自覚した感情
夜。共同寝室の扉を開ければ、すでにそこには旦那様のお姿があって。
「あ……」
いつもは誰もいない部屋の中で一人待っていたから、旦那様のお姿があるとは思わず、大きく鼓動が跳ね、その場で固まってしまう。
そんな私に気付いた旦那様がこちらを見て小さく笑いながら口にした。
「今日は俺の方が早かったな」
「も、申し訳ございません、お待たせしてしまって」
旦那様に声をかけられたことで我に返り、慌てて謝罪の言葉を口にすると、旦那様は「だから」と今度は少し咎めるように言う。
「そう簡単に謝罪を口にするんじゃない」
「ご、ごめんなさ……、っ」
私の元へ歩み寄ってきていた旦那様の指先が、またしても無意識に謝罪の言葉を紡いでいた私の口に柔らかく触れて。
それにより、最後まで口にすることなく言葉は消える。
(……えっ、え……)
触れた指先の感触に驚いている私に、旦那様はクスクスと笑って言った。
「それで良い。俺達の間に謝罪の言葉は不要だ。
……それでももし口にするような時があれば、今のようにその口を塞いでしまうのはどうだろうか?」
「〜〜〜!?」
揶揄われている。そう分かってはいるものの、旦那様の指先が触れたままなこともあって、上手く言葉が出てこなくて。
旦那様はもう一度笑ってから私の口から指を離すと、「さて」と話を切り出す。
「今日はコックス嬢の授業では何を学んだんだ? 君が考えてくれた“対策”についての意見はあったか?」
旦那様はこうして顔を合わせると、一番最初に私がその日一日、あるいは、旦那様にお会いしていなかった時に何をしていたかを尋ねられる。
それがいつもの会話の始まりの合図であるため、尋ねられた私は少し考えてから首を横に振る。
「そうですね……、何かを言いかけておられましたが、結局何もおっしゃられることはなく終わりました」
「何だそれは……。では、ダンス以外には何の話を?」
「皇帝陛下のお話です」
「……またか」
一気に遠い目をした旦那様のご様子を見て尋ねる。
「また、ということは、旦那様にもキャシー様は皇帝陛下のことをお話しに?」
「あぁ。幼い頃から何かと三人で話す機会も少なからずあったからな。
コックス嬢は俺がいてもバルドゥルしか見えていないというような態度だったし、バルドゥルはバルドゥルで理解出来ない行動をするしで散々だった」
「皇帝陛下は、その……、キャシー様のことを」
「さあ? 分からん。恋愛事の機微など俺が一番分からないと思っているからな」
「!」
“恋愛事の機微など俺が一番分からない”。
その言葉に一瞬、ドキリ、と心臓が跳ね、固まってしまう私に旦那様は私を覗き込み首を傾げた。
「どうした? 疲れが出たか? 具合でも悪いか?」
「い、いえ、大丈夫です。それよりも、旦那様とこうして一緒にいられるお時間には期限がありますから、早く練習いたしましょう!」
旦那様に心配をかけさせたくないという思いと、心のモヤモヤを振り払うために努めて明るく口にすると、旦那様は戸惑ったような表情をしながらも頷き、私が考案した対策……計画書に目を落として言う。
「あ、あぁ、分かった。ではまずは、“一分間見つめ合う”から行うか」
「はい」
旦那様と向かい合うように椅子に座り、頷きを返すと、目を閉じてから一度深呼吸をする。
(大丈夫。良い加減慣れないと、旦那様にご迷惑がかかる……)
そう自分に言い聞かせていると、旦那様の「始めるぞ」という合図に瞳を開ければ、真剣な表情をした旦那様のお顔が映って。
「……っ」
旦那様の視線を受け、目を逸らしたくなるけれどグッと我慢する。
夜だからか、いつもの心地よい喧騒は廊下の外から聞こえなくて、静寂な空間がまるでこの世界に旦那様と二人きりでいるような錯覚に囚われる。
(あぁ、この時間が一生続けば良いのに)
と無意識に考えてハッとする。
それから、やはり速いままの鼓動の音を聞いて、不意にキャシー様の言葉を思い出した。
『その人のことを考えて温かい気持ちになったり、ドキドキしたり。二人きりでいる時は、この時間がずっと続けば良いのにと思ってしまうくらい……、人それぞれではありますけれど、私の場合それはもう』
(……あぁ、私)
気付いてしまった。この気持ちが何なのか。
「一分経ったぞ」
目の前にいた旦那様が告げ、視線が逸らされた時、先ほどのキャシー様の言葉の続きが蘇る。
―――恋だと思いますわ。
(恋を、してしまったんだ)
今、私の目の前にいる旦那様に……。




