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悪魔辺境伯の幸福花嫁〜旦那様、私は貴方のお役に立てていますか?〜  作者: 心音瑠璃


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旦那様の過去

「先ほども言ったように、俺は前辺境伯の息子でも血縁者でもない、赤の他人だ。

 なぜなら俺は、本当の親の顔も知らない孤児院育ちの孤児として、前辺境伯の目に()()()()留まってここへ連れて来られたのだから」

「…………!」


 旦那様の口から淡々と紡がれる言葉は、どれも聞いたことがなく驚くばかりで。それに。


(自分のことなのに、まるで他人事のように話されているわ……)


「連れてこられたのは十年程前。

 ある日突然前辺境伯が孤児院を訪問してきて、そこで尋ねられた。『俺の息子として辺境の地に来ないか』と。

 当時英雄と呼ばれていた辺境伯の噂は孤児院育ちの俺の耳にも入っていたから、その時は何の疑問も持たず、むしろ自分が選ばれたことが嬉しくてその言葉を受け入れた。

 ……それが悪夢の始まりだったとは知らずに」


 そして、旦那様の口から紡がれる幼少期時代のお話は、想像を絶するものだった。

 旦那様の生活は孤児院育ちから一転、貴族としての嗜みや次期辺境伯に必要な知識や教養、武術や剣術、馬術などを一から学ばされた。

 稽古以外で外に出ることさえも禁じられ、少しでも休もうとしたり覚えられなかったりすることがあると、罵声を浴びせられたり鞭で打たれたりすることは日常茶飯事だったらしい。


「っ、何てひどいことを……」


 悲鳴交じりに口元を手で押さえた私に、旦那様は眉尻を下げて問う。


「……やはり話さない方が良いだろうか?」

「い、いえ、続けてください。私なら大丈夫です」


 慌てて首を横に振り続きを促すと、旦那様は困ったように、でも少し安堵したような顔をしてから言葉を続ける。


「前辺境伯は英雄として名を馳せ、人当たりも良く性格までもが英雄だと評判だった。

 しかしそれはほんの表の顔の一部であって、裏では残酷な面を併せ持つ人だった。

 まあ、そうでなければ戦場に立つことなど出来ないのだが。

 前辺境伯は、それを俺にも強いた。今思えば、俺を自分の手駒として扱うためだったのだろう。

 少しでも、自分の危険や負担を減らし、秘密裏に牛耳ることが出来る良い駒にするために」

「駒……?」

「あぁ。何せ俺は、連れてこられてわずか一年後には戦場に立たされていたからな」

「一年!? それってまだ、11歳……?」


 思わず口にした言葉に、旦那様は肩をすくめて笑う。


「ありえないし普通の父親がすることではないだろう? まあ、普通の父親がどんなものだか俺にも分からんが。

 初陣である戦場で、俺は案の定死にはぐった。

 そんな俺に、あの人はこう言ったんだ。

『実地で学ぶのが一番だ』と」

「っ……」


 あまりにも壮絶すぎて、言葉が出てこず顔が歪むのが自分でも分かる。

 旦那様は、「そんな顔をするな」と笑って言った。


「もう過ぎたことだ。それに、俺はこうして生きているのだから大丈夫だ」


 そう言いつつも、旦那様は私から視線逸らし俯いたことでまた顔に影を落とす。


「問題は、その後。俺が何度も死にかけながらも戦場に立ち続けて、いつしか前辺境伯よりも戦場に立つことが多くなったある日。

 あの人はとんでもない作戦を立てたんだ。

 敵国に攻め入るために、自国の民が住んでいる街を通り、その国の民が暮らす街を占領した後、俺達を迎え撃つ準備をしている敵兵の背後を突く。

 つまり、武器を持たない両国の民をも背後から襲い巻き込む、悲惨なやり方だ」

「どうして、そんなことを」

「武装した相手側の兵がいた場所は平地だった。

 そのすぐ隣には険しい山地があって、そこは戦場には不向きなために攻め入られることはないだろうと、敵国はたかを括っていたらしい。

 だからこそ、前辺境伯は絶好の機会だと、迷わず多くの犠牲を出すであろう山地から背後に回り込む戦法を取ろうとした。

 自国の民を避難させなかったのも、相手側に気付かれないようにする作戦の内だと」

「……つまり、前辺境伯様にとって国民が犠牲になるのは、仕方がないことだというお考えだったのですか?」


 思わず尋ねた私の言葉に、旦那様は「いや」と考える間もなく口にした。


「仕方がないというよりは、『どうでも良かった』のだろう。

 前辺境伯はとても残忍な人だからな」

「……っ」

「理解しようとしなくて良い。あの人の考えは死してもなお俺にも未だに理解し難いし、理解しようとも思わない。

 ……だからこそ作戦を告げられ、命じられた時に俺は、あの人に対する最初で最後の反抗をすることになった。

『その命令には従えない』と。

 そう言った俺に、あの人は腰に差していた剣を抜いて俺に向けて言った。

『俺の命令に従えない人間を側には置いておけない。育ててやった恩を仇で返すような息子はいらない』

 迷いなく発せられた言葉は、反抗した俺に対する怒りからの反射的なものだったのか、将又日常的に思っていたことで潜在的なものだったのかは分からない。

 だが、血反吐を吐くほどに厳しく育てられても、俺を育ててくれた前辺境伯を、やはり心のどこかで父親だと思っていた部分は確かにあって。

 その前辺境伯が俺に刃を振り翳した時、ついに心は決壊して……、気が付いた時には前辺境伯が血を流し倒れていた。

 俺が握っていた剣には」

「旦那様!!」


 旦那様が最後まで口にするのを制するように、旦那様の頭に手を伸ばしギュッと抱きしめる。

 旦那様は一瞬ビクッと肩を震わせたけど、力なく笑いながら言った。


「何故、君が泣いている? 同情してくれているのか?」

「っ、違います……、いえ、違わないかもしれないけれど……、こうしなきゃ、いけない気がして」

「心配いらない。もう過ぎたことだ」

「……でも」


 私がそっと身体を離して顔を見ようとすると、逆に私の身体に回った旦那様の腕が痛いくらいに抱きしめて、離してくれない。


「……旦那様」

「大丈夫、俺は強い。強くなければ、いけないんだ……」


(……これが旦那様の本心)


 旦那様は、強いと思っていた。

 でも、そうじゃない。旦那様だって傷つくことはある。

 辺境伯という立場として、英雄と謳われる立場として、自分は強いと言い聞かせながら、傷ついた心にも身体にも幾重にも包帯を巻いて、必死に戦い続けた。

 だから旦那様は、いつしか私にこう言った。


『感情を殺しすぎて自我を失くすなど、笑えん話だからな』


 今なら分かる。

 あの言葉は、旦那様の身に実際に起きた言葉なのだと。


(そんな旦那様に今、私が伝えたい言葉は)


 私は、一度深呼吸してから口を開いた。


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