第6章:神殿の再来と排除命令(2)
王宮正門をくぐると、衛兵たちが厳戒態勢で迎え撃つように並んでいる。
リカルドが『王命により連れて来た』と言うと、通行が許可されたが、彼らの視線は冷たい。
重い扉を抜け、広大な玉座の間に通される。
王との謁見と聞いていたが、どうも空気が殺伐としている。
玉座に座るローゼンベルグ王の周囲には、騎士団幹部や宰相が揃い、さらに連合軍の使者らしき人物や、賢者学院の長老を含む数名が傍に立っていた。
レイジは萎縮しながらも、堂々と胸を張るつもりで進み出る。
リカルドは王宮の外で待機するように言われ、気まずそうに別れる。
アリシアの姿が見えないのは気にかかるが、彼女も途中で呼び出しを受けたようだ。
玉座の王は、冷徹な光を宿した瞳でレイジを睨むように見下ろす。
「レイジ。賢者学院の調査でも、お前の魔力が世界を蝕む可能性が高いと確認された。さらに連合軍や賢者学院に襲撃が起きるなど、混乱が続いているが……このままお前を放置するわけにはいかぬ」
王の声に、周囲の騎士や官僚が粛然と耳を傾ける。
「まずは問おう。お前自身は、この世界をどうしようと思っている? 利用するつもりか、それとも破壊するつもりか?」
挑発めいた問い。レイジは噛みしめるように答える。
「そんなつもりはありません! 俺は……どんなに危険でも、人を救うために力を使いたい。世界を壊す気なんか、毛頭ないです」
王は軽く鼻を鳴らす。後ろに控える宰相が言葉を継ぐ。
「だが、その理想論で世界が救えるほど甘くはない。実際に命輝石は衰退し、魔物が各地で増えている。お前自身が制御できていないのだろう?」
言葉に詰まるレイジ。
実際、その通りだ。
暴走のリスクは拭いきれず、闇商人に狙われる現状を変えられてもいない。
宰相は唇を歪め、淡々と続ける。
「このままでは、王国だけでなく連合軍全体が危険にさらされる。最善策としては『封印』が望ましいが、万全に施すには多大な儀式と資源が必要……それすら成功する保証はない。だったら早めに処分するのが筋だ、という声も強いのだが……」
ざわめきが広間に広がる。
連合軍の使者の一人が苛立ちをこめて言い捨てる。
「貴国だけで勝手に判断されては困る。もしレイジを殺すなら、魔力の影響でさらなる災厄が起きるかもしれない。我らとしては、『引き渡す』のが妥当だと考えるが?」
今度は連合軍との対立構造が露わになる。
王は肩をすくめるように吐息を漏らす。
そのとき、騎士団幹部の一人――先日レイジを睨んだ壮年の男が声を張り上げた。
「王国が自主的に排除する。それが最も早い! 連合軍と余計な紛争を起こす余裕はないし、闇商人どもに利用される前に消すのが最善手だ!」
レイジは激しい怒りと恐怖に震える。
だが、反論しようにも具体的な手立てがない。
学院の研究は中途半端で、精霊王の伝承など、まだ何も掴めていないのだ。
玉座の上で王がゆっくりと立ち上がる。
その動作だけで場の空気が一段と張り詰めた。
「皆の意見はわかった。私は王としての責務を果たさねばならん。レイジ、お前に問う。最後に、何か言い残すことはあるか?」
『最後』という言葉が痛烈に胸を刺す。
レイジは喉が渇ききったように声が出にくい。
だが、それでも搾り出すように叫ぶ。
「俺は……この世界を守りたいだけなんです。確かに暴走のリスクはある。俺が命輝石を枯らす可能性があるのも知ってる。でも、まだ……解決策は残ってるはずだ! 賢者学院が研究を続ければ、いつか制御法が見つかるかもしれないし、神だって……!」
しかし王はその言葉を遮るように手を掲げた。
「甘い。そんな悠長な時間は、今の世界には残されていない。私も内心では封印の可能性を捨てきれなかったが……連合軍や闇商人が黙っていない以上、危険因子を抱えておく余裕はない。――『排除』が最終決定だ」
広間がざわめき、連合軍の使者までが「いや、それでは我々が…」と抗議する。
だが王国騎士団幹部らが一斉に動き、武器に手をかけ始める。
宰相が大声で宣言した。
「よって、レイジを直ちに捕縛、そして『処分』する。王都内で騒ぎを起こさぬよう、厳戒態勢を敷き、闇商人の介入を許さない。――騎士団、命令を遂行せよ!」
レイジは蒼白になりながら後ずさる。
振り返れば騎士たちが既に背後を塞ぐ形で立ち塞がっている。
逃げ場がない。
騎士たちが一斉に間合いを詰めてくる。
レイジは恐怖心と、自分を守るための衝動がないまぜになり、胸が熱くなっていくのを感じる。
「あ、あああっ……」
頭の中で警鐘が鳴り響き、体中の魔力が膨れ上がる。
抑えなきゃ、抑えないと……そう思うほど逆効果で、体外へ力が暴発しそうになる。
騎士たちも「まずい、魔力が上昇しているぞ!」と叫び、攻撃を躊躇う者もいれば、一気に叩き潰そうとする者もいる。
玉座の間はカオスに包まれ、連合軍の使者や宰相が「やめろ、ここで暴走されたら……!」と悲鳴を上げる。
王は驚愕に目を見開き、身構えていた。
まさに臨界点が近づきそうな瞬間、不意に大きな声が轟いた。
「待てぇええーーーっ!」
ドアが乱暴に開かれ、銀色の髪がなびく――アリシア・ヴァイスだ。
小さく息を切らしており、どうやら会議室へ急いで駆けつけたらしい。
「陛下、騎士団の皆さん、落ち着いて! もしここでレイジに切りかかったら、魔力が暴発して王宮が崩壊しかねません!」
アリシアの必死の訴えに、騎士たちが一瞬動きを止める。
レイジも怒涛のような魔力の高まりのなかで、わずかに正気を取り戻した。
「アリシアさん……!」
彼女はその場の視線を一身に浴びながら、なお堂々と胸を張って続ける。
「陛下、どうか今この場での処分を思いとどまってください。少なくとも、人目のない場所に移さない限り、取り返しのつかない事態になります。私は騎士として、王都を守るために最善を尽くす義務があります……!」
王は苛立ちを露わにしながらも、一理あると思ったのか、再度手を挙げて騎士たちを制止する。
玉座の間に沈黙が落ちる。
「アリシア、貴様……。私の命令に逆らうというのか?」
低い王の声。
アリシアは一瞬躊躇したが、意を決して言葉を発する。
「申し訳ありません、陛下。私は王に背くつもりはありません。ただ、ここでレイジを斬るなり何なりすれば、暴走によって王都そのものが危機に陥る恐れが極めて高いのです。私に時間をください。安全に捕縛する手段を講じ、その上で処分なり封印なりを執り行うべきです!」
重苦しい空気のなか、宰相や騎士団幹部が口々に反論するが、王はしばし沈黙する。
そして静かにアリシアを見下ろし、「ならば具体策を出せ」と冷たく告げた。
アリシアは唇を噛みながら、レイジのほうを見る。
レイジが死の間際で必死に魔力を抑えているのを悟り、鬼気迫る表情で宣言した。
「私が……この場でレイジを国外追放します。辺境まで連行し、そこでもう二度と王国へ戻れぬよう監視する。あるいは封印の準備をする。とにかく、王都の中心部から離れた場所で行動を制限すれば、被害を最小限に抑えられるかもしれない!」
思わぬ発言に、玉座の間がざわめく。
連合軍使者は「それなら我々にも関わりが……」と割り込もうとするが、アリシアは構わず続ける。
「陛下、私にお任せください。レイジを城外まで連れ出し、必要とあらば封印術を用いた儀式の場所へ移動させます。もし万が一暴走の兆しがあれば、私が責任をもって――」
最後まで言葉にせずとも、それが「斬る」という決意であることは誰の目にも明らかだ。
王は鋭い眼光を放ちながらも、ひどく苦渋の表情を浮かべている。
時間がないなかで最善策を模索しているのだろう。
「いいだろう。アリシア、貴様に最後の猶予を与える。王都を守るために出て行くならば、できるだけ早急に行動しろ。お前の独断で『失態』を犯せば、その責任は重いぞ……」
重苦しい王の言葉に、アリシアは深く頭を下げる。
周囲の騎士や宰相は戸惑いの表情を見せるが、王の意向に逆らう術はない。
こうして、レイジは『排除』こそ免れたものの、『国外追放』に近い形で王都を出ることが決まった。
アリシアが正式に「私が連行する」と宣言したことで、騎士団内部には動揺が走るが、「彼を斬るよりはマシだ」「辺境で封印してくれれば被害は少ない」という声も少なくなかった。
連合軍の使者は「納得できない」と憤るが、いまは王国の決断を覆す力がなく、やむなく引き下がったらしい。
賢者学院の長老も表立った反対はできず、「封印準備には賢者学院の結界魔術が必要になるかもしれんから、後日相談しよう」と言葉を残して退席した。
その日の夕刻、アリシアは急ぎの旅支度を整え、レイジを連れて詰所を出発する。
リカルドや数名の友好的な騎士が「隊長、本当にこれでいいんですか?」と心配しながら見送ってくれたが、彼らも上層部の決定に逆らうわけにはいかない。
「いいんだ。……みんな、ありがとう」
アリシアは言葉少なに答え、レイジの手を取り、急ぎ馬車へ乗り込む。
王城の門を抜けるときにも衛兵の厳しい目が向けられたが、王の許可がある以上、通過を阻まれることはなかった。
馬車が揺れるなか、レイジはがっくりと肩を落とす。
「なんだか、追われる身だな……。また闇商人や連合軍が狙ってくるかもしれない。王国内にも、俺を恨んでる騎士が多そうだし……」
アリシアは黙ったまま手綱を握る。
彼女もまだ自分の行動が正しいか確信を得られないのだろう。
しかし、やがて彼女は静かに語りかける。
「すまない、本当なら王都でセトや学院の協力を得て制御法を探したかった。だけど、もうそんな猶予はなかった。私があなたを守れる道を選んだ結果がこれなのだ……。もし暴走が起きそうになったら、私が止める。命を懸けてでも」
レイジは苦い笑みを浮かべる。
「ありがとう。アリシアさんが止めに入ってくれなきゃ、あのまま俺は王宮で……」
言葉にはできないが、最悪の結末は明らかだった。
アリシアが命懸けで割って入ってくれたからこそ、いまこうして生きている。
「とにかく、世界を救う方法があるって信じたい。あの神だって言ってた。結果は不明だが、俺が意思を示すことが大事だって。神に振り回されるんじゃなくて……」
ぼそりと呟くレイジの言葉に、アリシアは驚いたように振り向く。
「神……? あなたは、本当に『神の神殿』へ行ってるのだな……。いったい、その神は何を――」
レイジは簡潔に、今回『神』と交わした言葉を伝える。
実験だとか、観察だとか、不合理な言葉ばかりだが、アリシアはじっと耳を傾けると、小さく息をついた。
「そんな高次存在を相手に……私たち人間は、どうすれば勝てるのか。でも……あなたが意思を示したいなら、私も手助けしたい。少なくとも、『排除』なんかじゃ終わらせたくない」
馬車は王都を離れ、広い街道を進んでいく。
辺境を目指す旅が始まったばかりだが、既に暗雲が垂れ込めているように感じる。
ここからどんな試練が待っているのか、レイジもアリシアも想像がつかない。
逃げ道の少ない旅。
しかし、アリシアの存在がわずかな光となり、レイジの胸に微かな希望を宿す。
「絶対、あきらめない。いつか、神の実験を乗り越えて……世界を壊さず、人を救う力に変えてみせる」
そう誓いながら、彼は夜の帳が降りる街道を見つめていた。
◇◇◇
馬車が街道を進むなか、遠くの小高い丘から双眼鏡のような魔道具でそれを覗く影があった。
黒衣をまとい、闇商人の紋章を腕に刻んだ私兵だ。
「動き出したな。ユダ様の読みどおり、『排除』ではなく王都から出されたか。これは面白くなってきた」
彼は魔道具を仕舞い、馬を走らせて闇に消えていく。
行き先はもちろん、闇商人ユダの潜伏拠点だろう。
そして、王都とは逆方向の空には、連合軍の駐屯地が広がっている。
そこでも何やら兵が慌ただしく動いている様子が見える。
連合軍上層部が「レイジの排除か確保か」で意見をぶつけあい、いずれ追っ手を差し向けるのは明白だ。
世界は加速度的に混迷へ向かう。
神の観察は冷酷に続き、王国・連合軍・闇商人の思惑が絡み合い、レイジの命と魔力が翻弄されていく。
だが、レイジとアリシアはまだ諦めてはいない。
神に与えられた『実験』を終わらせるために――世界を救う道を探し、走り続ける決意を胸に、荒野へと旅立っていくのだった。