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第7章:逃亡と仲間の衝突(2)

 深夜、星空が美しく広がる岩場のキャンプ地。

 レイジが見張りをする番に当たり、一人で焚き火を見つめていると、ガロンが肩に外套をかけてやって来た。


「少し冷えるな……。悪かったな、さっきはいきなり怒鳴って」


 その言葉に、レイジは小さく首を振る。


「ううん、気持ちはわかる。俺を連れてるだけで、いろんなリスクが増えるし……。実際、どこへ行くにしても危険ばかりだよ」


 ガロンは火を見つめながら、低い声で呟く。


「俺はさ、力でどうにかするのが一番手っ取り早いってずっと思ってきたんだ。魔物を倒し、盗賊を潰し、そうすれば人は救われるってな。でも、お前の力は、使えば世界を壊しかねないって話だろ? そのジレンマを見てると、どうにも歯がゆくて……」


 レイジは拳を握りしめ、火の光で浮かぶガロンの横顔を見つめる。


「ガロンは、俺が力を使って大乱闘を起こせばいいっていうの?」

「いや……そういうわけでもねえ。闇商人に対しては一度叩き潰したいと思うが、お前の魔力のせいでもっと大きな犠牲が出るなら、本末転倒だろう」


 言葉の端々に悩みがにじむ。

 二人とも、それぞれの理由で行き場をなくしているように思えた。

 しばしの沈黙が流れた後、ガロンが不意に切り出す。


「ところで……精霊王の伝承ってのを聞いたことがある。昔、遠い南の地に『大樹の森』があって、そこに『精霊王の眠る聖域』があるとか。俺は伝説の類だと思って気にしてなかったが」


 レイジはガロンの言葉にハッと顔を上げる。


「本当か!? 大樹の森……詳しく知ってるのか?」


 ガロンは大仰に首を振る。


「いや、詳しくは分からん。どこかの辺境部族が代々守ってる森があって、そこに近づいた冒険者が行方不明になるとか、精霊に認められた者だけが通れるとか、伝説みたいな話さ。ただ、俺の知り合いの冒険者が一度そこへ行こうとして断念したって聞いたことがある。場所を正確に知ってるわけじゃないが、南東の山岳地帯を越え、さらに先の森を進めば……という流れだったかな」


 まさに今、アリシアが進もうとしている南東方向と符号するかもしれない。

 レイジは希望の光を見いだしたようで、ガロンの肩に手を置く。


「その話、もっと聞かせてくれないか? 自分の力で世界を救う方法があるかもしれないなら、俺は試したい。何としてでも、暴走のリスクをどうにかしたいんだ」


 ガロンは苦笑しながらも、青年の熱っぽい眼差しに応えるようにうなずく。


「いいぜ。伝説かもしれねえし、道中は闇商人や連合軍の連中に見つかるかもしれねえ。でも、お前がその道を選ぶってんなら、俺は一緒に行ってやる……アリシアにも相談しなきゃな」


 そのとき、物音を立てずに近づいてきたアリシアが小さく咳払いする。


「私も聞かせてもらったわ。どうやら目的地が決まりそうね」


 ガロンは少し気まずそうに目をそらす。

 先程の喧嘩腰から一転、ぎこちない空気が漂うが、アリシアは意外にも真剣な表情で続きを促した。


「世界を救う方法を追い求めるなら、私も反対はしない。王国騎士を捨てる覚悟であなたを助けているのだ、ここで立ち止まるわけにはいかない。ただし、軽はずみに突っ走るのは禁物。少しずつ情報を集めて確実に進んでいきましょう」


 レイジは深く息をつき、「ありがとう、アリシアさん」と微笑む。

 ガロンもつられて口元をほころばせる。

 こうして三人は、『精霊王の眠る聖域』を探し出し、世界を救う糸口を掴む――という新たな目的を共有した。


 ◇◇◇


 翌朝、早めに野営地を畳み、三人は再び山岳ルートへ足を進める。

 道中でガロンが「俺は荒野の暮らしに慣れてるから、ルートの選定は任せとけ」と頼もしく宣言した。

 アリシアも「それで危険が減るなら助かる」と素直に受け入れる。

 少しずつ空気が和らいでいるのは、共通の目標が生まれたからだろう。


 しかし、そう簡単に事が運ぶはずもない。

 山道を進む途中、遠方の尾根をうろつく人影や、岩陰に隠れてこちらを観察するような動きがちらちらと見られる。

 アリシアは敏感に察知し、馬を止めてガロンを呼び寄せた。


「尾行されてるかもしれない。形からして、王国騎士団や連合軍の正規装備ではなさそうだ」


 ガロンは目を細め、岩陰に気配を探るように視線を走らせる。


「くそ、やっぱり来たか。あの野郎ども、もう俺たちを見つけやがったのか……」


 レイジの背筋が寒くなる。

 ユダ・ブラッディはどこまでも追ってくる。

 王国に留まれば『排除』、連合軍領に入れば『確保』、闇商人には『利用』される――。

 どれも避けたい最悪のシナリオだが、実際に足元まで迫ってきている。


「敵の数は多くないはず。相手も様子見なんだろうが……下手に戦闘になったら、レイジが力を使わざるを得なくなるかもしれない」


 アリシアが険しい口調で言う。

 ガロンも「俺が前に出て叩きのめすか?」と提案するが、彼女は「こちらから余計な波風を立てる必要はない。隙を見て振り切るほうがいい」と冷静に返す。


 レイジは馬車の端で拳を握り、「俺も力を抑えられるよう頑張るけど、もしものときは……」と言いかけるが、アリシアがかぶりを振る。

「最後の最後まで使わないで。あなたが暴走したら、私たちもこの世界も危険にさらされる。できるだけ戦闘は回避する」


 その言葉に納得しながらも、レイジは胸の奥に不安が宿る。

 いつか本当に追い詰められたとき、力を使わずには仲間を守れない状況になったら――どうするのか。

 ガロンはそれを察したかのように、「心配すんな。俺が前衛でどうにかするさ」と肩を叩いてくれた。



 さらに半日ほど進んだ岩肌の道。

 夕暮れ間近で、辺りが長い影を落とし始めたころ、突如として高所から矢が飛んできた。


「伏せろっ!」


 アリシアの鋭い叫びでレイジが身を低くすると、矢が馬車の脇をかすめ、車輪に突き刺さる。

 続けざまに石をぶつけるような音が響き、上方から悪漢の声が聞こえた。


「そいつを置いていきな。ユダ様に捧げるお宝だ!」


 どうやら闇商人の私兵が待ち伏せしていたらしい。

 数人が山道の上から飛び降りるように現れ、刃物やボウガンを構えて包囲を狭めてくる。

 アリシアとガロンがすかさず武器を抜く。


「レイジ、下がって!」


 アリシアが鋭く叫ぶが、敵はレイジを狙っているのは明白。

 馬車を捨てて散開しようにも、あちらは地形に慣れているらしく、上手く高所を取って囲む態勢だ。


 ガロンは斧を振り回し、一人の私兵を薙ぎ倒す。

 だが背後から別の私兵がボウガンを撃ち、ガロンの腕にかすり傷を負わせる。

 大きく怯むほどではないが、状況は厳しい。


「仕掛けるか……!」


 アリシアは剣を構え、騎士技を繰り出して敵を切り捨てようとするが、多方向からの矢の雨を捌ききれない。

 闇商人の私兵も鍛えられているのか、連携が予想以上に整っている。


 レイジは歯ぎしりしながら、アリシアたちが傷つく様子を見ていられない。

 もし自分が魔力を使えば、一気に突破できるかもしれないが、暴走の危険もある。


 しかし、アリシアの腕にも血が滲み始め、ガロンも数名を相手に苦戦している。

 矢が再度レイジに向かって放たれ、「危ない!」と叫ぶ声とともにアリシアがかばいに入る。


「ッ……!」


 アリシアの肩をかすめるように矢が通過し、彼女は苦痛に顔を歪める。


「ごめん、やっぱり俺、力を使う……!」


 レイジが決心するが、アリシアは血を吐くような声で制止する。


「だ……めっ……!ここで……あなたが暴走したら……」


 言い終わる前に、さらに敵の刃が迫る。

 アリシアは剣で受け止めるが、体勢が崩れてしまう。

 ガロンも二人を相手に力押ししているが、挟み撃ちに遭う形でリーチが取りづらい。


 レイジの胸の奥で魔力が鼓動するように騒ぎ始める。

 自分が暴走してしまう恐怖と、仲間を救いたい一心がせめぎ合い、額から冷たい汗が滴る。


「もう、我慢できない……!」


 激しい感情が頂点に達しそうになった瞬間。

 間髪を入れず、複数の投げナイフが敵兵たちを奇襲する。


 ナイフは正確に私兵の武器や脚を狙い、そのほとんどを転倒させることに成功する。

 そして、その投げナイフの後方には弓を構えた細身の女性――リオネ・ルミナスの姿があった。


「やっほー、レイジくん!なんだか大ピンチみたいだね!」


 軽妙な声とともに、リオネが弦楽器を背に背負いながら疾走する。

 彼女は吟遊詩人であり情報屋でもある旅人。

 以前、レイジたちと一時行動を共にし、世界各地の伝承を巡っている不思議な女性だ。


 リオネと同時に、もう一人の男が駆け下りてくる。

 研究者風のローブを着たセト・ノースフィールド――賢者学院の天才魔法学者である。


「レイジ、アリシア、すぐ援護する! 結界魔法を張るから、一瞬だけ耐えてくれ!」


 セトが両手を広げ、複雑な魔術式を唱えると、薄い光の壁がレイジたちの周囲を包み込む。

 激しい衝撃音が響くが、これで敵の飛び道具を遮断できそうだ。


「なぜあなたたちが……?」


 アリシアは肩から血を流しながらも、驚きの声をあげる。

 リオネは楽しそうに笑い、素早く弓を放って私兵の足元を射抜く。


「そりゃあ、面白い噂を聞いたからね。『王国に追われる魔術師が、辺境へ向かった』って。私もセトも、レイジくんをほっとけないと思ってさ。ま、闇商人を懲らしめるのも悪くないし?」


 敵は投げナイフと弓の不意打ちを受け動揺している。

 ガロンが気を取り直して斧を振り回し、一部の私兵を叩きのめす。

 アリシアもセトの結界によって攻撃から守られ、「やるしかない」と剣を構え直して仕切り直す。


 結局、闇商人の私兵たちは数分ほど持ちこたえたが、リオネの正確な射撃とガロンの近接戦、さらにアリシアの剣技とセトの結界で総崩れになる。

 何人かは血を流しながら逃げ散り、残った者たちは戦意を喪失して武器を投げ捨てる。


「あばよ、二度と俺の前に姿見せるな!」


 ガロンが大声で怒鳴ると、私兵たちは蹴散らされるように退散していった。


 

 戦いが終わり、岩道に沈黙が戻る。

 血を流すアリシアとガロンはさっそくリオネとセトに応急処置を受け、レイジはようやく大きく息をついて仲間の顔を見回す。


「リオネ、セト、助かった……。本当にありがとう。まさかこのタイミングで会えるなんて……」


 リオネは肩をすくめつつ、にこりと微笑む。


「私もセトもさ、どうしてもあなたをほっとけなかったんだよ。王国から『排除』って話を聞いて、学院を半ば抜け出す形で来ちゃった。賊に襲われるなんてわかってたかのようにね」


 セトは静かにうなずき、傷ついたアリシアの腕を癒やす簡易魔法を唱える。


「長老には叱られそうだけど、僕は研究者として『レイジの力は世界を救う可能性がある』と信じたい。それを証明するためにね。実際、最近見つかった古文書や巻物からも、その可能性が示唆されているんだ」


 レイジは痛みをこらえるアリシアを見やりながら、彼女もリオネたちの合流に感謝していると感じる。

 ただ、王国騎士がここにいるのは明確に『王命違反』だ。

 セトとリオネも似たような立場で学院を飛び出してきたわけで、皆それぞれリスクを背負っている。


 まだ王国の追手や連合軍の捜索は続くし、闇商人も執拗に狙ってくるだろう。

 だが、この五人が力を合わせれば、危機を乗り越えながら『精霊王の伝承』を探すことができるかもしれない。

 リオネは笑顔を浮かべつつ、「私、精霊王伝承ならちょっと情報があるよ」と切り出す。


「歌や伝承を辿ってるうちに、『大樹の森』とか『聖域の泉』とか、似たキーワードをいくつか耳にしたことがあるの。詳しい場所ははっきりしないけど、どうも南東の先にある『霧の森』を越えたさらに奥らしいのよね」


 セトも同調し、「魔力循環が不安定な地帯があると学院で噂されていて、そこが精霊の力に関係している可能性がある」と続ける。

 レイジの胸が高鳴る。彼らが合流したことによって、一気に情報が揃いつつあるのだ。


「よし、なら方針は決まった。南東の山岳を越えて『霧の森』を目指す。そこに『精霊王の眠る聖域』への手がかりがある……」


 アリシアは痛む腕を抱きしめながらも、まるで騎士団を率いるかのような凛とした声で皆を見渡す。

 ガロンが斧を担いで「やってやろうじゃねえか!」と叫び、リオネが「ふふ、面白くなってきた」と笑い、セトは冷静に「道中の物資や結界の準備もしっかり考えないとね」と提案する。


 レイジは皆の表情を見渡して深く息を整える。

 自分が中心にいるために、仲間が危険を冒しているのは事実だ。

 しかし、だからこそ彼らと力を合わせて『神の実験』を超克したいと思う。


 ◇◇◇


 夕刻から夜にかけて、彼らは安全な山道の広い平坦地を見つけ、野営を張ることにした。

 リオネが弦楽器を爪弾きながら軽快な旅の歌を口ずさみ、ガロンが笑い交じりに「意外といい声してんじゃねえか」とからかう。

 アリシアは新たに巻いた包帯を気にしつつ、焚き火の様子を見守り、セトはその脇で地図と手持ちの資料を確認している。


 レイジは焚き火の光を見つめながら、ふと神の神殿を思い返す。

 あの冷酷な『観察者』に次はどう対峙するか。

 世界が壊れるよりも先に、精霊王の力を見つけて神の実験を終わらせる――そう心に誓う。


 今夜は久々に仲間とともに笑い合い、ささやかながら温かい夕食を取ることができた。

 アリシアとガロンの言い争いも、リオネのユーモアやセトの仲裁によって緩和されている。

 見れば、アリシアは小声でガロンに謝意を伝え、ガロンも「ま、いいってことよ」と短く返していた。


 しかし、その和やかなひとときは、決して安全を保証するものではない。

 夜の静寂の奥には、闇商人の私兵が息を潜め、連合軍の哨戒部隊が巡回し、王国騎士団の強硬派が命令を受けて追跡に乗り出すかもしれない。

 セトは地図をなぞりながら低く呟く。


「南東の霧の森……そこを越えれば、さらに深い谷や沼地が広がる。魔物の危険度も高いし、『精霊王の聖域』が本当にあるかは不透明だ。一筋縄ではいかない旅になりそうだね」


 だが、誰もそれを否定しない。

 レイジはかつてない決意を胸に、拳を握る。


「それでも行くしかない。封印されるだけなんて嫌だから。神に抗ってでも、俺は世界を守りたい」


 その言葉に、ガロンは「いいじゃねえか。その意気に乗るさ」と豪快に笑う。

 アリシアも「無茶はやめてよ」と苦笑しつつ、彼の意志を尊重する様子がうかがえる。

 リオネは弦楽器を爪弾き、「きっと素敵な歌が生まれるわ」と楽しそうだ。

 セトは「研究成果を形にするいい機会かも」と微笑む。


 それぞれが心に傷や苦悩を抱えながらも、今はここに集った。

 この五人が、神の実験から世界を救うカギを握っているのかもしれない――。

 そう感じさせるほどの小さな希望が、夜の焚き火の中に確かに灯っているのだった。


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