悪魔辺境伯の幸福花嫁
旦那様と想いが通じ合ってから半年。
長いようで短い半年の間で、色々な変化が起きた。
その中でも最も大きかったのは、やはりヘルツベルク国とベート侯爵家に下った処罰だろう。
ヘルツベルク国の国王陛下の処遇は、花嫁に選ばれた私の調査を一切行わなかったものの、私に花嫁道具を贈ってくださったことも含め、決してウィバリー国のことも、花嫁として送られた私のことも軽んじてはいなかったことを加味された。
そのため、進言通り国王陛下が退位し、新たな国王を立て、属国として皇帝陛下に絶対の忠誠を誓うことで決着がついた。
そしてベート侯爵家は、領地民に重税を課し、禁じられた違法物の密輸や人身売買など、悪に手を染め贅沢の限りを尽くしたために領地ごと取り潰され、元侯爵様は爵位剥奪の後、場所さえも明かされていない重罪人が送られる、生涯過酷な労働を強いられる環境での監獄生活が待っているという。
元夫人とビアンカ様は元侯爵様の悪事を知らなかったものの、その多額のお金の出所に見て見ぬふりをしていたとされ、元夫人は極寒の地にある修道院に、ビアンカ様は国で最も厳しいと言われる修道院での監視生活を余儀なくされた。
そして、私と旦那様は……。
「まさか、こんなことになるなんてな」
そうポツリと呟いた旦那様を見て、恐る恐る見上げて尋ねる。
「旦那様は、お嫌ですか?」
「……そうだな。嫌だと思う。だって」
旦那様が私の顔にかかっていた髪をそっと耳にかけてくれながら、少し拗ねたように言った。
「君のこんなに可愛い姿を、万人の目に触れさせたくない」
「……っ」
そんなことはない、と言おうとしたけれど、恥ずかしくて上手く言葉が出てこなくて。
旦那様は、「それに」と私の額に触れるだけのキスを落としてから言う。
「大勢の前で結婚式を、と提案された時は君も狼狽えていたじゃないか。それに今も……、ほら、こんなに緊張している」
「っ」
まだ手袋をしていない指先は確かに冷たくて。
旦那様が温めるように包み込んでくれるのを見て、バレバレだったんだわと苦笑いしてしまいながら言葉を返す。
「正直、緊張しない方が難しい、と思います。
他ならぬ皇帝陛下とキャシー様……、皇妃殿下と同じ教会で、国民にお披露目を兼ねた結婚式をとご提案されたのですから」
あの後、旦那様と想いが通じ合ったことを皇帝陛下、そして今はご結婚されて皇妃殿下となられたキャシー様にご報告したところ、皇帝陛下からご提案されたのだ。
『私達が挙式した後、同じ場所でお披露目を兼ねた結婚式を執り行うのはどうだろうか』と。
「無理をしなくても良かったのではないか?
俺達の間で既に話し合って、挙式すること自体は決めていたのだから」
旦那様のおっしゃる通り、紙だけだったはずの婚姻を形にすべく、式を挙げようと提案してくださったのは、他ならない旦那様だった。
私はあまりの嬉しさに涙を流してしまいながら二つ返事で受け入れ、そのことも皇帝陛下にご報告した矢先にご提案されたことだったのだ。
「……辺境伯様であり、英雄でもある旦那様のお姿を皆様に見ていただきたかったのです。
旦那様は正しく英雄という名に相応しい素晴らしいお方であり、嫁いできた私はとても幸福な花嫁だと。
皆様に証明したかったのです」
「……!!」
私はこの国に来て、旦那様に嫁いだことで救われた。
だから、旦那様は“悪魔辺境伯”などと呼ばれる謂れはなくて、本当は、優しくて正義感が強くて素晴らしいお方なのだと、辺境伯夫人として隣に立つ私が広めていけたら。
そんな思いで、今日という日を臨んでいる。
(大勢の前に立つのは、緊張してしまうけれど)
頑張らなければ、と窓から雲一つない空を見上げていたところで、旦那様が口を開く。
「……その気持ちは嬉しい。だが」
「!」
旦那様は私の手を持ち上げ、その手の甲にも口付けながら言った。
「“悪魔辺境伯”である俺の全てを知っているのは、君だけで良い。
……いや、まだ全ては見せられていないな」
「えっ?」
思いがけない言葉に目を見開く私の耳に顔を寄せると、旦那様は小さく笑いながら囁いた。
「俺が君をどれほど愛しているかをまだ伝えきれていないから、これからはこの身をもって全力で伝えるとしよう」
「……っ!?」
その言葉が、妙に艶っぽく聞こえて。
慌てて距離を取り、バッと耳元を押さえた私を見て旦那様は悪戯っぽく笑いながら尋ねた。
「どうだ? 少しは緊張が解れただろうか?」
「〜〜〜よ、余計に緊張しますっ!」
「ははは」
旦那様が屈託なく笑う。
その笑顔を見るだけで、ポカポカと温かい心地に包まれて。
私もクスクスと笑ってしまえば、旦那様は「そうだ」と思いついたように言う。
「肝心なことを伝え忘れていた」
「肝心なこと……?」
首を傾げた私に、旦那様は頷き言葉を紡いだ。
「俺も、ティアナがティアナとして生きて、俺の元まで来てくれて良かった。
俺にとって君は、これ以上ない幸福をもたらしてくれた最高にして最愛の花嫁だ」
「…………っ」
それは、私が背中の傷を旦那様に初めて見せた、あの日の夜に伝えた言葉。
旦那様は今、改めて私に伝えてくれたのだ。
私の生い立ちごと、私の全てを受け止めてくれると。
ローナやキャシー様監修の元、試行錯誤して施してくれた綺麗なお化粧が崩れてしまうと分かっていても、その言葉を聞いて涙せずにはいられなくて。
焦る私に、旦那様は困ったように笑って言った。
「すまない、今すべき話ではなかったな。
まだ式まで時間があるから、化粧を直してもらうためにローナ達を呼んでくる。……ティアナ?」
踵を返そうとした旦那様の服の裾を握って引き止めると、私も、と言葉を返した。
「旦那様……、いえ、アレックス様がアレックス様として生きてくださっていて良かったです。
私にとってアレックス様は、ただ一人の最高の英雄であり最愛の旦那様であり、その旦那様の妻になれた私はこれ以上ない幸福な花嫁です……!」
「……ッ、ティアナ」
不意に顔に影がさす。
すまない、と言う言葉の意味を聞き返す間もなく、旦那様の唇が私の唇に重なった。
そして、幾度となく分け与えられる熱に酔いしれる間もなく、いくら何でも遅いと痺れを切らしたキャシー様方が突撃してくるのは、この後すぐのお話。
かつて“悪魔辺境伯”と呼ばれた辺境伯が迎えた花嫁は、敗戦国の侯爵令嬢だった。
その“悪魔辺境伯”と元侯爵令嬢が初めて民の前に姿を現した時、人々は驚愕したという。
誰が“悪魔辺境伯”と呼び、誰が嫁いだ花嫁を可哀想と思ったか。
互いに目を合わせ、照れ交じりに心から笑い合う美しい彼らの仲睦まじい姿は、その姿を一目見た民達を虜にし、その日を境に“悪魔辺境伯”という呼び名は一瞬にして消え去ることとなった。
悪魔辺境伯に幸福をもたらし、幸福に包まれた花嫁。
互いに手を取り合い進む二人の未来は、どんな困難にも負けない幸福に満ち溢れている……―――
『悪魔辺境伯の幸福花嫁〜旦那様、私は貴方のお役に立てていますか?〜』、ついに完結です…!
大変長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでした(泣)
当初予定していた6月の完結から半年以上もかかってしまいましたが、読者の皆様のブクマや評価、いいねなどの応援がいつも励みになり、無事に完結出来たことを嬉しく思いつつ、ホッとしております。
作者初のドアマットヒロイン・ティアナと、もしかしたら作者史上最高に不憫なヒーロー・アレックスの境遇に、私自身心を痛めながら何とか無事に幸福な結末へ導くことが出来ました…!
皆様楽しんでお読みいただけたでしょうか?
ざまぁやハラハラドキドキ、最後にはアレックスが若干キス魔になっているような気がしなくもないですが(笑)、アレックスは恋に気付いたら溺重男子だと思っております!ティアナは純粋な女の子なので、アレックスに振り回されつつちゃんと受け止めてあげそうです(笑)
そんな二人の物語を最後まで見届けていただき、本当にありがとうございました!
次回作は鋭意執筆中、そして他作品で恐縮ですが、先月コミックス第一巻が発売された『愛されない悪役令嬢〜』、なろう本編が二年という歳月を経てついに来週木曜日に完結!しますので、是非こちらもチェックしていただけたら本当に嬉しいです…!!
最後になりましたが、あとがきまでお読みいただきありがとうございました!
またどこかで作者の作品をお読みいただけたらとっても嬉しいです。
2024.12.19.心音瑠璃




