今にも溢れ出しそうな感情
城の造りに比例して、案内された休憩室だというお部屋もまた豪華だった。
その部屋は会場から少し離れた場所にあり、部屋へと続く廊下自体に見張りがいて、皇帝陛下の赦しを得た者でないと立ち入りはできないそうで、『アレックスと妻である貴女も特別だからね』と、皇帝陛下が言葉をかけてくださった。
そうして皇帝陛下は時間になったら呼びに来ると一度部屋を退出されたため、部屋に残ったキャシー様と私、それから旦那様の三人で談笑して過ごすことになった。
とは言っても、旦那様の口数は少なく、殆どがキャシー様と私で話していたのだけど、時折目が合うと優しい目で私を見ている気がして。
その度、やはり鼓動が高鳴るのを感じながらも温かな空気の中で過ごしていると、約束通り皇帝陛下が現れ、私達はついに夜会会場に足を踏み入れることになった。
「緊張しているか?」
「!」
旦那様の言葉に顔を上げれば、旦那様は「君は分かりやすいな」と笑う。
そんな旦那様の言葉に返した。
「分かりやすいと言われたのは、旦那様が初めてです」
「そうか? 確かに嫁いで来たばかりの頃は表情が顔に出ないと思っていたが……、それでも、一緒に過ごしていたら声音で判断出来るようになったぞ。
特に最近は、表情もよく変わるようになった気がするし」
「それは……」
それに対して導き出された答えに、自分でも自然と口角が上がるのが分かって。
その笑みに載せて言葉を紡ぐ。
「やっぱり旦那様のおかげです。旦那様がいて下さるから……、ありのままの私で良いと言って下さったから、今が一番自分らしくあれていると、そう思います」
そうして驚いたご様子の旦那様を見上げて微笑んでみせてから、エスコートされている手に少し力を込めて言葉を続ける。
「本日は旦那様の妻としてのお役目を、きちんと果たしてみせます。もう逃げません」
これは誓い。常に家族の顔色を窺って生きてきた自分ではなく、これからは旦那様の隣で、旦那様の妻として生きる道を歩もう。
それこそが、自分自身で歩もうとしている道なのだ。
だから緊張している場合ではないと、旦那様から視線を外し、目の前にある会場へと続く大きな扉を見据えると。
「……俺も」
「?」
旦那様の言葉に顔を上げれば、旦那様はこちらを見て静かに言葉を発した。
「アレックス・クレイン……、辺境伯としてだけでなく君の夫としての役目を果たしたいと思う」
「……! それって……」
真剣な眼差しにドキッとして見惚れてしまったけれど、旦那様の言葉に含んでいる“何か”に気付き尋ねようとしたその時、私達の名前が扉の外から呼ばれて。
「ティアナ」
「っ、はい」
扉が開き、会場の眩いばかりの光が私達を包み込む中、旦那様が言葉を発する。
「俺を信じろ」
「……!」
どこまでも真っ直ぐで力強い、それでいて旦那様らしいその言葉に、私も「はい!」と頷いてみせる。
そして一度、二人で微笑みあってから前を見据え、煌びやかな会場へと足を踏み入れた。
私達が会場入りする順番は、招待客の中で一番最後となる。
それは、夜会の主催者が皇帝陛下であり、また、主催した目的は、旦那様がお国のためにヘルツベルク出身の私と結婚したことをお披露目するためだから。
だから、私が失敗をするわけにはいかないと、そう自分に言い聞かせて顔を上げると、一斉に会場にいる人々の視線が集中する。
初めての夜会、初めての場所、初めての空気。
何より、こんなに大勢の方々の前に立つということ自体が初めてで。
それに……。
(……っ!)
知らない方々の中に、見覚えのある顔触れを見つけて、一瞬息を呑んでしまう。
もう大丈夫だとは思っていたけれど、頭の中がその一瞬で恐怖に支配され、真っ白になって……。
「ティアナ」
「っ」
名前を呼ばれてハッと顔を上げれば、旦那様が優しい顔をしていて。
「俯くなら俺を見ろ」
(……そうだわ、いつかも、旦那様が私に言ってくださった)
『もし俯きそうになったら俺を見ろ。
そうすれば、嫌でも君は俺を見上げる姿勢になるから俯くことはない。そうだろう?』
冷え切っていた心が暖かさを持つ。
……いえ、それ以上に、熱いくらいに熱が宿る。
その感情のままに、旦那様、と口を開こうとして留まる。
代わりに、旦那様に向かって微笑みを浮かべた。
(きっと、今この気持ちを口にしたら、止まらなくなってしまうから)
色々な感情が、今にも溢れ出しそうなくらいに胸いっぱいに広がって。
そんな幸せな心地のままに、私は今度こそ会場に目を向けて……、今自分に出来る一番の笑みを浮かべ、旦那様と共に礼をする。
(大丈夫、もう怖くない)
このドキドキは、胸の高鳴りはきっと……、いえ、紛れもなく隣にいる旦那様に対するものだから。
そうして旦那様と二人、会場へと続く階段を降りようと踵を返した視界の端で、お義母様である奥様と異母姉であるビアンカ様の、怒ったような表情が映った気がした。




