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ぶっきらぼうだけど、本当は…

 ―――『あんたなんかいなければ良かったのよ』


 ……やめて、


『あんたは誰からも愛されていない』


 やめて、


『可哀想に。お父様はあんたのことなんて、娘じゃないって』


 やめて……。

 ごめんなさい、私が悪いの。

 私が生まれてきたのが悪かったの。

 誰にも望まれずに生まれてきたことはもう分かっているの。

 だから、ごめんなさい。

 生まれてきてしまってごめんなさ……―――





「ティアナ!」

「……っ」


 肩を強く揺すられたことで目が覚める。

 その声と肩を掴む手と、視界に飛び込んできた姿が誰のものか気付き、一気に頭が覚醒する。


「だ、旦那様!?」


 起きあがろうとした私の肩を旦那様がトンッと押す。

 それだけで私の身体は再びいとも簡単にベッドに沈んで。

 旦那様は私を一瞥して言った。


「疲労から熱が出ている。昨日の今日で身体が悲鳴を上げているんだろう。

 今はゆっくり休め」

「っ、でも、皇帝陛下は!? 私、とんでもなく失礼なことを」

「とんでもなく失礼なのはあいつの方だから気にするな。

 ……何が結婚相手を送り返すだ。わざと試しやがって」

「え……?」


 旦那様は長く息を吐くと、前髪をかき上げて呆れたように言う。


「全部あいつの手の平の上で転がされてるいるということだ、俺も君も。

 あーやって人を試すような真似をして様子を見るのがあいつのやり方だからな。本当にタチが悪い上に悪趣味だ」

「では、私を送り返すというお話は」

「試したんだ。君ではなくこの俺をな」

「え……」


 旦那様のお言葉にふと国王陛下のお言葉が蘇る。

『巧みな話術で相手を翻弄し、情報を引き出すことが得意な要危険人物だから注意するように』というお言葉を。


「だから気にするな。君を王国に返すなんて、俺もバルドゥルも微塵も考えていないということだ。

 バルドゥル自体、俺と君に向かって“おめでとう”と祝福の言葉を述べた。

 その時点で俺の妻としてあいつが認めたということだ。

 ……だから泣くな」

「!」


 伸びてきた旦那様の指先が目元に触れ、拭われる。

 その指先が濡れているのを見て慌てて謝った。


「申し訳ございませ」

「君はそればかりだな。謝る必要はないし謙遜する必要もない。

 ……君は俺の、妻なのだから」

「……!」


 じわり、と再び頬に熱が宿る。

 そんな私に気付いた旦那様が眉間に皺を寄せて言った。


「また熱が上がったか? ローナを呼んでくる」

「あ、あの!」


 旦那様の裾を咄嗟に掴む。

 驚いたように振り返った旦那様を見て、私は謝罪ではなく違う言葉を口にした。


「ありがとう、ございます」


 それに対し旦那様は小さく目を瞠った後、じっと私を見つめて尋ねた。


「……一つ、聞いても良いか」

「はい」

「なぜ、帰りたくないと言った」

「……!」


 息を呑む。その間に、旦那様は私から目を逸らすことなく冷静に言葉を続ける。


「普通の令嬢ならば実家が一番だろう。大切にされていたら、このような場所ではなく母国に帰りたいはず。

 だというのに君は、泣いて嫌がった。

 感情表現が上手く出来ないということも、身体に出来ている無数の痣のことも、使用人達から聞いている。

 そこから導き出される答えとして、君は母国で大切に暮らしてなどいなかった。

 異論はあるか」

「…………」


 怖い。自分のことをまだ、旦那様に話す勇気はない。

 けれど、救ってくれた旦那様に伝えなければ。

 そうして沈黙を破るように、震える声で一言、乾いた喉でかろうじて答える。


「……私は、望まれて生まれてきた子供では、ないんです」

「…………」


 旦那様は何も言わない。

 私が伝えたことも、今まで頭の中では分かっていたことだというのに、口に出したことでどうしようもない感情に襲われる。


(泣いては駄目)


 旦那様を困らせてしまう……と、泣き顔を見られないように布団を被り直そうとした手を旦那様に掴まれ、阻まれる。

 驚いて旦那様を見やれば、旦那様もまた一言口にした。


「それは、辛かったな」

「……!」


 そう言ってから、旦那様は私のおでこに手を載せ、「熱い」と呟いてから先程まで座っていた椅子に再び座る。

 その光景を見て戸惑う。


「あ、あの……?」

「良いから、眠れなくても目を瞑っていろ。……側にいるから、何も考えずに今はゆっくり休め」

「……っ」


(旦那様は……、やはり優しい)


 ぶっきらぼうな口調だけど、その節々から私を案じてくれているのが伝わってきて。

 届くかどうかは分からないけど、「ありがとうございます」と呟き、目を閉じる。

 もう、悪い夢を見ることはないだろうと、漠然とそんなことを考えて。

 初めて温かな微睡に包まれて眠りに落ちた。




 翌朝。目が覚めて、ローナ伝に皇帝陛下からのお手紙を頂いた。

 お手紙には、意地悪なことを言ったということについての謝罪と、旦那様が見たこともないほど怒っていたという旨が知らされていた。

 そして。


『アレックスは不器用だから分かりにくいかもしれないけど、きっと貴女を大切にしてくれるよ。誤解しないであげてね』


(存じ上げております)


 旦那様は、誰よりも優しいお方だと。

 二度も救ってくださった旦那様は、まさに私にとっても英雄で。

 だから私も、旦那様のお役に立ちたい。

 返事は不要と書いてあるけど、元気になったらすぐに皇帝陛下にお返事を書こう。

 そう心に決め、今は早く体調を戻さなければ、ともう一度眠りにつく。

 そうして何度眠りについても、あの悪い夢はまるで幻だったかのように、その日以降一度も見ることはなくなった。

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