断罪の終わりと…
少し長めです。
侯爵様が膝をつき、項垂れたところで皇帝陛下は息を吐くと、国王陛下に向かって告げた。
「せっかく貴国とは友好な関係を築くことが出来ると思っていたのに残念だ。
処分は追って連絡する。
貴殿は帰国し城で待機、ベート侯爵家の身柄は我が城の牢で責任を持って預かるとしよう。
それで良いだろうか、ヘルツベルク国の王よ」
そう尋ねた皇帝陛下に対し、国王陛下は頭を下げた。
皇帝陛下はそれを是と捉えてからさて、とベート侯爵家の面々を見て口角を上げて言った。
「ベート侯爵家については、この件だけでなく随分と裏で悪事を働いていたという嫌疑もかけられていてね。じっくりと話を聞かせてもらおうか。
あぁ、真実を話さなければその分罪が重くなるからそのつもりで。
……さて、どんな処分が下るか今から私も楽しみだ」
「「ヒッ……」」
皇帝陛下の意味深な笑いにベート侯爵様と奥様が恐怖に慄く。
そのご様子と、皇帝陛下のお言葉が引っかかった。
(裏で悪事を働いていたという嫌疑……?)
思わず隣にいる旦那様を見上げれば、旦那様は私と視線を合わせて呆れたように頷いた。
それにより、旦那様はご存知だったことなのだと察して、もしかして、と思い至った束の間会場に声が響き渡る。
「納得がいかないわ!!」
「!?」
不意に耳に届いたビアンカ様の声に思わず身体が強張る。
そのビアンカ様の方を見やれば、彼女は両脇にいた騎士様方に羽交締めにされながらも鬼のような形相をして喚く。
「どうして! 私がこんな目に遭わなければならないの!?
全部あの疫病神のせいよ!!
そうよ、あんたのせいよ! あんたなんていなければこんなことにはならなかった!!」
「っ」
もう大丈夫だとは思っていたけれど、ビアンカ様の口から放たれる容赦のない鋭利な言葉の刃に酷く胸がズキズキと痛む。
そんな私の心を更に抉るように、ビアンカ様の言葉は続く。
「あんただけが幸せになるなんて……っ、いえ、違う。あんたは幸せになどなれない。
そうよ、だってあんたが嫁いだのは“悪魔辺境伯”。
血の繋がった家族をも殺すような残忍な方に嫁いだんだもの! 幸せになるはずがな」
「黙れ」
地を這うような声が耳に届いたと思った刹那、私の髪を不意に強く吹いた風がさらったかと思うと……。
「キャアッ!!」
ビアンカ様が悲鳴をあげる。
見ると、ビアンカ様の首に旦那様の剣が当たり、僅かに血が流れていた。
周囲もどよめく中、ビアンカ様を見下ろす旦那様の横顔は、ゾッとしてしまうほどの闇を湛えている。
凄まじい怒りのオーラを纏ったまま、旦那様は口にした。
「お前に何が分かる。喚くことしか出来ないこの喉を、今すぐ叩き切ってやろうか」
「っ、た、たすけ……」
ビアンカ様はそのオーラに気圧され、目から涙を流す。
一部始終を見ていた皇帝陛下は首を横に振って言った。
「アレックス、耳を貸すな。まともに相手をする価値がない。
……全く、愚か者達を相手にすると話にならなくて辟易するよ。早く連れて行って」
そう口にして追い払う仕草をした皇帝陛下に対し、私は思わず声を上げた。
「お待ちください」
私の声に、皇帝陛下も旦那様も振り返る。
私は息を吸うと、皇帝陛下に対し頭を下げてから口にした。
「……少しだけ、ビアンカ様とお話しさせていただいてもよろしいですか」
私の言葉に皇帝陛下は僅かに目を見開いた後、「構わない」と口にする。
それに「ありがとうございます」とお礼を申し上げてから、ビアンカ様の目の前、旦那様の隣まで歩み寄り立ち止まると……。
ーーーバチンッ
「「「!?」」」
ビアンカ様は頬を押さえて呆然と私を見やる。
ビアンカ様に向かって初めて手を上げた、私のことを。
そんなビアンカ様に向かって口を開いた。
「謝ってください。私の悪口はともかく、旦那様を侮辱するような真似は私が許しません!
旦那様は“悪魔辺境伯”などという名ではありません!
旦那様はとても優しくて、温かい人です。
あなたにとやかく言われる筋合いはありません!
それをいうなら、あなたの方が悪魔です!!
訂正してください!!」
(悔しい、悔しい!)
自分が悪口を言われるよりよほど、悔しくて、苦しい……。
涙がこぼれ落ちる。
何より、呆気に取られたように私を見上げるビアンカ様が、本当に腹立たしくて、嫌いだ。
それでも謝る気のないビアンカ様に掴み掛かろうとした私を、旦那様の力強い腕が引き留める。
「ティアナ、もう良い」
「っ、嫌です!」
「もう良い、大丈夫だから落ち着け」
「っ!」
旦那様は私を横抱きにすると、有無を言わさず背中を向けて歩き出してしまう。
「っ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
悔しくて、悲しくて。旦那様にしがみつきながら泣きじゃくる私に、旦那様は何度も言う。
「君が謝らなくて良い。泣くな。泣かれると困る。大丈夫、俺は大丈夫だから……」
そう口にする旦那様の声は、酷く弱々しくて。
そんな旦那様の声音に、余計に泣いてしまうのだった。
「ティアナ、泣くな」
馬車の中。旦那様の横で泣きじゃくる私に優しく言葉をかけてくれる。
その優しさにまた涙が溢れてしまうけれど、旦那様は困らせてはいけないと、涙を堪えて代わりに口にする。
「本当に、申し訳ございません……」
「だから、なぜ君が謝るんだ」
「姉が、旦那様の悪口を言ったからです」
「あれは君の姉などではない。似ても似つかない、別の生き物だ。
分かり合えるはずもないのだからまともに話をするな」
「…………」
(でも、ビアンカ様の言葉に旦那様も見たこともないほど怒っていた。今だって……)
思わず旦那様の顔に手を伸ばした私を、逆に掴まれてしまう。
ハッとして慌てて謝った。
「も、申し訳ございません、つい」
「いや……、俺も、悪かった」
無意識だったのだろう。
私の腕をそっと下ろしてから、旦那様もまたその手を下ろす。
何とも言えない沈黙が流れた後、旦那様は言葉を切り出した。
「でもまさか、君が自ら声を上げるとは思わなかった。
もし君が声を上げなくても、こうなることは分かっていた。
いや、こうなるように仕向けた、と言うべきか」
「! やはり……」
私の言葉に旦那様は頷く。
「ヘルツベルクは、国王が善良で国も上手く回っている。
しかし、ベート侯……あの宰相だけは違った。
密輸や横領、さらには人体に有害となる薬物の生産などにも関与していた」
「!」
それは私でも知らなかったことで。
思わず目を瞠った私に、「やはり君も知らなかったか」と旦那様は言って言葉を続けた。
「ベート侯の数え切れないほどの悪事に二人が加担していたかは分からないが、間違いなくその金で贅の限りを尽くしていたんだ、罪は免れん。
その上、血の繋がりのある君を奴隷のように扱っていたなどと決して許される罪ではない。
君がそれを皆の前に証言したことで、更に罪は重くなっただろう。
よく頑張ったな、ティアナ」
旦那様は優しく笑って私の頭に手を伸ばし……かけたけれどなぜか、その手は触れることなく力なく下された。
「……旦那様?」
「……いや。気にしないでくれ」
そう言ってふいっと顔を逸らす旦那様に、ズキリと胸が痛む。
(先ほども今も。明らかに距離を置かれた、よね……?)
そんな私の気持ちとは裏腹に、旦那様ははぐらかすように言う。
「とにかく、これで一件落着だ。だからもう、君は自由だ」
「! 自由……」
(そうか私、これで正真正銘自由になれるんだ……)
ベート侯爵家の方々はこれから法の下に裁かれ、罪を償って生きることになる。
そして私は、ベート侯爵家ではなくなって……。
(……あれ? それって)
「私、ここにいてもよろしいのですか?」
「え?」
旦那様がこちらを見る。
尋ねるのが怖いけれど、ギュッと膝の上で拳を握って尋ねた。
「もう、正真正銘ヘルツベルクの人間でも侯爵家の人間でもなくなった私が、旦那様のおそばにいても、よろしいのですか……?」
「……!」
旦那様が目を見開く。
次に発せられる言葉が自分から尋ねたのにもかかわらず怖くて、思わず目を瞑った私に旦那様は静かに言った。
「こちらを見ろ」
旦那様の声にそっと目を開ければ、旦那様は私の瞳から逸らさずに言った。
「以前も言ったと思うが、君はベート侯爵家の人間ではない。
あの家のことは忘れて、自分の思うように、自分の生きたいように生きると良い」
「……!」
(自分の、生きたいように……)
そう言われて、後もう一つ、と思い浮かんだ質問を旦那様に尋ねる。
「私は、旦那様のお役に立てていますか?」
旦那様はその言葉に眉間に皺を寄せてから間を置かずに答えた。
「役に立つ、立たないではなく自分のために生きろ」
(……あぁ、なんて、旦那様は優しいのだろう)
「っ、ティアナ!?」
慌てたように咄嗟に私に向けて伸ばされた腕を、今度こそ逃さないよう、引き留めるように両手で握った。
そして、震える声で告げる。ずっと言うことを憚られた、自分の素直な気持ちを。
「好きです」
「……え」
旦那様が小さく声を漏らす。
その顔を見つめるのは怖くて、ただ、溢れる涙を拭いもせず言葉を続けた。
「私は、旦那様と一緒に、生きていきたいです」
これにて夜会編終了です!
次回から最終編、二人の過去と恋愛模様に決着がつきます…!
まだまだハラハラドキドキが待っていますので、是非最後まで応援していただけたら嬉しいです。
(更新が遅く本当に申し訳ございません泣)




