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第6章:神殿の再来と排除命令(1)

 緊張が張り詰めたままの王都ローゼンベルグ。

 連合軍の使者が去った翌日、城門付近では武装兵が往来をさらに厳格に取り締まるようになった。

 王都の市民たちは「どこか空気が重い」と噂しあい、商人や旅人は「戦争でも始まるのか」と怯えた顔を見せる。

 王国騎士団の詰所も、慌ただしい空気に包まれていた。

 あちこちに立つ騎士たちの表情は硬く、何か大きな決断が下されるのを待ち構えているようだ。



 そんな朝の詰所の一室で、神崎レイジはわずかな睡眠から目を覚ました。

 夜明け前に魘されるような夢を見て、寝汗で服がしっとり濡れている。


 「また、あの神殿の夢か……」


 薄暗い部屋で一人つぶやく。

 ここ数日、眠りに落ちるたびに『神の神殿』らしき白い空間を垣間見るようになっていた。

 おぼろげな声が聞こえ、「実験体」という冷たい言葉がこだまする。

 まるで遠くから嘲笑されているかのようで、目覚めたときには全身に疲労感がまとわりついていた。


 窓を開けると、王都の朝焼けが淡く空を染めている。

 遠くから荷車の軋む音と、門兵の掛け声が聞こえてきた。


 (もうすぐ王との謁見……そこで俺はどう答える? 連合軍や闇商人のことも気になるし、あの神殿の正体すら……)


 思考を巡らせると不安ばかりがつのる。

 気分を変えようと廊下に出ると、ちょうど騎士のリカルドが慌ただしく走ってくるのが目に入った。


「レイジ、探してたんだ。賢者学院から急ぎの使いが来て、セトがあなたに至急会いたいらしい。『新しい解析結果と、『神殿』に関する資料を発見した』って言ってたぞ」


 レイジは胸がざわつく。

 自分の『意識が飛ぶ』あの不可解な現象について、学院も興味を持っているのは確かだ。

 何か重大な事実を掴んだのかもしれない。

 リカルドは軽く肩をすくめる。


「詳しいことはセトが直接話したがってる。アリシア隊長も『レイジを行かせてやれ』と言ってるし、王との謁見は明日だから、今のうちに行ってこいよ。俺も護衛でついていく……また妙な襲撃があるかもしれないしな」


 レイジは頷き、急いで身支度を整える。

 アリシアは既に王宮へ報告に向かっているので顔を合わせられなかったが、彼女も「何か事態を進展させる糸口があるならば、むしろ積極的に探してほしい」と思っているはずだ。


 ◇◇◇


 朝早い時間帯の学院門を抜けると、キャンパスの広場にはまだ学生や研究者の姿は少ない。

 静かな空気のなか、セト・ノースフィールドがローブ姿で立っており、レイジとリカルドを迎え入れた。


「来てくれて助かるよ。時間がないから、早速案内する」


 セトはそう言って二人を学院の奥へ導く。

 先日の襲撃で破損した研究施設は修理が進み、警備兵が常駐しているが、まだ完全復旧には至っていないらしい。

 あちこちに魔道具の残骸が積まれ、空気には微かな硝煙のような匂いが残っている。


「この先の小部屋だ。長老も今は王宮で会議中だから、詳しい話は僕がするしかないが……たぶん、レイジの『神殿現象』に関して重要な手がかりがあると思う」


 通された部屋は、先日セトが大量の古文書を読み耽っていた図書資料室の一角だ。

 中央の机には古びた巻物が三本広げられ、その周りに注釈を書き込んだメモ用紙が散らばっている。


「これは、『神の神殿』にまつわる古代の伝承を書き留めた文書だ。ずっと断片的にしか残っていなくて、学院でも曖昧な扱いだったんだけど、闇商人の襲撃後の荷物整理で、保管庫の奥から別の断片が発見された。その内容を突き合わせたら……」


 セトはため息をつくように巻物を指し示しながら説明を始める。


「神の神殿……あるいは『高次存在の観測台』とも呼ばれていたらしい。古代から、『世界の命運を左右する異端者』が現れるたび、そこへ意識だけが招かれるという記録がある。人によって呼び名は違うが、共通して『神に似た何者かの声を聞いた』と記されているんだ」


 レイジは息を呑む。

 まさに自分が体験している状況と酷似している。

 「実験体だ」と告げられたことも、記述と重なるかもしれない。


「さらに気になる一節があった。『神は世界の崩壊、もしくは再生を観測するために『特異点』を選ぶ。その特異点こそ異界の来訪者であり、命輝石の運命と深く結びつく』……。これが事実だとすれば、レイジ……君がまさにその『特異点』なのかもしれない」


 セトの言葉に、リカルドが不安げな表情を浮かべる。


「特異点、か……つまり、神がそもそもレイジをこの世界に引き寄せたってことか? 世界がどうなろうと、神はそれを見守り、あるいはただ実験してるだけって……まさに悪趣味な存在だな」


 レイジは巻物を覗き込みながら複雑な胸中を吐露する。


「そうだとしたら、俺が必死にもがいたところで、神の観察は続くわけか……。世界を救うも滅ぼすも、神にとっては『結果に過ぎない』みたいな……」


 言葉に苦い響きが宿る。

 あの『神殿』で聞いた冷たい声――「世界が滅んでも構わない」「お前の行動を観察するだけ」――それが真実味を帯びてくる。

 セトはテーブルに手をつき、真剣な面差しでレイジを見やる。


「ただ、この巻物の最後の部分には希望らしき文言もある。『特異点が自らの意思で世界の命を掴みとるならば、神の手のひらから外れ、新たな秩序を生む』……難解だが、『神に抗うことは不可能ではない』とも読める」

「神に……抗う?」


 レイジは思いがけないフレーズに目を見開く。

 無限とも思える存在に抵抗できるなら、一筋の希望があるのかもしれない。


「まだまだ不明な点は多いけど、この先『神の神殿』へ再度意識を飛ばされるなら、君のほうから何かを問いただすのも手かもしれない。世界をどうしたいのか、神が何を求めているのか……一方的に弄ばれるだけでなく、意志を示すんだ」


 セトの言葉は理屈としては正しいが、現実味が薄い。

 しかし、レイジは胸の奥で何かが動くのを感じていた。

 もし次に神と対峙したとき、自分がはっきりと意志を示せば……破滅か再生か、その方向を変えられる可能性はあるのだろうか。



 学院での調査を終え、レイジとリカルドは詰所へ戻ろうと歩き出す。

 外は既に昼近く、雲の切れ間から太陽が覗き、賑わい始めたキャンパスに学生や研究員の姿が増えていた。

 しかし、レイジの頭痛は朝から続いており、また何かに引っ張られるような不吉な感覚が強まってくる。


「うっ……」


 足元がふらつき、手近な柱に寄りかかる。

 リカルドが慌てて支える。


「おい、どうした!? 大丈夫か?」

「わからない、頭が割れそうで……」


 耳鳴りがし、視界がチカチカと白んでいく。

 遠くで学生たちが「大丈夫ですか?」と声をかけてくるのが聞こえるが、言葉が霞むようだ。


 (まさか、今……?)


 また神の神殿へ引きずり込まれる予感がする。

 しかし、今回は屋外だ。

 過去は意識が沈むとき、大抵ベッドや静かな場所だった。


 リカルドが叫ぶ。「救護班を呼んでくれ!」「レイジ、しっかりしろ!」

 だが声は遠くなり、レイジの意識は一瞬で暗転する。

 足下から真っ白い光が立ち昇るように感じ――次の瞬間、景色が変わっていた。


 ◇◇◇


 果てしなく広がる白い空間の中心に、大理石のような床がどこまでも続いている。

 天井も壁もないが、不思議な柱が何本も立ち並び、異様なほど静寂。

 レイジはゆっくりと身体を起こす。

 周囲を見回すが、相変わらず無機質な輝きだけが視界を満たす。


 「また、ここなのか……っ!」


 声がエコーのように響く。

 踏み出した足が石床を軽く叩き、薄い反響が返ってくる。

 

 そのとき、背後に気配が生まれた。

 白い靄のようなものが蠢き、人のような輪郭を持ってゆらりと浮かび上がる。

 その『存在』はどこか冷淡な雰囲気を纏っていた。


 「実験体よ。よく来たな。いや、勝手に呼んだのだが……」


 聴覚ではなく脳内に直接語りかけるような声だ。

 中性的とも老成ともつかない淡々とした響き。

 レイジは恐怖と怒りが入り混じった感情に襲われながら、歯を食いしばる。


「お前が……神、なのか? 俺を実験体として、この世界に呼んだのは……」


 存在はぼんやりと首をかしげるように見えた。


「神……そう呼ばれることもある。だが、私にとっては『観察者』という言葉のほうが近いかもしれない。多くの世界を眺めてきたが、崩壊も再生も、私の興味の対象に過ぎぬ」


 その無感情な口調に、レイジは苛立ちを隠せない。


「ふざけるな! 世界が滅んでも構わないって、あんたはずっと言ってるけど、そこに住む人々の思いはどうなるんだ? なんでそんなことをする!?」


 しかし、存在は動じない。

 無限の空虚を内包するかのように、ひどく静かに微笑む。


「理由、か。私にとっては、ただ『結果』を見たいだけだ。世界が壊れるか、救われるか、その過程を観察する――。君はその中心に立つ存在、いわゆる特異点というやつだよ」


 レイジは歯ぎしりしながら「そんな勝手があってたまるか……!」と怒鳴るが、その声は虚空に溶けるように拡散していく。


 (今こそ、セトの言ってたように『意志を示す』んだ!)


 意を決し、レイジは一歩踏み出して神の輪郭へ迫る。

 拳を固めたが、振りかぶっても手応えがあるはずもない。


「俺は、お前の観察対象なんかじゃない! この世界は、お前の娯楽でも実験材料でもない……! もし世界を壊したくないなら、俺はその道を選ぶ。お前の思い通りにはさせない!」


 心の底からの叫び。

 しかし、存在はまるでそれを愉快そうに眺める。


「いいだろう。意志を示すこと自体は面白い。しかし、最終的にどうなるかは、私にとっての興味は尽きない。お前がどれほど抵抗しようと、結果が変わるか否かは不明だ。せいぜい力を尽くしてみるがいい」


 無慈悲な声。

 視界に白いノイズが走り、レイジの意識が引き戻される。

 現実世界へ急激に引っ張られる感覚に襲われ――気づけば、彼は賢者学院の広場でリカルドに抱き起こされていた。



「レイジ、戻ってきたか!?」


 リカルドの青ざめた顔が間近にある。

 周囲には学院スタッフや学生が集まり、心配そうに覗き込んでいる。


「大丈夫……なんとか……」


 レイジは荒い息をつきながら体を起こし、状況を把握しようとする。

 どうやら倒れ込んでから数分しか経っていないらしい。


 神の神殿での対話は、一瞬の出来事だったのか。

 リカルドは安堵の表情を見せるが、すぐに真剣な顔つきに戻る。


 「騎士団から緊急連絡が入った。王が『レイジを正式に召し出す。直ちに王宮へ連れて来い』と命じたらしい……ただ、雰囲気が良くない。どうも王だけでなく騎士団上層部が一気に『レイジ排除』へ傾き始めてるという情報もあるんだ」

 「排除……」


 レイジはふらつく足で立ち上がる。

 神とのやり取りで燃え上がった意志が、早くも打ち砕かれそうだ。

 だが、ここで逃げるわけにもいかない。

 世界を守りたいと誓ったのなら、真正面から立ち向かうしかない。


「わかった。すぐに行こう。命を差し出す覚悟なんて、本当はないけど……でも、諦めたくないから」


 学院のスタッフらも心配そうに見送る。

 セトは姿を見せなかったが、あるいは別の場所で研究を続けているのかもしれない。

 リカルドとともに王宮へ向かう道すがら、レイジの頭を駆け巡るのは、先ほどの神の言葉と人々の不安げな顔。

 そして何より、『もし排除されそうになったら、どうする?』という問い。


 (逃げる? いや、逃げ場所なんてない。闇商人や連合軍が狙ってくるだけだ。ならばここで戦うのか? けれど、力を使えば世界を壊すかもしれない……)


 堂々巡りの思考に頭が痛む。

 だが時間は待ってくれず、やがて荘厳な王宮の姿が近づいてきたのだった。



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