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第4章:賢者学院での本格調査(2)

 レイジが胸の内で葛藤に苦しむ一方、リカルドは騎士としての立場で「この結果をアリシア隊長にも報告しないとな……」と呟く。

 アリシアは朝から王宮で報告業務に追われているらしい。

 王は近々レイジと謁見することを検討しているという噂もあり、騎士団内の空気はピリピリしている。


「もし王が『封印』を決断したら、俺はどうなるんだろう?」


 レイジがぽつりとこぼす。

 リカルドは言葉を飲み込み、返答に詰まる。

 セトと長老も、厳しい表情のままだ。


 現状、レイジは危険要素を孕む人物であると同時に、『大きな力』を秘めた存在。

 王国にとって利害が大きいのだ。

 ドームの空気が重く沈むなか、突然、扉のほうで騒ぎが起こった。

 スタッフの一人が駆け込んできて、声を張り上げる。


「た、大変です! 外の廊下に賊が……! いきなり守衛を襲撃し、学院の奥へ向かっています!」


 長老やセトが目を見張る。

 賢者学院は王都でも厳重に警備されている場所のはずだが、そんなところに賊が侵入するとは一大事だ。


 スタッフの話をまとめると、どうやら『闇商人の私兵らしき集団』が学院に紛れ込み、深層解析区画を目指して突進しているらしい。

 二、三人がすでに衛兵と交戦しているという。


「闇商人……ユダ・ブラッディの手の者か?」


 セトは顔を曇らせる。

 すでに噂を聞きつけて、レイジの力を手中に収めようとする勢力が動き始めたのだろうか。


「ここは学院の最奥に近い、貴重な研究区画だ。破壊されたらまずい、ましてやレイジが連れ去られる可能性だってある。急いで食い止めなければ」


 長老が即座に判断を下す。


「警備兵を増強しろ。結界を発動するために儀式室を解放するぞ」


 リカルドは騎士として剣の柄に手をかけ、レイジの前に立つ。


「レイジ、危ないから下がっていろ。賊が入り込めば戦闘になるのは必至だ。俺も防衛に加わるが、あなたを護るのが最優先だ」

「え、で、でも……俺も戦えるかも。前に岩狼を倒したみたいに――」


 口をついて出た言葉を、レイジは自分で飲み込んだ。

 使えば使うほど世界を蝕むかもしれない力。

 勝手に発動すれば暴走のリスクだって高い。

 リカルドは鋭い口調で言い放つ。


「だめだ。もし暴走したら学院ごと崩壊しかねない。それに、闇商人が狙ってるのはお前の力だ。ここで無闇に魔法を使えば、逆に敵に利用されることもある……」


 レイジは言葉を失う。

 たしかに、その通りかもしれない。

 勝手な行動は状況を悪化させる可能性が大きい。


「でも、何もしないってのも……」


 歯がゆさを感じながら、レイジは唇を噛む。

 ここで自分が力を使えば、仲間を守れるかもしれないが、同時に世界を蝕むリスクも増す。

 加えて、闇商人がその隙を狙ってくる恐れもある。

 まるで踏むも地獄、踏まぬも地獄だ。



 ドーム外の廊下では、すでにバトルの音が響き始めていた。

 金属がぶつかる音や呪文の閃光が、一瞬ごとに石壁を振動させている。

 学院の守衛や駆けつけた魔術師が応戦しているようだが、敵も手練れらしく、戦闘は激化しているらしい。


「レイジ、奥の部屋へ! そちらに隠れていろ!」


 リカルドが怒声に近い形で命じる。

 セトや長老も「賊には我々が応対する。あなたは動かないでくれ!」と叫ぶ。


 (ほんとに何もしないほうがいいのか……?)


 レイジは迷いながら、しかし今は騎士や研究者たちの意思に従うしかないと思い、深層解析ドームの裏手にある控室へ身を隠す。

 ドアを閉め、中の椅子に腰掛けると、胸の鼓動が高まってくる。

 扉の向こうから聞こえる叫び声や爆音が、そのたびに身体をビクッと震わせる。

 

 数分が過ぎたように感じるが、激しい音は止まない。

 むしろ徐々にこちらへ近づいているようだ。

 賊が深層解析区画に迫っているのか。


 (まずい……もしここまで来たら、俺を狙いにくるはず……)


 レイジの手のひらに汗が滲む。

 さらに数秒、いや数十秒だろうか。

 扉がガンッと大きく揺れ、衝撃音が鳴った。

 誰かが外から蹴りを入れたのか、鋭い声が響く。


 「ここか……! さあ出てこい!」


 明らかに敵側の声だ。

 レイジは息を呑む。

 気配は複数。

 足音も2、3人分はある。


 (逃げられない……! 助けを呼ぶ時間もない……)


 奥に隠れるしかないが、扉が何度も強打され、もうすぐ破られそうだ。

 こっちには武器もない。

 力を封じておくべきか、それとも――。



 渾身の蹴りが入り、扉の蝶番が外れかけた。

 ほんの隙間から鋭い視線が覗き込む。

 黒ずくめの男たちがナイフや小型の魔道具を手にしているのが見えた。


「ククッ、いたぞ……これが『世界を壊す力』とかいう代物か……。ユダ様に献上すれば、大金になるかもしれないな」


 鼻持ちならない笑みを浮かべる敵。

 レイジは歯を食いしばり、覚悟を決める。


 (逃げ場がない以上、やるしかない……!)


 それでも力を使えばまた世界を傷つけるかもしれないが、闇商人に捕らえられて利用されるほうが、さらに取り返しのつかない事態を招く可能性が高い。


 「くそっ! やるしかない!」


 レイジは椅子を蹴って立ち上がり、魔力を手のひらに集中させた。

 バンッ、と扉が破られ、敵の男が飛び込んでくる。


 一瞬、向こうもレイジの拳に宿る光を見てぎょっと目を見開いた。

 その一瞬を逃さず、レイジは咄嗟に魔力を解放する。


 ズンッ!


 衝撃波のようなものが男たちを押し戻し、廊下に吹き飛ばす。

 石床に転げた彼らは悲鳴をあげたが、一部はしぶとく起き上がろうとする。


「ぐっ……強い! だが、お前を捕らえれば、ユダ様が……」


 懲りずにナイフを構えて突っ込んでくるもう一人。

 レイジは恐怖で背筋が冷たくなるが、さらに魔力を放出して弾き飛ばす。


 自分の身体を鼓舞するようにレイジは前進し、廊下へ出る。

 すでに味方の兵士たちが敵を追い詰めているのが見えるが、闇商人の私兵らも粘っているようだ。


 そのとき、廊下の床に落ちていた『命輝石の小さな欠片』が目に入った。

 戦闘の衝撃で壁面の装飾が崩れ、そこに埋め込まれていたものが剥き出しになったのかもしれない。


 わずかに青い光を帯びたその欠片が、レイジの放出する魔力に反応したのか、鈍い火花を散らすように震えている。

 

 ――ゴリッ……。


 嫌な音と共に、命輝石にヒビが入った。

 レイジは一瞬、「しまった」と思った。


 (俺の魔力が干渉して、命輝石が壊れそうになってる……!)


 今すぐ戦いを終わらせなければ、この学院の貴重な資源をさらに傷つけてしまうかもしれない。

 そう思い、レイジは敵の男に向かって一気にダッシュをかける。


 「おまえらに捕まるわけには……いかないんだ!」


 サッカー部時代に培った瞬発力と身体能力がここで活きる。

 男の懐に一瞬で飛び込み、軽い身体捌きで腕を払うと、男はナイフを落としてバランスを崩した。


 レイジはそこにもう一度、魔力を微量ながら叩きつけるイメージで手を振るう。

 男は小さく叫びを上げて床に沈んだ。


 「やった……!」


 息を荒げながらも勝利を確信した瞬間、身体の奥に熱い痛みが広がる。

 力を使った反動か、頭痛がずきんと襲ってきた。


 ◇◇◇


 どうやら闇商人の私兵らは学院内の警備隊や魔術師、さらにリカルドたち騎士の応援によって制圧されたらしい。

 レイジを襲いに来た者たちも、最後には倒れ込むか逃亡するかで戦闘不能になった。


 ドームに戻ると、セトや長老が数名のスタッフに指示を出している。

 床には破損した魔術装置の破片が散らばり、ところどころに焦げ跡がある。


 どうやら賊の放った火の魔法具が爆発したようだ。

 リカルドが汗を拭いながらレイジのもとへ駆け寄ってくる。


「レイジ、大丈夫か!? 無茶するなって言ったのに……」

「ごめん、でもやらなきゃ捕まるかもしれなかったし……」


 レイジは顔をしかめる。

 今も頭痛が治まらない。

 力を使いすぎると命輝石の衰退を促進してしまう。

 しかも、それを狙う闇商人たちが次々出現すれば、いつまでも安息は得られない。


「ほんと、どうすればいいんだ」


 半ば自問のように呟いたレイジに、リカルドは返す言葉を持たない。

 騎士としては、レイジを封印すれば早いのかもしれないが、彼が助ける意志を示す姿を見ると、それも容易に踏み切れないのだろう。

 やや遅れてセトが近づいてくる。


 「外の応援も駆けつけて、賊は全員逮捕されたようだ。詳しい素性はこれから尋問するそうだけど、恐らくユダ・ブラッディの私兵だろうね。王都にまで潜り込んでるとは……」


 彼は悔しげに口を噤む。

 闇商人ユダは戦乱や混沌こそ自分の利益になると考える男だ。

 レイジを奪い利用する目的があっても不思議ではない。


 レイジは重苦しいため息をつく。

 学院側も今回の襲撃で相当な被害を受けたらしく、しばらく研究機材の修復や警備の見直しに追われるだろう。

 自分の魔力解析だって、途中段階で終わってしまった。



 賊たちを引き渡したあと、セトと長老は再度レイジを呼び止め、簡単に今後の方針を伝えた。


「調査は必要だが、これ以上学院を危険に晒すわけにもいかない。しばらくは『封印術』や『制御術』の文献を探して、段階的に研究を進めることになるだろう。君の力を、今すぐ活かすのは難しい」


 セトの言葉に、レイジは少し肩を落とす。


「俺がいるだけで、またこういう襲撃が起きるかもしれないし……俺の力も暴走の危険があるし……」


 長老は「おぬしを責めるわけではないが、結果的にリスクが高まるのは事実じゃ」と厳かに言う。


「そなたには近々、王都での『上層部の判断』が下るだろう。王との謁見もあると聞く。学問的には興味深いが、政治や軍事的には危うい問題ゆえ、心しておけ」


 その言葉には、『封印』という選択肢を王が下す可能性があることを示唆しているようでもあった。


 リカルドはレイジに「一度詰所へ戻ろう」と促す。

 セトは見送りながら「何かあれば連絡して。研究は続けるから」と声をかけてくれた。


 (学院にいれば制御法を探せるかもしれないけど、俺を狙う連中からの襲撃も増える……。そろそろ王が何らかの判断を下すはず。もし『排除』となったら……)


 頭痛に加えて心も痛む。

 レイジは騎士団の詰所へ向かう道すがら、うつむきがちに歩き続ける。

 周囲の人々は相変わらず『英雄様』として彼を見てくるが、それがむしろ皮肉に感じられた。


 彼の胸中には、「力を使って人を救いたい」という思いと、「世界を壊すかもしれない」という恐怖がせめぎ合う。

 それに加えて、闇商人の暗躍、学院や王宮の政治的思惑――何もかもが絡み合い、混乱を極めようとしていたのだった。


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