ」


 無機質な声が脳内に響く。

 レイジは心臓が震えるほどの恐怖を覚えながらも、踏みとどまるように自我を保つ。

 『神の神殿』――冷たい大理石のような床と、ぼんやりした光の柱。

 そこに佇む輪郭不明の存在。


「お前はまだあがくのか? 精霊王を探し、世界を救うだと? 観察結果としては面白いが、どのみち世界が壊れるかどうかは私の観察に過ぎぬ。お前の努力など、さしたる影響を及ぼさない」


 その低い声に、レイジは怒りと恐れが混ざりながらも叫ぶ。


「黙れ……俺はお前の実験動物じゃない! あきらめるものか。世界を守って、神の干渉なんか振り払ってみせる!」


 だが『神』は嘲笑する。


「愚かな。私の力は世界の根幹を超越する。どれほど異界の存在がお前を守ろうと、結局はその行動すら観察対象に過ぎない。さあ、破滅を起こすか、精霊王に賭けるか、好きにするがいい。私には結果が見ものだからな」


 レイジはこぶしを握りしめる。

 頭が割れそうなほどの痛みと、白い空間の歪みが襲う。

 「そんな勝手……させない!」と反駁するが、神は楽しげに言葉を続ける。


「ならば証明してみせるがいい、お前の意思とやらを。さあ、戻って闇の中でもがくがいい。世界の寿命を救おうが、破滅させようが、それこそが私の糧なのだから……」


 意識が弾かれるようにして、レイジは再び湖の光景へ引き戻される。

 ほんの数秒しか経っていないらしいが、頭痛は激烈に響いていた。

 リオネの歌やセトの結界が狂い始め、湖の光柱が不安定に揺れている。


「レイジ!」


 アリシアが駆け寄り、レイジを支える。

 周囲には不穏な波動が漂い、光柱の形が歪んだまま一向に安定しない。

 セトは苦悶の表情で「神の干渉か……結界が乱されている!」と叫ぶ。

 リオネも歌を続けようとするが、胸を押さえて息が乱れている。



 霧が一層濃くなり、湖の周辺が月光を遮る。

 石碑が薄く光るだけで、あたりは幻想と恐怖が入り混じる空気に包まれた。

 レイジは頭を抑え、神の声がまだ耳の奥に残響するのを感じる。

 『結果だけが私の興味』『お前は観察対象』――その冷酷さが脳裏を焼く。


「くそっ……このままじゃ何も変わらない……!」


 力なく膝をつきかけたレイジの手を、アリシアががっしり掴む。


「レイジ、耐えて。精霊王への道がまだ消えたわけじゃない。この結界を何とか安定させられないか、セト!」


 セトは苦しげに魔法陣を改変しつつ、「神の干渉を弱める仕組みがあれば……そうだ、命輝石を媒介にすれば、ひょっとしてこの結界の歪みを打ち消せるかもしれない!」と声を上げる。


 ガロンが横合いから「命輝石? そんな大きなもんを持ってねえぞ」と返すが、セトは「小さな欠片でもいい。『世界』と繋がる回路を強化すれば、神の干渉を限定的に遮断できるかもしれない」と答える。


 するとリオネが弦楽器の側ポケットを漁り、小さな青い結晶を取り出す。


「これは昔、辺境の遺跡で拾った命輝石の欠片。あまり輝いていないけど……使えるかな?」


 セトはそれを見て目を輝かせ、「試してみる価値はある」と結界陣の一部に組み込む。

 すかさずリオネが歌のピッチを変え、精霊への祈りを込めた調べを紡ぎ出す。


 レイジは意識を無理に集中させ、神の干渉に逆らうように心を奮い立たせる。

 その内なる叫びに呼応するかのように、命輝石の欠片が微かに輝き始めた。

 石碑の紋様がまたかすかに光を宿し、湖面に立ち上る霧がゆっくりと弧を描いて動く。


「いけるかもしれない!」


 セトが興奮気味に叫ぶ。

 アリシアがレイジを支えつつ、周囲への警戒を解かない。

 ガロンも準備万端の構えで、闇商人や連合軍の奇襲に備えている。


 しかし、神の干渉が完全に消えるわけではない。

 レイジの頭痛は相変わらずあり、視界の隅で白い閃光がちらつく。

 しかし彼はアリシアの手を感じながら、力強く胸を張る。



 リオネの歌とセトの術式が重なり、命輝石の欠片が淡く光る。

 湖面の水が急に静かになり、まるで鏡のように光を映し込む。

 その中央に、月光を受けて一本の柱のような光が浮かび上がる。


 ガロンが目を丸くして「あそこに……何か扉が見えねえか?」と呟くと、アリシアも息を呑む。

 半透明の膜のようなものが湖上に立ち昇り、紋章が幾重にも重なる魔法陣を形成していた。


「間違いない……精霊王への道が開かれようとしてるんだ!」


 セトの声が震える。

 リオネは最後の力を振り絞り、歌のクライマックスを迎えるように高い調子で旋律を奏でる。


 やがて光の膜がまるで『扉』のように形づくられた。

 触れれば、向こう側へ行けるかもしれない――そんな感覚を五人全員が共有する。


 アリシアはレイジを振り返り、「行くしかない。精霊王とやらに会えるなら、世界を救う術があるかもしれない」と熱い眼差しを送る。

 ガロンもうなずき、「もうここまで来て後戻りはできんだろ」と力強く微笑む。

 セトは「扉の先がどうなっているか分からないけど、僕たちならやれる」と決意を固め、リオネは息を切らしながらも「精霊の加護を……」と歌声を止めない。


 レイジも深く息をつき、震える足を踏み出す。

 刹那、ドンッ!と激しい爆音が背後から響いた。

 まるで先ほどの光景が繰り返されるかのように、爆発の衝撃が湖畔を揺るがし、石碑に亀裂が走る。


「ちっ……まさか!」


 ガロンが振り返れば、そこには再編成を終えた闇商人の私兵が魔道爆弾を使って一斉に攻撃を仕掛けているのが見えた。

 先ほどよりも増援を加えたのか、人数が多い。

 そして――その中心には、悠然と立つユダ・ブラッディの姿が再びあった。



「何度でも邪魔をしてやるさ。あなた方の儀式が成功すれば、世界が救われる? あるいは破滅が加速する? いずれにせよ、私には都合が悪い……だったら壊すまでだ」


 ユダがあくまで上品な笑みを崩さずに言い放つ。

 私兵たちが爆裂魔道具を起動し、湖面を狙う。

 結界陣や石碑を破壊されれば、この奇跡的な扉も消えてしまうだろう。


 リオネは悲鳴を上げる。「やめて……!ここまで築いた結界が壊れたら、もう二度と精霊王の扉は……!」


「ふん、知ったことか。さあ、やれ!」


 ユダの号令で私兵が次々と魔道爆弾を投げ込み、湖畔のあちこちが爆炎に包まれる。

 セトやガロンが防ごうとするが、数が多く、結界だけでは受け止めきれない。


 レイジは絶望感に打ちひしがれそうになる。

 胸の奥の魔力がぐわりと膨れ上がる。

 アリシアが「レイジ、だめ!暴走する!」と叫ぶが、レイジは奥歯を噛み締めながらも限界を感じていた。

 ここで力を使わなければ、結界も仲間も全て消える。


 決意とともにレイジは魔力を引き絞り、闇商人の私兵が集中攻撃してくる場所へ向けて腕を振りかざす。

 周囲の空気が振動し、石碑や湖面がうなりを上げる。

 一瞬で生まれる濃密なエネルギー。

 私兵が怯えた顔を見せ、「破滅魔法だ!」と絶叫する。


「いく……ぞっ……!」


 レイジの掌から放たれた魔力の波動が轟音を伴って前方を焼き払う。

 爆炎や爆音が連鎖し、私兵数十名が吹き飛ばされる。

 しかし、同時にレイジの体に激痛が走る。

 頭の中が真っ白に染まるような感覚――暴走の始まりだ。


「だめ……これ以上は……!」


 アリシアが必死に声を上げるが、レイジはもう魔力を制御しきれない。

 湖面が揺れ、石碑にも亀裂が走り、『命輝石』が軋むような悲鳴を上げているかのように空気が震える。

 レイジは四肢に力が入らなくなり、目の前がゆらゆらと歪む。

 神の嘲笑が頭の中に鳴り響くような錯覚――「ほら、破滅の扉が開くぞ」と。


 まさに暴走寸前。

 そのとき、耳元で何かが響いた。

 リオネの歌声――消えかけていた旋律が、不思議なほど暖かい音色を伴ってレイジの心を揺さぶる。


「まだ、終わりじゃないわ。あなたの力は、人を救えるんだから!」


 リオネの必死の呼びかけに、ガロンが「オレらがここにいるのを忘れるな!」と吼え、セトは「レイジ、魔力を循環させるんだ。命輝石を壊すんじゃなく、活かすように!」と技術的アドバイスを飛ばす。

 そしてアリシアが、レイジの体をしっかりと抱き込みながら静かに囁く。


「あなたを信じてる。だから、絶対に暴走なんかさせないで……。わたしたちで、世界を守ろう」


 その言葉が、レイジの心に深く染み渡る。

 ギリギリのところで、レイジは魔力をゆっくり抑制方向へ流し始める。

 セトの結界理論を思い出し、自分の体内に走る魔力経路を安定化させるイメージを抱く。

 すると、過剰なエネルギーが収束し、石碑や湖に致命的ダメージを与える前に静かになっていくのが分かった。


 ユダの私兵たちが動揺している。


「馬鹿な……あの魔力放出を抑え込んだだと!?」


 ユダの眉間に小さな皺が寄り、目を細める。


「なるほど。仲間の声で魔力を制御するとはね。ますます興味深い。だが、それが何になる?」


 そう呟いて魔道具を掲げるユダ。

 闇の力が再び膨張し、湖畔に黒い稲妻が走る。


 再び激突の予感が高まり、空気が張り詰める中、突然石碑が激しく光った。

 月が雲から顔を出し、その光が湖面に反射して石碑の紋様と重なったのだ。


「今だ……!」


 セトが叫ぶ。


「レイジ、石碑の力を使え!命輝石に干渉しているのは君の魔力でもあるが、それを逆に利用して結界を完成させるんだ!」


 どういう理論か詳細には分からない。

 しかし、レイジは直感的に理解した。

 自分が命輝石を蝕むのではなく、『世界の力』として循環させられれば、神の実験を超える糸口が生まれるかもしれない。


 レイジは足元に広がる魔法陣へ手をかざし、静かに魔力を流す。

 通常なら命輝石を傷つけるかもしれないが、セトが結界で緩衝し、リオネの歌が『精霊の導き』を促すように響いている。


 すると、石碑のヒビが一瞬で修復されるかのように光を放ち、水面には複雑な幾何学模様が浮かび上がる。

 ユダの闇の波動が撥ね返され、私兵らが「ぐあっ!」と悲鳴を上げ後退する。

 ガロンも驚きの声を上げるほど強力な力が展開された。


「バカな……そんな。貴様、神の干渉を超越しているのか……!?」


 ユダが思わず魔道具を振りかざすが、逆に闇の力が弾かれ、顔をしかめる。「くっ……!」

 湖上に大きな光の柱が伸び、夜空を突き破るように天へと昇る。

 レイジの胸に暖かな光が満ちていく感覚があった。

 まるで、世界の呼吸に合わせて心臓が鼓動しているような……。


 闇商人の私兵はその圧倒的な光に恐れおののき、次々に武器を捨てて逃走する。

 さすがのユダも闇の魔道具が相殺され、形勢を逆転されるとは思っていなかったのか、苦々しい表情で唇を噛んでいる。


「ふん……レイジくん、君は私の商品の一つだが、今はまだ早いと判断してあげよう。ここで全力を出せば、私も無事では済まないからね……次に会うときは、もっと面白い『商談』ができるといいよ」


 ユダは静かに撤退を指示すると、私兵の生き残りが闇夜に溶けるように姿を消す。

 アリシアやガロンが追う素振りを見せるが、レイジは大きく首を振る。


「無理だよ、今は……これ以上戦闘すると、命輝石をさらに傷つけちゃうかも……」


 ユダたちが去り、湖畔には光の柱が神秘的に残っていた。

 セトは息を切らしながら地面に膝をつき、「すごい……本当に、神の干渉を逆手に取ったんだね。結界と歌とレイジの魔力が、命輝石を汚すことなく循環させている……!」


 リオネも弦楽器を置き、「みんなの思いが一つになったからこそ、奇跡が起きたのかも……」と微笑む。

 ガロンは「難しいことは分かんねぇが、とにかく勝ったって感じだな」とほっと息をつく。

 アリシアはレイジに手を差し伸べ、「あなたは大丈夫?」と声をかける。

 レイジはまだ軽い頭痛を感じるが、先ほどまでの暴走衝動はだいぶ収まった。


「うん、なんとか……みんなが止めてくれなかったら、どうなってたか分からない。本当にありがとう」


 そう言いながら、レイジの瞳には涙が滲んでいる。

 彼は神の実験から自由になる一歩を踏み出したという安堵と、仲間への感謝で胸がいっぱいなのだった。


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