不器用な旦那様
「ん……」
朝。ぼやけた視界を鮮明にするために数度瞬きをした後思い出す。
(そうだわ、私、昨日辺境伯様の元へ嫁いできて、それで……)
「おはようございます、ティアナ様」
侍女達がカーテンを開けてくれる音と声をかけてくれたローナの声に我に返り、言葉を返す。
「おはようござ……、おはよう、ローナ」
つい敬語で答えようとしてしまったものの、昨夜侍女達から女主人となるのだから敬語を使わないように、と言われたことを思い出して慌てて敬語を使わずに言い直せば、ローナは昨日と同じようににこっと明るい笑みを浮かべながら答えてくれた。
「起き上がって頂いたところ申し訳ございませんが、もう一度ベッドに横になっていただけますか?」
「……?」
不思議に思いつつ言われた通り再度ベッドに横になれば、「少し冷たいかもしれません」と言いながら、目元にヒヤリとした感触のタオルを置かれる。
「これは……?」
「冷えタオルです。次は温かいタオルを置いていただいて、それを何度か繰り返し行うことで目元の腫れが引くんですよ。
昨夜はそれはそれは酷い夜だったとお聞きしましたから」
「!? 旦那様から!?」
「あぁ、いけません。起き上がらずにそのままで」
「ご、ごめんなさい……」
ずれ落ちてしまったタオルを自ら目元に置き、一度息を吐いてから恐る恐る問いかける。
「旦那様、怒っていたわよね」
「怒っていらっしゃいましたけど、辺境伯様が全面的に悪いと思いますのでティアナ様がお謝りになられることではございません。
ネイトさんも怒ってこんこんとお説教されていましたから、辺境伯様も反省なさっているはずです。……多分、きっと」
「わ、私がいけないのよ。辺境伯様は身命を賭して国を守っているんだもの。
それなのに私が命を軽んじるような発言をしてしまったのだから、謝るべきは私の方だわ。
改めて謝罪をしたいのだけど、今日も旦那様はお忙しいかしら?」
「そのことですが、本日のご予定についてお話が……」
今日は食堂に向かい、昨夜のように豪華で美味しい朝食を出して頂いたことに感謝しながら食事を済ませると、案内されて向かった先、玄関ホールには旦那様のお姿があって。
「おはようございます、旦那様」
昨夜の今日でお顔を伺いながらご挨拶をすると、旦那様は私を一瞥して視線を逸らしてから口にした。
「よく眠れたようで何よりだ」
「……!」
(そうよね、朝のご挨拶をするには遅い時間だったわよね)
いつもなら日が昇る前に起きて屋敷内の仕事をしていたというのに、昨日は長旅と緊張とが相まって疲れていたのか、かなり遅くまで眠ってしまっていたことを指摘され、慌てて頭を下げて口にする。
「申し訳ございません、用意して頂いた寝具がとても快適で、おかげさまで長く眠ってしまって……」
「謝れとは言っていない」
「申し訳……、は、はい」
「……まあ良い。責めたつもりはないから誤解しないように。
俺と違って早起きをする必要はないのだから、今後も体調を崩さない程度にゆっくり過ごすと良い」
「…………」
(昨夜から思っていたことだけど、旦那様って口調がぶっきらぼうなだけで本当はとても優しいのではないかしら?)
多少なりとも気圧されそうなオーラがあることで、余計に誤解を生んでしまうのではないかしら、などと不躾にも旦那様をじっと見つめて分析してしまっていると。
「……そんなに見つめられる覚えはないんだが」
「す、すみません」
慌てて謝罪すると、旦那様は乱暴に頭をかいて口にした。
「昨夜は、悪かった」
「……えっ?」
「必要以上にカッとなってしまった。すまない」
そういえば私が謝らなければいけなかったということに気が付き、青ざめながら口にする。
「い、いえ、私が悪いのです。あんなことを口にすべきではなかったと。
……生きたくても生きられない人も大勢いらっしゃる中で、私は」
「もう良い。これから賓客があるんだ、そんな顔をするな」
「も、申し訳」
「謝るな」
「はい……」
また怒られてしまった、と項垂れる私に、旦那様は咳払いをすると口にする。
「一応言っておくが、俺はもう怒ってなどいない。
性格も口調も元からこんなで無愛想だから勘違いされるかもしれないが、俺はただ君は俺の妻となったのだから堂々としていろと言いたかったんだ。
……ただ、それだけだ」
「!」
(俺の、妻……)
その言葉に、なぜだかじわりと頬が熱を持つのを感じて。
あれ、おかしいわと頬に手をやり、俯いた私の視界に旦那様の手が入ってきたところで。
「あれ? もしかしてお邪魔しちゃった?」
「「!」」
ハッとして顔を上げれば、そこにいた人物は。
「……バルドゥル」
旦那様の呟きに思わず凝視してしまう。
(この方が、12の国を属国にした現皇帝陛下……!)
長い銀色の髪を無造作に一つに束ね、蒼玉の瞳を持つ神秘的な印象を与える男性は、やあ、と旦那様に向かって手を挙げた。