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香芹門、そして死の国へ

生死の狭間に立つ主人公、ノアを迎え入れるのは『再生の桉樹』と、くぐれば死者とみなす死の象徴『香芹門』。生家の道具として生きるか死に絶えるかの二択かと思われたノアの生涯に訪れる初めての第三の選択。生と死、それとも新しい世界か。まだ未熟な青年が選ぶのは……。

「体が、軽い……?」

謎の地に降り立った僕が初めに思ったのは、ここはどことか何が起きたんだとかそんなことではなかった。物心がつく前から謎の病に苦しめられていて、それが日常だった僕にとって今の不調もない軽い体は何よりの違和感だった。

「あれ……?僕は死んだはずじゃ。」

おそるおそる跳ねたり小走りしてみたりしながらふと考える。死んでいるかもしれないというのに、僕は自分でもおかしいと思える程には冷静だった。それは僕が早くに死ぬだろうなと幼少期から覚悟していたからに過ぎないのだが。

ともかく、意識を手放す前に死んだと確信した僕は、ここが死後の世界だと仮定することにした。

雲海のようなモヤが視界に広がる中、初めての健康的な体を堪能しながらここが何なのか調べてみることにした。

しばらく移動を続けていると、何か大きな何かと小さな人影を見つけた。

(きっと天界の使者かだろう)

ここが何なのか、自分は何をすればいいかを聞かないとどうしようもないので近づいてみることにした。


「こんにちは。少しよろしいでしょうか?」

話しかけた人物は僕の方を振り向くととても驚いたような仕草を見せ、一瞬天を仰いだ。

「■■■■■、■■■■。■■■?■■■■■?!■■■■■■……。」

「……え?」

何を言っているか全然分からない、いや、僕はこの言葉を知っている。確か家庭教師の先生に教えてもらった言語の中にあった気がする。確か……。

「す、すみません、?貴方は龍志大帝国の方ですか?」

「あぁ、そうだが。というかここら一帯はみんなそうだぞ?逆に君みたいな外国人はめったに見ない。」

あ、良かった。知識としては知っていたが、現地の人との実践はこれが初めてだった。

龍志大帝国。

僕の住んでいた聖サーツェル王国から大きく東に離れた国で、言語から文化から全く違う様式の国。互いに貿易関係を結んでいたため、言語だけでなく歴史や文化、情勢も頭に叩き込んだから少しだけ詳しく知ってる国の一つだ。

「いや待ってくれ!」

「はい?」

「君……、死んでいないな?」

「……え?」


自分は死んだのだと確信していた僕にとって、その言葉は信じられないものだった。

「いや、死んでないって言うならここは何なのでしょうか?僕が知らない間に旅行に来たとでも言うのですか?」

「いや、確かにこの世界は死者の世界さ。」

「ならどうして先程のようなことを……。」

「だって君、天使の関門を抜けてないだろう?」

「天使の、関門ですか?僕はそれを見たことも聞いたことも、ましてや抜けたこともありませんが……。」

「やっぱりな。君、俺の話してる言葉が母国語には聞こえてないよな?」

「はい。」

「全く、優秀だな。君、北欧の者だろうに、こんなに東の言葉が分かるなんて。さぞ勉学に励んだと見える。や、それはさておきだ。正規のルートで死んだ俺達は皆、天使の関門でこれを支給される。」

彼の手には、シンプルで真っ白なリングが乗せられている。

「これは翻訳機能を持ったアクセサリーで、これを身につけることで相手が知らない外国語を話していても、自分の最も馴染みのある言語、まぁ大体母国語に変換される。視覚にも影響を及ぼすから本とかも自動翻訳がかけられる。ほら、一回付けてみろ。」

そのまま渡されたので、ありがたく親指にはめてみる。

「ほら、どうだ?俺は変わらず龍志語を話しているぞ。」

「……すごいです!きちんとサーツェル語に聞こえますね!」

翻訳本独特の不思議な表現もなければ変なイントネーションでもない。声までも再現されている。もしこれが現世にあろうものなら翻訳家という職業がなくなるほどだ。どのような技術がなされてるか気にあるところだけど、ここは死後の世界。神様がなんやかんやしているのだろう、きっと人智を超えた力のはず。

「ありがとうございました。すごいですね、これ。これが亡くなってこちらに来たすべての方に支給されるんですね。」

リングを外して彼に返すと、なぜか呆然としたような表情をしながらそれを受け取った。

「あれ、どこか傷つけてしまいましたか?」

「い、いやそういうことではないんだが……。ところで君、龍志の血が入っていたりするのかい?」

「いえ、家は建国時からの貴族だったので。間違ってもそのようなことはないかと。」

「そうだったか、不躾な質問をしてすまないね。ただ、あまりに龍志語が流暢だったものでな。親戚に現地の者がいるのではないかと思ってしまった。」

「お褒めいただき光栄です。現地の方と話したことがなかったのですが、安心しました。」

安堵する僕に驚きながらも褒めてくれる男性、穏やかな雰囲気は束の間。すぐに彼は神妙な面持ちとなった。


「俺としても会えて光栄だったが、ここでお別れだ。もうこんなところに迷い込んでくるなよ。」

「え?」

「だって、君死んでないんだろう?君のように生者にしてここに迷い込む魂はたくさんある。そのための媒体を、俺は守護しているのさ。」

彼の後ろにある大きな樹。高い網壁に囲まれなおも存在感を見せつける大きな樹。

彼が言うにその木は『再生の桉樹』と呼ばれるもので、僕のように迷い込んできた生者の魂を正しく現世に送り返すためのものらしい。木の幹を抱きしめて目を瞑ると、すぐに意識が遠のいて、次目覚める頃には無事現世に戻っているとか。

「……開放したぞ。さぁ、戻るんだ。事情は知らないが、君を待っている人が沢山いるはずだ。」

確かに僕が意識を取り戻すことを望んでいる人はたくさんいる。父上に母上、使用人にお付きの医師。

けれど、それは全てランドルフ公爵家長男として死んだら血が途絶えるからというだけ。跡継ぎに死なれたら困るだけ。自分の世話が至らなかったからと解雇されないため。

『長男のノア・ランドルフ』が死ぬのは悲しめど、『少年ノア』が死んだことに関しては一切興味を示さないだろう。誰一人として。

「珍しい。このことを聞いた生者の魂はこの話を聞いた途端あの木にへばりつきにいくっていうのに。痛かったり気持ちが悪かったり、そんなのはないぞ?」

「……むしろ痛いのは現世に帰ってからでしょうね。」

「ん?どういうことだ。っまさか君」

「いえいえ、貴方が想像しているようなことはありませんよ。ただ、僕生まれつき身体が弱くて……」

どうせ今後会うことはないだろうと、自分の身の上話を、そして僕の本音を初めて人に話した。


「僕の意識が戻れば、皆安堵して、更に強い薬品が投与されるはずです。絶対に今後不備がないように、念入りに。きっと、身体への負担は高まるばかり。そろそろ社交場に出ろと言われるかもしれません。我慢を強いられ、思い通りになれば難易度を上げ、なんとか我慢に我慢を重ねて乗り越えようものなら、身体の弱い公爵家長男を立派に育て上げた父上の偉大さが国中に広まるでしょう。かつて不能と言われた父上が今度は一人息子を大事に育てた慈悲深く甲斐甲斐しい父親として。僕の苦しみなんて誰も考えず。」

「どうして、どうして貴族というのはそんなに残酷なんだ……。」

「血筋が最も大事だからです。王家も然り、僕達ランドルフ公爵家も然り。他の子爵男爵あたりは養子を取ったりするので緩かったりするんですけど、僕の家は王家の次の立場ですから、下手な公爵よりもよっぽど血筋主義です。」

「だから、逃げようもないと。」

「そういうことです。だから、今この時、奇跡を迎えていると思っています。死後の世界で、身体に痛みはなく、異国ながら言葉は拙くも通じる。こんなに素晴らしいことはありません。」


話す体力もなければ、それこそ途切れ途切れに話せたとしても両親や医師に僕の気持ちは一切通じなかった。それこそ、言語の障壁があるかの如く。

一方この世界は。

物心つく前には既に苦しみに耐える生活をしていた僕にとってありえないほどに体の調子がいい。これが本来の人間の感覚なのだと今この時、初めて知った。

わざわざあんな地獄に自ら戻る決断を下すほど、僕は強くもなければ意思もない。戻ったところで、公爵家の道具になるだけなのだから。


「今から、貴方にとっては変なことを言うのですが。」

「変な?」

「はい。僕、ここに残りたいです。」

「…………そいつは、珍しい。だが、君の境遇も考えると無理もないか。」

「分かって、いただけますか。」

「ただ、こんなことは前例にもないどころか俺が職務放棄してることになってしまいそうでな?俺としてはちょーっと怖いんだよなぁ。」

「……そう、ですよね。ご迷惑をおかけするようなこと言って、申し訳ありません。あの木に触れればいいんでしたっけ。」

「おいおい待て。まだ駄目だとは一言も言ってないぞ?」

「え?」

僕が戸惑っているのを横目に、彼はずんずんと雲海を切り裂いて進んでいく。

靄だらけだったのがいつの間に、赤くて大きな門にたどり着いた。

「立派だろ?ここは『香芹門』と言ってな。我らが龍志大帝国の死者が集う、銀竜大街の入り口のひとつだ。」

「銀竜大街……」

「香芹門をくぐれば、現世においては完全に死者として扱われる。それこそ上位存在にはバレバレだろうがな。まぁ人っ子ひとりのために何かするってことは考えにくい。つまりだ、ここをくぐってしまえば、たいてい後戻りできない。」

「つまり、大事な選択ってことですよね。」

「あぁ。銀竜大街の構成員は全員龍志の人間。文化も違えば環境も違う。君に至っては言語も違うってわけだ。現世に戻ったほうが楽、とは君の前ではとても言えない。だがここが最善とも言えない。ここに残るってことは即ち自分の全てをかなぐり捨てるということだからな。」


…………そうだ。家庭教師に教わったあの時だって文化や信仰に関しての違いに内心驚いていた。実際にクラスとなればそのギャップにさらに苦戦することだろう。

だけど僕は。

こんな素晴らしい環境で、自分を一回リセットできて、人生をやり直せることのほうがよっぽど魅力的だ。現世なんか比較にもならない。

「親切な門番さん、ありがとうございました。僕にあの門を、くぐらせてください。」

「……あぁ。俺も、そのほうがいいと思っていた。行きなさい。そしてそこらの人に頼って生活を整えなさい。………元気でな。」

「親切な方、ありがとうございます。必ずうまくやって見せましょう。」


何度も何度もお辞儀をしながら、これからの彼の幸運と、またどこかで出会えることを祈った。

そうして僕は、香芹門を無事くぐり抜けた。

こんにちは、青りんごです。

第二話でございます。ここから語りは主人公・ノアくんとなります。一話は序章も序章だったのであのような形でしたが、これからはノアくんの見た世界を忠実に描写していきますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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