第9章:連合軍&ユダの襲撃(1)
夜明け前、レイジたちは野営地として小高い場所を見つけ、簡易テントを張っていた。
夜間の移動は危険が大きいため、霧の森を抜けてからは、日中に進み、夜は可能な限り休息を取る方針をとっている。
湿地には虫の大群や水棲の小魔物もいるようだが、今のところ致命的な遭遇は避けられていた。
リオネはたき火の脇で弦楽器を抱え、昼間の疲労を癒やすかのように優しい旋律を奏でている。
ガロンは斧を肩に担ぎつつ、周辺警戒に余念がない。
「この辺りは地面が湿っぽいから、テントが沈まないよう注意しろよ」と声をかける。
セトは賢者学院の書物を読み返し、地図を広げて「そろそろ『結界の湖』の座標圏内に入るはずだ」とつぶやく。
レイジは岩に腰掛け、霧の森を抜けた後の疲労からまだ全身がだるいが、仲間の動きを見守りながら自分にできることを探していた。
そんなとき、アリシアがそっと近づいてくる。
彼女はいつものように肩に軽装の鎧を纏い、腰には剣を佩いている。
その碧眼には、どこか緊張の色が宿っていた。
「レイジ、体調はどうですか? あの霧の森での幻覚を見て以来、あなたの具合が心配で……」
レイジは少し弱々しい笑みを浮かべる。
「ありがとう。あれから頭痛はあるけど、なんとか耐えられるよ。神殿に引きずり込まれる気配は感じないし……。まあ、万全じゃないけどさ」
アリシアは小さく息をついて頷き、周囲に目をやる。
リオネの優しい歌声とギターの旋律が夜の静寂に溶けている。
ほんのひとときの安息。
しかし、その奥にはいつどこから襲撃が起こるか分からない緊迫感が潜んでいた。
アリシアは言葉を選ぶように口を開く。
「私には、騎士団の追手も気がかりだけど、それ以上にユダ・ブラッディの動きが読めないのが不安。あの男は、世界がどうなろうと自分の利益を優先する。もしあなたを手中に収めれば、本当に破滅を引き起こしかねない」
レイジは苦い顔で、炎の揺らめきを見つめる。
自分の力が『破滅の象徴』になり得るという事実は、いまも彼の胸を重く締めつける。
「ユダは、どうしてそこまで破滅を望むのか、分からないよ。金のため? 戦乱を商機にする? そんな理由で世界を壊そうとするなんて、許せないけど……でも、止めるにはどうしたらいいんだろう」
自嘲気味にこぼれたその言葉に、アリシアはわずかに目を伏せる。
騎士として国を守ってきた彼女は、こうした『闇商人の理不尽な論理』と戦うのが使命だが、いまは王国そのものから追われる立場。
「私にも分からない。でも、世界を壊させはしない……あなたの力を利用させたり、暴走させたり、そんなことは絶対にさせない」
その決意にレイジは胸の奥が熱くなる。
騎士としての矜持だけでなく、アリシアの人としての優しさが伝わってきたからだ。
翌朝、五人は早めに出立し、さらに南東方向へ進んだ。
道らしき道はほとんどなく、ぬかるみに足を取られて速度も上がらない。
遠くでは大きな木々が群生し、水面にその影が映っている。
おそらくこのあたり一帯が『結界の湖』に近い場所なのだろうが、確信は持てない。
セトはコンパス状の魔道具を取り出し、微妙に狂う磁力や魔力の流れを観測している。
「やはり、ここは特殊な力場が存在しているね。あちらのほうが濃い反応が出ている」と、ある方向を指差すと、ガロンが「そっちに行けばいいんだな」と単純明快に受け取って先導を買って出る。
しかし、その道中で思わぬ光景が広がっていた。
木々の合間から開けた場所に出ると、何十人もの兵士が休息している。
見れば、連合軍の旗が立てられ、馬や兵装もきっちり整えられている。
「連合軍……こんな湿地まで部隊を展開しているの?」
リオネが驚きの声を上げる。
アリシアは素早く合図し、全員が身を潜めるようにして視線を送る。
どうやら連合軍はここを前線キャンプのように使っているらしい。
辺境に侵入し、王国との国境付近で捜索を行っているという話は聞いていたが、まさかこんな場所まで大部隊を進めているとは。
セトは低い声でつぶやく。
「連合軍は『レイジ』を確保しようと本気で動いているんだ。ここから南東方面に進めば、王国の領域から少し外れた辺境……連合軍としても干渉しやすい場所だから」
ガロンが舌打ちを漏らす。
「ああクソ、もう王国も連合軍も包囲してるようなもんだな。どうやってこの部隊をやり過ごす?」
リオネは鋭い目で兵士たちを観察し、「あちらはかなりの規模ね……下手に戦えば、こちらが一瞬で包囲されるわ」と呟く。
アリシアは思考を巡らせ、決断を下す。
「正面突破は無理。大きく回り道してでも、連合軍の陣営を避けるしかない。もっとも、遠回りすれば闇商人に先回りされるかもしれないけど……」
レイジが苦い顔で視線を伏せる。
「どこへ行っても追っ手か包囲か、なんだね……。でもやっぱり、戦うわけにはいかないし……」
五人は互いに顔を見合わせ、どうすべきか議論する。
セトが深刻な表情で地図を広げるが、そもそも正確な地図があるわけではない。
リオネは奥の手として「ここで私が歌で兵士たちを眠らせる……なんて荒業も考えたけど、人数が多すぎるわ」と冗談めかして肩をすくめる。
最終的にアリシアが「あのキャンプの横を強行突破するしかない。夜間に接近して気づかれないよう移動しよう」と策をまとめる。夜の湿地は危険だが、昼間に突っ切ると確実に見つかる。
「待てよ、また夜間移動かよ……この湿地で夜間行軍は自殺行為だぜ?」
ガロンは大きく腕を組む。
確かに視界は悪いし、沼に落ちれば即アウト。
しかし連合軍キャンプを避けて大回りすれば時間を大幅にロスし、闇商人に先を越される危険もある。
こうしてまた夜の作戦が決まる。
休息時間を少し長めに取り、体力を温存しながら夜を待ち、連合軍の大部隊の横をこっそり通り抜ける――。
それが最善策だと判断したのだ。
日が傾くと共に空に雲が広がり、月や星の光さえ届かなくなる。
静かに風が沼を揺らし、蛙の合唱が響く不気味な夜。
連合軍のキャンプにはかがり火が並び、兵士たちの見張りが所々に配置されているのが遠目に見えた。
五人は身体に泥を塗ったり、ダークな色の外套を羽織ったりして、なるべく目立たないように工夫する。
リオネは弦楽器を布で包み込み、セトは小声で「念のため、短時間の『消音魔法』をかけておく」と言って簡易呪文を唱えた。
「距離はあるけど、見張りが優秀なら動きで気づかれる可能性が高い。音を消しても、松明の火影で影が映るかもしれないから注意して」
アリシアが低い声で指示し、先頭に立つ。
ガロンが続き、レイジ、リオネ、セトの順で陣形を組んだ。
馬の代わりに少しだけ荷物を分担して背負い、足音を殺してゆっくり前進する。
連合軍のキャンプから漏れ伝わる話し声が徐々に近づくにつれ、レイジの心臓は早鐘のように鳴っていた。
もし一人でも物音を立てれば、一気に兵士たちの追撃を受けるだろう。
そうなれば大規模戦闘に巻き込まれ、『暴走』のリスクが高まる。
蒸し暑い夜気の中、汗が背中を伝う。
ガロンも無言で斧を握りしめ、セトは薄い光の結界で足音を抑えている。
キャンプ外周の見張りらしき兵士が、かがり火付近で何か話しているのが見える。
松明の明かりが彼らの甲冑を照らし、連合軍の紋章が浮かび上がっていた。
「王都と交渉がまとまらない。仕方なく辺境に進出して、例の『危険人物』を確保しなきゃならん。上からの指示なんて知るかよ」
兵士たちは不満を抱えつつも、命令で動いているらしい。
もう少し離れた場所には幹部クラスのテントがあり、重厚な鎧を着た士官が指揮を取っているようだ。
アリシアが視線で合図し、地面に伏せるようにして回り道を進む。
近くには浅い沼があるが、それを経由して兵士の視界の死角を突こうという作戦だ。
足を踏み入れると、ぬるりとした泥が脚を包み込み、きしむ音がかすかに立ちそうになる。
セトがすかさず消音魔法を強めて凌ぐが、これが長時間はもたない。
「早く、通り抜けないと」
リオネが囁きながらも、一歩一歩慎重に足を運ぶ。
ガロンが先頭を変わって泥をかき分け、アリシアが後ろを警戒し、レイジとセトが中央でサポート。
いつ連合軍がこちらに気づいてもおかしくない緊張感が全身を包む。
そして、あと少しで敵の射程外に出られるか――というところで、陣営の奥で大きな爆音が鳴り響いた。
ドンッ!
激しい振動が地面を揺るがし、兵士たちの怒声が飛び交う。
「なんだ、襲撃か!?」
「魔法爆発?ありえん……!」
火の手が上がるのがうっすらと見えた。
連合軍のテントの方から光が閃き、煙が上がっている。
どうやら何者かが攻撃を仕掛けたらしい。
連合軍は大慌てで陣形を整え、外周の見張り兵たちも陣営中心へ駆け戻る形となり、かがり火を放置していく。
「誰だ、襲撃者は?」
「くそっ、奇襲か!」
これにより、レイジたちの周囲は一気に手薄になった。
ガロンが低く唸る。
「今がチャンスだ。混乱に乗じて抜けちまおうぜ!」
確かにその通り。
レイジたちは意を決して、泥だらけの足を音もなく動かし、連合軍のキャンプ外周をすり抜ける。
兵士たちは陣営の中心に引き寄せられ、敵が来た方向へ対峙しているため、こちらにはほとんど注意が向かない。
こうして、危機を最小限のリスクで回避できそうだった。
一方、連合軍の陣営を襲撃した爆発の主は――闇商人ユダ・ブラッディの私兵だった。
遠くからこっそりと設置した魔導爆弾を発火させ、連合軍に偽りの奇襲を仕掛けて混乱を煽ったのだ。
火の手が高々と上がるテントを見下ろしながら、黒尽くめの私兵の一人が木立の陰で小さく笑う。
「ユダ様の狙い通りに混乱が生じてるな。連合軍が右往左往してる間に、あいつらを逃がさず追跡する」
背後には数名の私兵が控え、無言のうちに頷く。
先ほどの爆発は本気で連合軍を全滅させるためではなく、あくまでも混乱を作り出すための攪乱作戦。
ユダの狙いは『レイジ』を手に入れることであり、正面衝突する気は今はない。
すでに別働隊が山岳地帯や湿地帯の各ルートを押さえており、いずれレイジのパーティを必ず捕捉する手はずになっている。
闇商人の計略による騒ぎを尻目に、レイジたちは夜のうちに連合軍のキャンプを後方に通り抜けることに成功した。
沼を幾度も回避し、疲労困憊になりながらも、夜明け頃には比較的乾いた草地に出る。
そこは霧の森や湿地から少し離れた場所で、遠くには低い丘陵地帯が見える。
空が白み始め、朝日に照らされた空気が冷たく澄んでいた。
「はぁ、はぁ……なんとか抜けたか。でも、夜通し移動して全員ボロボロだな」
ガロンが額の汗を拭い、苦笑いを浮かべる。
リオネは「ふふ、お風呂に入りたいわ」と冗談めかして溜息をつく。
アリシアは地図と照らし合わせながら、確認を行う。
セトが横から「どうやら地形的には南東の方面に『結界の湖』がある可能性が高い」と補足する。
「ここからさらに数日か……。うん、まだ遠そうね。でも連合軍の本隊を振り切れたのは大きい。この先で遭遇する可能性はまだ残っているけれど……」
レイジは少し安心したように胸を撫で下ろす。
連合軍の大部隊から逃れられたのは幸運だったが、アリシアが言うとおり、彼らが少数の斥候隊や別働隊を派遣してくる恐れは否定できない。
ユダ・ブラッディも同様に、どこで奇襲をかけてくるか分からない。
セトが皆を見回し、「短時間でもいいから、ここで休んで体力を回復しよう。霧の森や湿地よりは警戒しやすい地形だし、見晴らしも利くから」と提案する。
確かに多少の休養を取っておかないと、この先の探索に支障が出るだろう。
アリシアが周囲をざっと確認し、安全そうな崖下の窪みを仮拠点とすることを決定。
リオネとガロンが見張りを交代で行い、セトが小型の結界を展開して人目を逸らす。
その間、レイジは顔を洗う程度に近場の小川を探し、冷たい水で眠気を振り払う。
仮拠点で短い仮眠をとった後、レイジが目を覚ますと、アリシアの姿が見当たらない。
軽く辺りを見回すと、彼女は少し離れた小高い丘の上に立っていた。
朝日が差し込むなか、その背中がどこか寂しげに映る。
レイジはそっと近づき、声をかける。
「アリシアさん……?」
彼女は驚いたように振り返ったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「ちょっと考え事をしていた……王国のこととか。私は王国騎士としての誇りをずっと大事にしてきたけど、いまはほとんど裏切り者として追われる」
その言葉にレイジは胸が痛む。
彼女が背負っている覚悟は並大抵ではない。
自分のために、王国の命令を事実上破り、排除対象となったのだから。
「俺のために、騎士としての立場を捨てる形になってしまって。本当にごめん」
アリシアはかぶりを振る。
「後悔はしてない。最初は迷ったけど、あなたを王都で処分するという王や上層部の判断を見たとき、『これが本当に正義なのか』って疑問が生まれた。私はあの場で気づいたのだ。騎士としての忠誠以上に、『人を救う』ことを大切にしたいと」
その口調は静かだが、意思の強さがにじむ。
彼女は王命に背くことを承知で、レイジを辺境へ連行し逃がした。
いわば自分の信念を優先し、王国と決別しかねない立場にいる。
「私は王国を愛してる。でも、理不尽な命令に屈して、人が救えるはずの力を潰してしまうのは、あまりにも悲しい……。まして『封印や排除』だけでは、世界の未来を守れない可能性がある。だったら私は、私なりの正義を貫いて、あなたを守りたい」
その言葉に、レイジは目が潤むのを感じる。
誰もが怖れてきた『危険な力』を持つ自分を、彼女は信じ、守りたいと言ってくれる。
「俺は絶対にあなたやみんなを裏切らないし、世界を壊させたりもしないよ。精霊王を見つけて、力を正しく使える方法を探したい。そうすれば、王国だっていつか分かってくれると思うんだ……」
アリシアは微笑み、小さく頷く。
丘の上で、ふたりは朝日に照らされる湿地帯の風景を見つめる。
雲間から一筋の光が差し込み、遠くには微かに水面が輝いているのが見えた。
もしかすると、あれが『結界の湖』に繋がる水脈かもしれない。
半日後、五人は再び装備を整えて南東の地へ足を踏み出した。
セトが魔道具の反応を読み取りながら、「この先に大きな水域があるようだ。おそらくそれが結界の湖に通じる場所かもしれない」と指し示す。
リオネは「私の歌が役に立つかも」と意気込み、ガロンは「どんな化け物が出てくるか分からんが、覚悟はできてる」と斧を担ぐ。レイジとアリシアはお互いに視線を合わせ、小さく微笑む。
連合軍も王国騎士団も、さらに闇商人ユダも――いつどこで襲撃してくるか分からない。
しかし、仲間と共に進む限り、彼らは容易に絶望しない。
湿地帯をいくらか進むと、周囲の植物相が微妙に変化し始めた。
背の低い雑木が減り、代わりに水辺特有の葦やスイレンに似た植物が広がる。
水かさも所々で増していて、腰まで浸かる場所さえ出てきた。
「こんなの、まともに歩けたもんじゃないね……」
リオネが苦笑しながら、濡れた裾を持ち上げる。
ガロンは大柄な身体で先頭を行き、沈みがちな足場を強引に踏みしめて道を切り開く形だ。
霧こそないが、湿地特有のもやが足元に漂い、視界はあまり良くない。
アリシアが慎重に剣をかまえ、周囲を警戒しつつ進む。
そんな苦労を重ねて湿地を進み、夕暮れ時になったころ、ようやく開けた水辺が視界に飛び込んできた。
遠くには大きな湖が鏡のように夕日を反射し、岸辺には奇妙な石碑が点在している。
「ここが……結界の湖、なのか?」
レイジは感嘆の声を上げる。
風が吹くと、湖面に小さな波紋が広がり、石碑には古代文字らしき刻印がちらほら見える。
セトが興奮気味に「間違いない。強力な結界の痕跡がある」と言い、リオネは「まるで物語に出てくる聖域ね……」と目を輝かせる。
ガロンは「ついに来たか!」と頼もしげに斧の柄を握りしめ、アリシアは静かに周囲を警戒する。
湖の周辺は広く、周りを鬱蒼とした樹林が囲んでいる。
すでに陽が傾き始め、空は茜色に染まっていた。
ここで夜を迎えれば、シルフたちエルフから聞いた『月夜に捧げる歌』が試せるかもしれない、とリオネは考える。
「月が出たら、私が精霊の歌を歌う。それで本当に道が開くか分からないけど、可能性がある限りやってみたいの」
セトも同調し、「僕が結界を安定させるための補助呪文を用意しておく。命輝石への干渉が強い場所だから、うまく作用するかもしれない」と意気込む。
しかし、甘い期待は束の間で終わる。
湖のほうから突如として大きな叫び声と金属音が響いた。
遠目に見れば、岸辺近くで乱戦が起きている。
甲冑をまとった連合軍兵士が数名倒れ込んでおり、その上から漆黒の装備をした私兵集団が襲いかかっている。
闇商人ユダの私兵らしき姿だ。
どうやら連合軍の先遣隊が湖に先に到着していたが、そこをユダの配下が奇襲したのだろう。
激しい剣戟や魔法の閃光が飛び交い、地面には破裂痕が残る。
レイジたちの立つ場所から少し離れた場所が、すでに修羅場と化していた。
「くそ、あれはユダの手下か……連合軍と衝突しているんだな」
ガロンが唸るように言う。
アリシアは険しい表情で状況を見極めようとする。
連合軍が相手でも彼らとは敵対関係だが、闇商人の略奪行為を容認するわけにもいかない。
セトが「どうする?今なら混乱に乗じて湖に近づけるかもしれないが、闇商人に気づかれればこちらが狙われる」と苦い顔。
リオネは「それでもこのままユダが連合軍を全滅させたら、次は私たちが標的になるわ。むしろ背後を突く形で混乱を止めたほうが安全かも」と提案する。
レイジは拳を握り、「ただ見過ごせないよ。闇商人を放置すれば、世界がますます混乱する。何より、ここで湖を奪われたら、精霊王への道が断たれるかもしれない」と声を上げる。
アリシアも頷き、「連合軍と協力する余地は薄いけど、闇商人に湖を好き放題にされるのはまずい。私たちもこの場で食い止めるしかない」と決意を固める。
こうして、五人はひっそりと湖岸へ近づき、闇商人の私兵らを背後から牽制する作戦に出る。
夕暮れの薄明が最後の光を放ち、闇夜が近づくにつれて戦場の輪郭が浮かび上がる。
連合軍の兵士たちは想定外の奇襲で動揺し、一部は水辺に逃げ込んでいる。
「くそっ、こんなやつらにやられるわけには……!」
連合軍士官らしき男が剣を振るい、何人かの私兵を倒しているが、相手の数が多い。
さらに闇商人側は魔道具を持ち出し、爆発や火炎を繰り返して陣形を崩している。
リオネが矢を構え、「私たちも行くよ!」と叫ぶ。
セトが結界魔法を展開して仲間を守り、ガロンが大斧で突撃。
アリシアも剣をかまえてレイジに目をやる。
「レイジ、できれば魔力は最小限に抑えて!」
「わかった……」
レイジは唇を噛み、背筋に冷たい汗を感じながらも、この戦闘を避けられないと悟る。
湖畔の林から飛び出す形でガロンが真っ先に吼える。
「おらぁああ!」
斧を振り下ろし、闇商人の私兵を薙ぎ払う。
敵の何人かは不意を突かれて転倒し、リオネの矢が正確に追撃していく。
セトの結界が連合軍兵士との間に小さな壁を作り、誤認による衝突を避ける狙いだ。
アリシアは素早く剣を振い、私兵の攻撃魔法を弾く。
マントを翻し、連撃で2人の私兵を退ける姿はまさに『白銀の剣姫』の異名にふさわしい華麗さだ。
闇商人の私兵らは予想外の新たな敵襲に狼狽するものの、すぐに態勢を立て直す。
「くそ、連合軍だけじゃなく、逃亡者どもまでここに来たのか!?」
「いいじゃないか、目標の『破滅の救世主』が自ら来てくれたんだ。ここで捕まえてユダ様に献上すれば、我らの手柄だ!」
そう叫ぶリーダー格の男が魔道具を掲げ、火炎弾を連続で撃ち込んでくる。
湖畔の草地が爆炎に包まれ、連合軍兵士が悲鳴を上げる。
レイジはその光景を見て歯ぎしりするが、アリシアの言葉が胸をよぎる。
今はまだ暴走のリスクが大きい。
仲間に任せられる部分は任せ、最小限の魔法でサポートするに留める。
「セト、ここは俺が……小さくでもいいから回復魔法を!」
「わかった、僕が保護結界を張るから、レイジは回復に専念して!」
連携して、お互いの隙を補い合う。
レイジは集中力を高め、ごく弱い回復魔法を連合軍兵や仲間たちに施す。
彼の魔力は暴走すれば周囲に甚大な被害を与えるが、小出力ならさほど命輝石を傷つけないはずだ。
連合軍士官がレイジの姿を見て驚く。
「おまえは……噂の『危険人物』か? どうしてこんな所に……」
彼は上官の命令でレイジを確保する任務があるだろうが、目前には闇商人との戦闘が優先されている。
結果的に士官は二つの相反する目標――「闇商人への対処」と「レイジの確保」に揺れ動き、上手く立ち回れない。
そこを闇商人の私兵が横槍を入れ、さらに混戦が激化する。
戦場のど真ん中で、アリシアは剣を振るい続ける。
激しい火炎弾や魔法の炸裂が湖面を揺らし、水飛沫があちこちで散る。
連合軍兵士らが苦戦しながらも応戦するが、指揮系統が乱れているのか統制がとれていない。
ガロンは斧で前衛を支え、リオネが支援射撃、セトが結界と小規模の攻撃魔法でサポートし、レイジが弱い回復魔法を皆に施す。
それなりに強い連携が発揮されているが、敵の数が多く、闇商人は破壊力の高い魔道具を惜しみなく使ってくる。
アリシアは一瞬の隙を突いて闇商人のリーダー格と交錯する。
男は黒い衣装の下に魔力保護具を仕込んでおり、剣撃をある程度受け止められるようだ。
激しい斬り合いの末、アリシアが剣を弾かれた隙に相手は火炎弾を至近距離で放とうとする。
「ここまでだ、騎士の小娘め! 裏切り者として国を追われる身だとか? なら、あの魔術師と一緒にユダ様のもとへ来い!」
アリシアが睨み返す。「ふざけるな!」と叫び、即座に身をかがめて回避。
男の火炎弾が空を切った瞬間、彼女は再び剣を構え直して切りかかる。
渾身の突きが相手の脇腹を捉え、男が苦痛の呻き声を上げる。
しかしすぐ横から別の私兵が斬りかかり、アリシアは対応が間に合わない。
「くっ……!」
その刃が迫ったとき、横合いからガロンが大斧を振り下ろし、「おらあああ!」と男を弾き飛ばす。
アリシアはその瞬間的な連携に助けられ、間一髪で致命傷を回避する。
「助かった、ガロン!」
「礼なんていらねえよ!仲間だろ!」
短い言葉のやり取りだが、熱い絆がそこにある。
お互いを補い合うことで、一気に闇商人の私兵を押し返していく。
一方、レイジは遠巻きからその激しい戦闘を見る。
仲間が血を流し、必死に戦っているのに、自分は大きな魔法を使えず回復に徹しているだけ――。
焦りと歯がゆさで内心が沸騰しそうだ。
葛藤が限界へ近づきそうになるが、そのときリオネが「レイジ、そこ危ない!」と声を張り上げた。
振り向くと、背後から連合軍の士官が剣を振りかぶって迫っている。
どうやら混戦の中で『レイジを確保すべき』との命令を思い出したのだろう。
「今だ、お前を拘束する! 破滅の魔術師め!」
レイジは咄嗟に後退しようとするが、足場がぬかるんで転倒しかける。
士官の刃が頭上から振り下ろされ―― 。
ガキンッ!
火花を散らして、剣がはじき飛ばされた。
アリシアが剣を横から差し込み、士官の攻撃を強引に逸らしたのだ。
彼女は息を荒げながら、士官に向けて叫ぶ。
「やめなさい! 今は闇商人を止めるのが先でしょう!」
しかし士官の目には狂気じみた焦燥が浮かんでいる。
「破滅を招くお前らなど、どのみち排除するしかない。陛下の命令だ!」
アリシアは一瞬言葉を失う。
自分も王国騎士として同じ命令を受けていたが、それを捨てた。
いま彼女の中には、王命を超える覚悟がある。
「たとえ陛下の命令でも、人が生きる可能性を捨てるわけにはいかない。私は王よりも『守りたいもの』を選んだ!」
そう叫ぶと、アリシアは渾身の一撃を士官に叩き込む。
相手は予想外の激しい剣圧に耐えきれず、剣を落として膝をつく。
目に恐怖を浮かべながら、アリシアとレイジを見上げるが、それ以上戦う余力はないようだ。
「これが私の覚悟……王国に背いてでも、レイジと世界を守る」
アリシアの瞳には、迷いの色は見当たらない。
レイジはその強さに心打たれつつ、周囲の状況を見回す。
闇商人の私兵はだいぶ数を減らし、連合軍兵も同様に疲弊している。
戦闘が長引くのは危険だ。
ユダ本人がまだ姿を現していないのが不気味で、このまま押し切るべきか、撤退すべきか――瞬時に判断が問われた。




