この恋は…
「……そう」
翌日。私の話を聞き終えたキャシー様は、一言口にしてから……。
「やっっっと気付きましたのね!」
「!?」
はぁーーーっと長いため息を吐きながら、向かいの長椅子に座り倒れ込んだキャシー様のお姿を見て驚いていると、キャシー様は「はしたないところをお見せしましたわ」と謝り身だしなみを整えてから、私と向き直り口を開く。
「だって、本当にもどかしかったんですもの。
どこからどう見ても分かりやすいご反応でしたのに、いつまでも気が付かないものだからこちらがやきもきしてしまいましたわ」
「や、やはり、キャシー様は既にお気付きだったのですね」
「えぇ、もちろん。さすがに直接指摘するのは気が引けたから、どうすれば気が付くかと考えながら、私の恋愛経験を交えてお話ししておりましたのよ」
「だから皇帝陛下のお話しをして下さったのですね」
そう口にした私に対し、キャシー様はカッと頬を赤らめる。
「そ、そうですわね。多少聞いてほしい気持ちもなくはありませんでしたけれど、何より貴女が抱えている想いに自分で気が付いてほしいと思いましたの。
……貴女には、幸せになってほしいから」
「え……」
そう言うと、キャシー様は小さく笑って言う。
「私、初めてですのよ。同性の方とこんなに親しくお話しするのも、同じ時を過ごしているのも。
公爵令嬢である私が心から許せる相手なんて、バルドゥル様とそのご友人であるアレックス様以外に二度と現れないと思っておりましたから、最初貴女をバルドゥル様から紹介された時はバルドゥル様は何を考えているのだろうと思いましたけれど……、今では、貴女とお会い出来て良かったと、心から思っておりますわ」
「……キャシー様」
キャシー様がにこりと微笑む。
その笑みが、私の幸せを心から願ってくれているのだということが伝わってきて……。
「ありがとうございます。キャシー様にそう仰って頂けて、とても嬉しいです。
ですが同時に、心苦しいです」
「どうして?」
驚いたような表情をするキャシー様に対し、俯いて答える。
「……私の恋が、叶うことはないので」
「!? ど、どうしてそんなことを言い切れますの!?」
その場に立ち上がったキャシー様は、またハッとしたように「取り乱しましたわ」と席に座り直しながら、私に続きを促す。
そのため、私も説明するように言葉を紡いだ。
「旦那様が、私のことを好きになるなどという奇跡のようなことが起こるはずがありません。
昨日も、話の流れで恋愛についてになった際、“恋心は分からない”と仰っていました」
「何ですって? ……あんなに分かりやすい顔をしておいてあの人自身も気が付いていないというの?」
「?」
キャシー様の言葉が上手く聞き取れず首を傾げた私に、キャシー様は「何でもないですわ」と口にしてから話の続きを促したため、言葉を続ける。
「それに、旦那様にとって私は、戦利品なのです。
……戦利品といっても、そんなに有用なものではないかと思いますが。
ですから、お役に立てれば……、側にいることが出来れば、それでもう私は十分、凄く幸せなのです」
そう言って自然と口角を上げた私を見て、キャシー様の顔が悲しげなものに変わる。
(どうして、そのようなお顔をされるのだろう)
不思議に思う私に、キャシー様は重々しく尋ねる。
「……よろしいんですの? 貴女は、それで」
「はい」
迷いなく頷けば、キャシー様はまた顔を歪め、さらに尋ねる。
「貴女がそれでよろしいのなら良いけれど……、でも、恋心って自分の思い通りに上手くいくことばかりでないと思うの」
キャシー様はギュッと胸の前で手を握ると、切なげな表情を浮かべて口にする。
「楽しかったり、苦しかったり。好きな人の仕草一つに心が躍るし、その逆に勝手に期待して、落胆して。悲しくなることも数え切れないくらいある。
私だって、何度諦めようと思ったか……、ただでさえあの人は分かりにくいから」
「……キャシー様」
「でも、貴女は違う。結婚して、こんなにすぐ側にアレックス様がいらっしゃる。
それなのに、自分の本当の気持ちを伝えずに隠し通せる?
たとえ隠し通せたとして、本当の気持ちを無理矢理心の中に押し込めて、貴女はそれで本当に幸せ?」
「……っ」
キャシー様に見つめられ、そう問いかけられた私は、答えようとしたけれど言葉が出てこなくて。
言葉を失ったまま固まってしまう私に、キャシー様はカップの縁をなぞりながら言う。
「……なんて偉そうに言っているけれど、恋に正解なんてないものね」
そう言って、キャシー様は眉尻を下げて困ったように笑う。
何か話をしなければ、と声を上げようとしたけれど、それを遮るようにキャシー様が明るく会話を断ち切った。
「さあ、お話はこれくらいにして。
もうあまり時間はないことだし、本日は予想される招待客の情報の最終確認といきましょう。
ダンスレッスンはアレックス様がいなければ出来ませんものね」
キャシー様の提案に頷き、レッスンは開始されたものの、先ほどのキャシー様の言葉と表情が頭から離れることはなかった。




