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第5章:王国と連合軍、闇商人ユダの思惑(2)

 アリシアとの会話を終え、部屋に戻ったレイジは古書をめくりながら、ひどく不安な気持ちになっていた。

 表紙を開くと、命輝石の図解や古代文字が書かれ、挿絵のようなものも所々に見られる。

 ページをめくるたび、頭の中に妙な既視感が過るのは、神の声を聞いたときの記憶が呼び起こされるからなのか。


 (『神の実験』……過去にも異界から来た者がいた? 世界の運命を担わされる実験体?)


 意味不明な古代言語も多く、全部を理解するのは難しいが、文章の端々に「過去にも世界崩壊の危機があった」「神の干渉で異界の者が召喚された」という記述が見える。


 (あまりにファンタジーな話だけど、俺にとっては今がまさに現実なんだ……)


 そんなとき、廊下が急に騒がしくなる。

 騎士団の詰所内で怒号や足音が響き、階段を慌ただしく人々が駆け下りていく気配があった。

 レイジが戸惑って扉を開くと、先ほどアリシアの副官と話していたリカルドが廊下を走ってくる。


「レイジ、ちょうどよかった。連合軍の使者が突然詰所に来て、上官たちと口論になってる。どうやら、お前を直接尋問したいとか言い出してさ……」

「俺を? なんで……」

「『あやしげな魔術師が世界の危機を招いている』と疑ってるらしい。王国が情報を伏せて、危険な力を独占しようとしている、とまで言ってる。今はアリシア隊長たちが対応してるけど、かなり雰囲気が悪いみたいだ……」


 レイジは胸の奥がざわつく。

 連合軍は、あくまで複数国の連合体であり、王国とは表向き友好関係ではある。

 しかし大陸全体のパワーバランスを保つため、お互いを牽制しあう状態にあるのだ。


 やがて、リカルドに連れられて詰所の応接室へ向かうと、そこには背の高い異国風の鎧を着た連合軍の将校らしき男と、数名の従者が居並んでいた。

 アリシアや騎士団幹部が応対しているが、論戦がヒートアップしている最中だ。


「騎士団が『あやしげな力』を勝手に抱え込んでいる事実こそ危険だ! 我々はその少年が連合軍にとって脅威となり得ると判断している以上、直ちに身柄を引き渡せ!」


 将校の男は険しい表情で声を張り上げる。

 アリシアは動じずきっぱりと答える。


「レイジは、王都で賢者学院の調査を受けている最中です。どのように扱うかは、我が国の王の裁量に委ねられています。連合軍に引き渡す理由などありません」

「そう言って王国が危険な力を独占し、各国を脅かす気なのではないのか? 命輝石の異変がさらに広まれば、連合全体への脅威となる。ならば我々にも彼を監視する権利がある!」


 男はガンとテーブルを叩く。

 周囲の騎士たちが身構え、一触即発の空気が漂う。

 レイジはドアの隙間から様子を窺いながら、心臓が痛いほどに高鳴るのを感じた。


 (ああ……俺の力が原因で、こんなに国と国が揉めてるんだ……)


 罪悪感と焦燥感が入り混じり、胸が苦しくなる。

 もし自分が大人しく連合軍へ行けば、争いは回避できるだろうか。

 だが、それは王国との関係を破壊し、自分の身がどうなるかは想像もつかない。


 応接室内では騎士団幹部が「この件は陛下の判断を仰ぐ」と押し返し、連合軍の将校が「我々は引き下がらん!」と声を上げる。

 互いに剣を抜く寸前かと思われたとき、アリシアが毅然と胸を張り、敵意むき出しの将校へ冷静に告げた。


 「これ以上、我が国の領域で無礼を働くなら、私たちは然るべき措置を取ります。連合軍との条約によれば、不当な強要行為は停戦協定違反に当たるはず……その覚悟はおありですか?」


 将校は悔しそうに歯を食いしばる。

 確かに協定違反になれば、即時に戦争状態となるリスクがある。

 彼らも無謀なことはできないのだ。

 将校は舌打ちするように小さく息をつき、言葉を整えた。


 「わかった。だが、我々もこのまま引き下がるわけにはいかない。連合軍として改めて公式に会談を要求する。王国が『レイジ』を抱え込むなら、その責任を全世界に対して説明してもらわねばならん」


 言い放って、彼らは荒々しく退室する。

 アリシアをはじめ、王国側の騎士たちも張り詰めた空気から解放されたのか、大きく息をついていた。



 連合軍一行が退出したあと、詰所の廊下へ出たアリシアはレイジの姿を見とめて一瞬驚いたような表情を見せる。

 彼女の背後では他の騎士が「奴らめ……」と苛立ちを吐き捨てながら散っていく。


 「聞いていたのね」


 アリシアが低い声で言うと、レイジは申し訳なさそうに目を伏せる。


「うん、ちょっとだけ。なんだか俺のせいで、すごく大変なことになってる……」


 すると、脇を通りかかった壮年の騎士団幹部が、レイジを睨むように振り返った。

 王国の重鎮らしき風格を持つが、その目には苛立ちが宿っている。


「まったくだ。お前のような得体の知れない奴がいるから、連合軍まで出しゃばってくる。もしお前がいなければ、我らは平和に対処できていたかもしれないんだ!」


 怒りに任せて声を荒らげる幹部。

 レイジは言葉を失う。

 確かに事実かもしれない、と自分でも思うだけに、ぐうの音も出ない。

 アリシアが慌てて幹部を制止しようとするが、彼はさらに畳みかける。


 「いずれ王との謁見があるそうだが、余計な期待を抱くなよ。『排除』される可能性は十分にある。私も王にそう進言するつもりだ。お前の存在はあまりにも危険すぎる!」


 言い放って足早に去っていく幹部の背を、レイジはただ呆然と見つめる。

 自分がこの世界にとって『厄介な爆弾』であることを、改めて突きつけられた気がした。

 アリシアはため息をつきながらレイジに近づき、「あの人は騎士団内でも強硬派なの。気にしないで」と小声で慰める。

 しかし、レイジの表情は沈んだままだ。


 「俺がいなければ、争いは起きない……本当に、そうかもしれない。なんで、俺はここに……」


 自嘲混じりに呟くレイジを、アリシアはどう励ませばいいのか分からず、ただ申し訳なさそうに眉を下げる。

 結局、二人とも何も言えぬまま、その場で立ち尽くすしかなかった。


 ◇◇◇


 同日の夜。

 王国の中央広場では、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 街灯の明かりが石畳に細長い影を落とし、ときおり夜風が吹き抜けるだけだ。

 

 広場の隅、闇に沈む路地裏には、一人の男が立っていた。

 黒いマントをまとい、顔の半分をフードで隠している。

 その目は冷たい光を放ち、時折周囲を警戒するように視線を巡らせる。

 『闇商人の手先』らしきその男が、小さく呟く。


「連合軍も動き始めた。王国が騎士団でレイジを守っているうちは、さほど面白くないが、やがて王と連合軍が衝突すれば混乱が拡大するはず……。ユダ様の狙い通りだ」


 彼は懐から小さな魔道具を取り出し、スイッチを入れる。

 すると微かな光が放たれ、通信のような囁き声が聞こえてくる。


「次の手を打て。王国会談と連合軍会談のタイミングを見計らい、さらに魔物の出没情報を流すんだ。人々の恐怖が増せば増すほど、レイジの力を欲しがる連中が増える。あるいはレイジを排除しようとする輩も、な……」


 男は命令を受けて静かに頷く。

 ユダ・ブラッディの陰謀は、一歩ずつ王都と連合軍、そしてレイジを取り巻く世界に亀裂を広げている。


 ◇◇◇


 その頃、レイジは騎士団の狭い部屋で頭を抱えていた。

 自分の力を封印するのか、使いこなして世界を救うのか――決断を迫る時が近いことを、肌で感じる。


 (王との謁見まで、あと三日……。そのあいだに連合軍と騎士団の対立が激化したら、どうなる? 封印される前に戦争の道具にされるかもしれない……)


 何も分からない闇の中、レイジは古書のページをめくりながら、神の声を思い出していた。


 ――「世界が滅んでも構わぬ。お前の行動を観察するだけだ」


 不気味なほど冷たい、その声。

 もしあの『神』がすべてを見届ける存在だとしたら、いったい何のためにこんな実験を……。


 レイジは窓の外の夜空を見上げる。

 星が綺麗だが、その光景さえもいつかは命輝石の衰退で失われるかもしれないのだ。

 恐怖と焦燥が混ざり合い、胸が重くなる。


 (どうか、一筋の救いが見えてほしい……)


 そんな祈りめいた想いを抱きつつ、レイジは次第に瞼を閉じて眠りへ落ちていった。

 しかし、その眠りは浅く、悪夢のように不穏な気配が付きまとっているのだった。


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