ノア・ランドルフという人物について
主人公、ノア・ランドルフの『生前』を描いたプロローグ。
とある世界のとある大陸。
その中にある聖サーツェル王国という国には王に次ぐ権力公爵家があった。
ランドルフ公爵家。
聖サーツェル王国において最も古い歴史を誇る公爵家であり、王国建立に尽力した唯一の血筋だ。更には王族の血も少し混じっているのだというのだから、王国での幅のきかせ具合は察せられるだろう。
そんな不変の大貴族、ランドルフ公爵家には歴史上類を見ない最上の危機に瀕していた。
健康な世継ぎが生まれないのだ。
(歴史に常に名を連ねていた公爵家がここで途絶えてしまう!)
焦りに焦った公爵家は側室を増やし、子を設けるのに必死になった。
いっそ男でなくてもいい、女に継がせることも厭わない姿勢を神に見せるなどもした。
それでも、新しい子は生まれなかった。
側室は増えに増え、ついに二桁になったあたりで矛先は現当主であるサルバン・ランドルフ公爵に向けられた。所謂、不能なのではないかという疑問だ。そのような事実を確かめる手段もないが、貴族において噂というのは多大な影響を与えるもの。ランドルフの現当主が不能かもしれないという噂は断言という形で社交界に広まった。
否定するにも時既に遅し。そこで公爵は、被害者面することにした。
不能ということを特に荒げて否定せず、一人息子を甲斐甲斐しく世話をしている、という噂を流させた。
長男であり世継ぎである男、ノア・ランドルフ。
彼は生まれつき体が弱く、7歳現在、ベッド上で生活しており部屋の外からは未だ出たことのない、文字通り箱入り息子。
本を読む気力はあるようで、知識においては父親である公爵と同等かそれを優に超えているのではないかと使用人から密かに噂されているほど。また、飛び抜けた美形の持ち主で、幼さは残れどそれがまた愛らしい雰囲気を醸し出している。病弱ゆえ細身で真っ白な肌のため儚さまでも持ち合わせている。当主として名を馳せるに相応しい才を持っているにも関わらず、ただ、体が悪かったばかりにそのすべてを閉ざされているのだ。
さて、当事者ノア・ランドルフはというと、自らの立場を残酷なまでに理解していた。
自分は大切なただ一人の世継ぎであること、各方面に多大な心配と負担をかけていること、自分が弱ってはいけないこと。
重々に理解しているからこそ、無自覚に日々ストレスを溜め込み続けていた。
社交界に出ること以外は何でもやった。健康になるために好き嫌いもできなかったしたくさん苦い薬も飲んだ。毎日のように医師の診察を受けた。それでも、一向にノアの様態は変化の兆しすらも見せなかった。
そしてノアが10歳の誕生日の日。
何かを盛られた。
夕食後の紅茶になにか毒でも入っていたのだろうと意識を失う手前ノアは思ったが、どうして死にかけの自分を弱らせようとしたのか疑問が募った。しかし意識を取り戻してから医師に聞いたのは衝撃的なことだった。
ノアをこのような状況に追い込んだのは、父サルバンだった。
しかし結果こそこうなってしまったものの、中身は毒ではなく医薬品だったそうだ。ただその医薬品は、成年になるまで飲んではいけないとされる作用の極めて強いもの。王国において成年は19歳。誤差どころではない。
「こんなの、毒を実親に盛られたのとなんの変わりもないじゃないですか先生。」
そう呟くノアに何度も何度も謝り続ける医師とメイドたちを見て、ノアはもう何も感じなくなった。
(きっと彼らも父上の命のもと動き、決して僕の味方ではいてくれないんだろうな。)
齢10の聡明な少年には少々残酷な仕打ちだった。
日に日に、使用される薬が強くなっているような気がした。実際その通りで、量や濃度を上げながらノアの体には高濃度の薬品が投入されている。
ただ成長するにつれ、痛みに耐える力もついてきていた。常人では立つことはおろか意識を保つことすらままならないような痛みで華麗に社交ダンスを披露したり、短い間なら一対複数の面会をこなした。
だが限界はつきもの。元々体力はない上、おぞましいほどの我慢によって成り立っていた時間。ノアはついに倒れてしまった。
ノアが倒れたときのランドルフ家の対応は一つ。藥品漬けである。意識が保てなかろうがとにかく効力の強い薬を体に入れ、ノアの様態を回復させるために尽くした。
日に日に強め、ものを変えた。
そしてついに、『秘薬』と呼ばれる禁忌に手を出した。
王立書庫の地下深くに収容される、有害書物のうちの一つに書かれる古いレシピ。入手経路は不明だが、ともかく国が禁止しているものにまで、手を出してしまったのだ。
効力が強ければ何でもいい、そう公爵は思ったのかもしれないが、彼はなぜ国が禁止しているかもっと考えるべきであった。
秘薬をノアに飲ませてから程なくして、ノアは生死の狭間に飛び立った。
初めまして、青りんごと申します。
本作主人公ノアの始まりの物語です。
今作は死を題材に作品を作っていますが、できるだけ重くなりすぎないように、でも締めるところはしっかりできるように書いていきたいと思っています。楽しんでいただけたなら幸いです。