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皇帝バルドゥル・ウィバリー

 バルドゥル・ウィバリー皇帝。

 現在齢25にして、旦那様とほぼ同年に皇帝の座に着いた若き皇帝陛下。

 穏やかな見た目に反し、巧みな話術で相手を翻弄し、情報を引き出すことが得意な要危険人物だから注意するように、と国王陛下に言われていたけど……。


 場所を移し、応接室に移動した私達は、今その皇帝陛下と向き合う形で長椅子に座っている。

 そして、開口一番に口を開いたのは皇帝陛下からだった。


「改めまして、我がウィバリー帝国へようこそ、ティアナ・ベート嬢……、いや、今はクレイン夫人と呼ぶべきか。

 私がこの国の皇帝のバルドゥル・ウィバリーだよ。よろしくね」


 スッと差し出された手に驚き、皇帝陛下の御手を握って良いのか戸惑っていると、旦那様がその手を一瞥して言った。


「ティアナ、握手などしなくて良い。

 バルドゥル、君は初対面から馴れ馴れしすぎる。

 第一嫁入りの翌日に訪問する奴があるか」

「わー、今日も今日とて機嫌が悪いねえ」

「誰のせいだと思っている」


 怒る旦那様と笑う皇帝陛下は仲が良いようだけど、殺気立つ旦那様の姿に戸惑ってしまっていると、今度は皇帝陛下が私を見て言った。


「ほら、花嫁さんが怯えているよ? そんな怖い顔をしないで」

「だから誰のせいだと思っている! 無茶を言うな」


(私のせいで旦那様のお怒りが増している気がする……)


 だからと言ってお二人の間に割り込むのは不躾な気がして、そっと旦那様の袖を引く。

 すると、バッと驚いたようにこちらを見た旦那様と目が合って。

 慌てて言葉を発した。


「申し訳ございません。私も、自己紹介をさせて頂いた方がよろしいかと思いまして……」


 高貴なお二方の視線に居た堪れなくなって尻すぼみになっていった言葉に、皇帝陛下は慌てたように言う。


「こちらこそ、驚かせてしまったよね。私は皇帝でありながらアレックスとは旧知の仲でね、いつものやりとりだから気にしないで。

 では、気を取り直して自己紹介をお願い出来るかな?」

「はい」


 その言葉に頷くと、頭を垂れて口にした。


「改めまして、昨日付けでアレックス・クレイン様の妻となりました、ティアナ・クレインと申します。

 この婚姻が両国の新たな関係を築くことが出来ましたら幸いです。

 至らぬ点等多々あるかと存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます」


 立っていたら臣下の礼をとるのだけど、今この場で立ち上がってしまったら皇帝陛下を見下ろすことになると考え、お辞儀の角度を気を付けて頭を下げれば、皇帝陛下からほぅとため息が漏れる。


「なるほど、安心した」

「え……?」


 皇帝陛下はフッと笑うとにこにこと笑みを浮かべて言った。


「アレックス、良いお嫁さんと結婚が出来てよかったね。おめでとう」

「…………」


(だ、旦那様の無言が辛い……)


 皇帝陛下は苦笑いした後、今度は私をじっと見つめて言った。


「それから貴女も。こちらから要求したことだけど、敵国の、それも帝国という見知らぬ脅威の地に勇気を出して嫁いでくれてありがとう。

 不安だったよね。我ながら女性にとっては酷な条件を出してしまったと思ったけど……、こうでもしないとアレックスが一生独身を貫きかねないなと思ったんだ。

 だからちょっとした兄心からと、敵国がどんな女性を送ってくるかという興味があって、“英雄に花嫁を”という条件を入れてしまったんだけど」

「迷惑だ」


 旦那様の言葉に一瞬ツキリと胸が痛む。

 やはり私のことを快く思っていないんだと俯くと、旦那様は言葉を続けた。


「俺は良い。だが、彼女は君の言う通り国のために嫁がされたんだぞ。

 ……まだ18歳、彼女は少し変わってはいるが優しいし綺麗だし、これからいくらでも俺なんかより良い男がいたはずだ。

 それを“悪魔辺境伯”なんて不名誉な名で呼ばれている俺に、国のためだとか言われ問答無用で嫁がされた彼女が可哀想だ」

「……!!」


(旦那様、もしかなくても私のためにこんな、怒ってくれているの……?)


「じゃあ彼女を送り返す?」

「「……!?」」


 思いがけない言葉にハッと顔を上げる。

 隣にいる旦那様も、息を呑んだのが聞こえてきて。

 皇帝陛下はにこにこと私達を見て腕を組むと、口を開いた。


「『彼女では駄目だ』、または『やっぱり花嫁はいらない』でも良い。

 そういえば、君のお望み通りになるよ、アレックス。

 だって私の言葉一つで、条件などいくらでも変えることが出来るのだから」

「っ、貴様……!」


 旦那様が激昂したのが分かる。

 だけど、そんな旦那様の言葉をそれ以上聞きたくなくて、失礼だしはしたないとは分かっていても咄嗟に叫んでいた。


「嫌です!!」

「「!」」


 ギュッと膝の上で拳を握れば、その上に涙が落ち、雫が出来てドレスや手を濡らす。

 泣いては駄目だという気持ちに反して、頭は朦朧とし、息が苦しくなり意識まで混濁してくる。

 それでも、口にしないわけにはいかなかった。


「私は、帰りたくない、です……、旦那様のお役に立てるのなら、どんなことでも、します。

 ですから、私を、送り返すことだけは……」

「もう喋るな」


 いつの間にか近くにいた旦那様の制する声に、ヒュッと息を呑む。

 それと同時に、身体から力が抜けて……、長椅子に倒れ込む前に、ふわりと力強く温かな腕に抱きしめられた、そんな気がした。

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