休憩室にて
「……で? 今宵のファーストダンスを務めてくれた主役二人がこんなところで何をやっているのかな?」
旦那様の酔いを覚ますため、休憩室で休息を取っていた私達の元へ現れたのは、少し苛立ったご様子の皇帝陛下で。
そのお顔を見て慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ございません! 旦那様がワインに酔われたご様子でしたので、酔いを覚ますためにこのお部屋を使わせていただいておりました」
「……へえ? 酔いを覚ますために、お嫁さんの膝を借りて寝ているとはね」
「あっ……」
そうだったわ、酔いを覚ますためとはいえ私が提案してしまったことだし、これはかなり大胆な行動に出てしまったのでは、と慌てていると、膝越しに旦那様が肩を震わせているのが分かって。
そして、旦那様は笑いながら身体を起こした。
「ようやく気付いてくれたようだな」
「も、申し訳ございません、必死で、つい……」
羞恥が今更ながらにやってきて俯くと、ポンと私の頭に旦那様の手が載って。
見上げれば、旦那様は笑って言った。
「いや。俺も優しい君に甘えてしまったのだからお互い様だ。
それに、おかげでよく眠れた。ありがとう」
「それは、良かったです」
微笑んでくださる旦那様は、すっかり元気そうに見受けられて。
恥ずかしさなど忘れて少しでもお役に立てたことを嬉しく思っていると。
「というか君、そんな簡単に酔わないよね?
ましてやワイングラス一杯じゃあジュースを飲んでるようなもので」
「バルドゥル」
旦那様は途中で皇帝陛下の言葉を遮るために、物凄い速さで皇帝陛下の元に歩み寄る。
私も皇帝陛下のお言葉である『そう簡単に酔わない』という言葉に一瞬考えてしまったけれど、ハッとして旦那様の元へ行こうと慌てて立ちあがろると。
「君は来なくて良い」
「えっ?」
思わずその場で目を瞬かせれば、旦那様は皇帝陛下を廊下に押しやった後、扉を閉じてから言う。
「俺を休ませて君は一睡もしていなかっただろう?
ゆっくり休め。また後で迎えに来るから、この部屋で待っているんだ」
「わ、分かりました」
旦那様は微笑むと、再度扉を開けて喚くように何かを言っている皇帝陛下に言葉を返しながら部屋を出ていく。
「……『俺を休ませて君は一睡もしていなかった』って……」
もしかしなくても、ずっと起きていた……?
ということは。
「……私が旦那様の髪を撫でていたことも全部バレていた!?」
少し魔が差して、髪を触ってみたいという誘惑に負けてしまって……。
(〜〜〜っ)
膝枕といい、自分のした行動が大胆なものだと自覚し、旦那様と後でどんな顔をして会えば良いだろう、と一人身悶えるのだった。
旦那様のお言葉に甘えて休憩室にいたら、いつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい。
「大変! もうこんな時間!」
慌てて立ち上がり、部屋を出ようとすると、なぜだか廊下の外が騒がしい。
そっと部屋の扉を開けると……。
「だから! ここを通しなさいって言ってるの! 私は彼女の姉なのだから立派な関係者よっ!」
(ビアンカ様……!?)
この廊下を護衛している騎士二人が何とか引き取ってもらおうとしているようだけど、ビアンカ様がそれを聞くはずもなくて。
「あの子に会いたいだけなのに、どうして通してくれないの!?
私は姉よ! あの子が許されるのなら私も入れるはずだわ!」
(……ビアンカ様が、私に会いにきた)
その事実だけで、頭の中で忘れていた恐怖が蘇る。
(ビアンカ様が姉として、私に会いに来るはずがない)
ただ彼女は、私を案じるフリをして、私を利用したいだけだ。
だってビアンカ様は、私を“妹”だとは認めなかった。
現に、私がビアンカ様を“お姉様”と呼ぶのを許されたことなんて、一度だってないのだから。
身体は血の気が引いているけれど、妙に頭は冴えていた。
それはきっと、今はもう一人ではないことを知っているから。
ギュッと瞼を閉じれば浮かぶのは、大好きな人の顔。
(この部屋からは出るなと言われた。けれど)
その間にも、ビアンカ様の怒号に近い喚き声は廊下に響き渡っていて。
(こうなってしまっている責任は、私にある。
ビアンカ様と……、家族とまともに向き合うことをせず逃げて言いなりでいた、私に)
でも、もう逃げない。そう、決めたから。
(旦那様、ごめんなさい)
約束を破ることをそう心の中で謝ってから、意を決して扉を押し開こうとした、その時。
「これは一体何の騒ぎかしら?」
「「「!?」」」
耳に届いたのは、自分の声ではなく、私が良く知る女性の声で。
同時に私の憧れであるその方は、私がいる部屋の扉の前を通り過ぎると、騎士達に下がるよう言い、ビアンカ様に対峙する。
その方のことも何も知らないビアンカ様だけど、この廊下が皇族が認めた方しか通れないことを思ったのか、やや態度を軟化させて尋ねた。
「どちら様でしょうか?」
それでも不躾であることに違いはないけれど、ビアンカ様と対峙したその方は怒りを露わにせず、この状況だというのに見惚れてしまうほど、後ろから見ても優雅で完璧な淑女の礼をして言った。
「お初にお目にかかります。
私の名前はコックス公爵家が長女、キャシー・コックスですわ。以後、お見知り置きを。
ビアンカ・ベート様?」




