翻弄されてしまうのは
夜会当日。
「ティアナ様。お支度が整いました」
目を開けてくださいとローナに言われ、ゆっくりと目を開けた先、鏡に映った自分の姿を見て息を呑む。
「っ、これが、私……?」
思わず呟いた私の言葉を聞き漏らさず、ローナは笑みを浮かべて大きく頷いた。
「はい! ティアナ様です!」
ローナに告げられた私は、まじまじと自分の姿を見つめる。
色素の薄い白銀の髪は、奥様やビアンカ様から『気味が悪い』と言われていてコンプレックスだったけど、嫁いできてローナや侍女達に毎晩丁寧に手入れされている髪は自分で見ても艶やかで。
「ティアナ様のお髪は綺麗なので、本日は長さを生かしてあえてまとめず、下ろした状態でのヘアアレンジをいたしました」
そうして、一つ一つ説明してくれるローナの言葉に耳を傾けながら感心してしまう。
(私の髪質やドレスに合うようここまで考えてくれているのね……。
ヘルツベルクの侯爵家にいたときは、髪の手入れなど自分で出来ることは限られていたから、こんな風に自分を着飾ってもらえる日が来るなんて、夢にも思わなかった……)
それらは全て、旦那様と……。
「ローナ」
「はい」
説明が終わったタイミングを見計らい、私は椅子から立ち上がり振り返ると、ローナと侍女達に向かって自然と笑みを浮かべて言葉を発した。
「ありがとう。皆のおかげだわ」
「「「……!」」」
そう声をかけた瞬間、ローナを含めその場にいた侍女達が全員泣き始める。
「えっ……!?」
何か悪いことを言ってしまったか、と慌てる私に、ローナは自身の涙を拭いながら言う。
「申し訳ございません、ティアナ様のお言葉が嬉しくて……」
「初めて笑顔を拝見出来たのが嬉しくて」
「まさかお礼をおっしゃっていただけるとは思わなくて」
「わ、私そんなにお礼を伝えたことがなかったかしら!?」
こんなに尽くしてくれているのに申し訳ないと慌てる私に、ローナは「いえ」と首を横に振る。
「ティアナ様はいつも、私共を思ってくださいます。
そんなティアナ様だからこそ、私共は一生お仕えしたいと思うのです」
「……ローナ」
「それに、今日のティアナ様は格別に素敵ですから!
私共は今、達成感でいっぱいです!」
両手の拳を握って力説するローナに、周りの侍女も頷く。
そんな彼女達を見て再度自然と笑みを溢したその時、部屋のノック音と共に声が届く。
「ティアナ、支度は出来たか?」
それは旦那様のお声で、私は慌てて時計を見やり声を上げる。
「大変! もうこんな時間!」
旦那様との待ち合わせ場所は玄関ホール。
約束していた時間をとうに過ぎているからお部屋まで迎えに来て下さったんだわ、と申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、私自ら扉を開けながら口にする。
「旦那様! 遅くなって申し訳ございませ……、!」
そう言いながら視線が重なって思わず息を呑んだ。
(わぁ……)
今目の前に立っているのは間違いなく旦那様。
だけど、いつもの装いとは違い夜会用の服……、それも、キャシー様の計らいで私と対になっているデザインでお揃いの色で出来た服に身を包み、髪も左側をかきあげている、その新鮮なお姿を見て……。
「「……格好良い/綺麗だ」」
お互いの言葉が重なって。
だけど、お互いにそれぞれの言葉がしっかりと耳に届いていたため、私も旦那様も顔を見合わせたまま目をパチリと瞬かせ……。
「「!?」」
頬に熱が集中していくのが分かり、咄嗟に私は頬を押さえ、旦那様はそっぽを向く。
その旦那様の耳が赤いことに気が付き、私は一層身悶える。
(い、今、もしかしなくても、『綺麗』って言って下さった……!?)
私も私で、見惚れて口にした言葉は『格好良い』だったから、なんだか気恥ずかしくなってしまって顔を合わせられないでいると。
「辺境伯様、お時間です」
コホン、と一つ咳払いしつつ口角はいつもよりも上がったまま口にした家令のネイトさんの言葉に、旦那様もまた一つ咳払いしてから私に向かって手を差し出した。
え、と驚き見上げれば、旦那様は少し目を逸らしながら告げる。
「馬車までエスコートする。その服では歩きづらいだろう」
「あ……、はい」
そうか、旦那様なりのお心遣いなんだわ、と思いつつ、嬉しくなりお礼を述べてからその手に自分の手を重ねると、旦那様の手が震えた気がして。
「旦那様?」
不思議に思った私に、旦那様は「大丈夫だ」と言い、その手をキュッと握ると歩き出す。
(……旦那様の手、大きい)
ダンスの練習で散々手を繋いでいたし今更なのだけど……、やはり慣れることはないなと思っていると。
「その様子だと大丈夫なようだな」
「えっ?」
不意に声をかけられ顔を上げれば、旦那様が小さく笑いながら口にした。
「緊張するかもと言っていたが、あまり緊張していないように見える」
「……いえ、緊張しておりますよ」
旦那様に向かってそう返してから、視線を前を向けて言った。
「ですが、旦那様が隣にいて下さるのがとても心強くて、勇気が湧いてくるのです。
だから今は、緊張よりも頑張らないと、という気持ちが優っています」
「……ティアナ」
旦那様に名前を呼ばれた私は、エスコートされていた手をそっと握り返すと、旦那様の前では自然と浮かべられるようになった微笑みを見せる。
すると。
「頑張らなくて良い」
「えっ?」
声を上げた私に、旦那様は苦笑する。
「と言っても、君は頑張るだろうからとりあえず言っておこうと思っただけだ」
「旦那様……」
玄関先、馬車まで辿り着くと旦那様は立ち止まる。
そして、私の繋がれていない方の手も持ち上げると、両手を握って言葉を発した。
「君の言う通り、俺がいる。だから、何かあったら頼れ。
いや、何もなくても俺を頼ってほしい。
それが夫婦というものだと思うから」
旦那様のまっすぐな言葉が、私の胸に響いて。
旦那様は微笑むと、スルッと両手を離し、先に馬車に乗り込む。
そして、私に向かって手を差し伸べて悪戯っぽく笑って口を開いた。
「さあ、お手をどうぞ。俺の花嫁様?」
「……っ」
旦那様の予想外の言葉の数々に翻弄され、治まらない鼓動の音を聞きながら、少し頬を膨らませて怒ってみせる。
「……だから、揶揄わないでください。心臓が持ちません……」
「……それはこちらのセリフなんだが」
「え?」
上手く聞き取れなかった私が顔を上げようとしたところで、馬車から身を乗り出した旦那様に手を取られ、そのまま手を引かれる。
勢いで馬車に乗った私に、旦那様はどこか赤い顔で口にした。
「ただでさえ綺麗なのだから、そんなに可愛い顔を他の男の前ではするな」
「〜〜〜!?」
耳元で告げられた言葉は、破壊力抜群で。
口にしたご本人である旦那様もその後黙り込んでしまったため、羞恥で身悶えながら席に着く。
いつの間にか、夜会に向けた緊張はすっかり消え去っていたことに、自分でも気が付かないまま。
馬車は夜会会場である帝国城へと向けて、静かに走り出したのだった。
大っ変遅くなってしまい申し訳ございません…!
夜会からが最終局面なことと多忙が相まって慌てておりますが、執筆出来たら投稿、という形を取らせていただきます。
当初の予定より大幅に遅れそうで申し訳ございませんが、最終回まできちんと完結いたしますので、応援していただけたら嬉しいです。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!




