向き合ってみて
旦那様との顔の近さに息を呑み、咄嗟に顔を逸らそうと思ったけれど、なぜか出来ずにそのまま固まってしまっていると。
「!?」
不意に視界を遮られる。
それは、旦那様の男性らしい骨ばった大きな手が、私の目を塞いだからで。
どうして、と驚く私に、旦那様がボソボソと呟く。
「……だから、その顔はするな」
「え……?」
その顔って、と尋ねようとして今日言われたことが蘇る。
『心臓に、悪すぎるんだが』
『……可愛いという意味だ』
そう口にした旦那様の、少し恥ずかしそうなお顔まではっきりと思い出して……。
「〜〜〜!?」
「あっ、おい!」
反射的に後ろに飛び退いた私の腰に旦那様の腕が回る。
それも、ダンスレッスンの時と同じ状況で。
先ほどよりも断然近い距離に、またもやヒュッと息を呑んだ私を見た旦那様は……。
「っ、ははは!」
「!?」
耐えきれない、と言う風に吹き出して笑い始めたため、カァッと頬に熱が集中する。
(わ、私だけが意識して恥ずかしい……っ!)
「も、申し訳ございません!」
「怪我はないか?」
「は、はい、おかげさまで……、!?」
慌てて立ちあがろうとしたけれど、旦那様の腕がそれを許してくれなくて。
「あ、あの、旦那様……?」
「…………」
旦那様は何も言わずに、ただじっと私を見つめていて。
その漆黒の瞳に映る自分が見えるほどに近い距離に、吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えて……。
「……ははっ」
「!」
そうして先に視線を逸らし、肩を震わせたのは旦那様の方で。
うるさいくらいに心臓が脈打っている私に反して、どこか余裕のある旦那様を見て少し怒ってみせる。
「……また揶揄いましたね?」
「つい、君の反応が可愛らしくて」
「かわ……っ、で、ですから! そういう、心臓に悪いことはやめてください……」
どこか穴があったら入りたい気持ちになって旦那様を直視出来ずにいると、旦那様が小さく呟く。
「それはこちらの台詞なんだが」
「……え?」
思いがけない言葉に顔を上げた私に、旦那様はやはり余裕のある笑みを浮かべて口にする。
「“見つめ合いの時間”が必要なんだろう?
慣らさないといけないのでは?」
「〜〜〜か、揶揄わないで真面目にやってください! でないと本当に私が足を引っ張ることになってしまいます!」
ここは冗談にしてはいけない、と拳を握って力説する私に、旦那様は小さく目を見開くと。
「……分かった」
「!」
「君が本気だということは分かった。そう気張らなくて良いと言っても、君は何事にも一生懸命な性格だからな。
君が考案してくれた“対策”通りに残りの二週間……もないが、出来る限り時間を作ろう」
「っ、はい! ありがとうございます!」
旦那様も協力してくださるのね、と素直に嬉しく思っていると、旦那様は顎に手を当て言った。
「……まあ、この対策を講じてある程度は出来たとしても、慣れることはないと思うがな」
「え…………」
そう言った旦那様と目が合わなかったけれど、その耳が赤いことに気が付いて。
(そ、それってどういう意味!?)
旦那様の言葉の真意が分からなかったものの、旦那様の反応に私までつられて顔に熱が集中するのが分かったのだった。
「というわけで、このように原因と対策を考え、旦那様にお時間を割いていただき、ダンスレッスンとは別に夜間に二人きりの時間を過ごすことになりました」
そう説明し終えた私に、キャシー様はお渡しした紙……原因と対策を記した紙に目を通した後、顔を上げて言った。
「なるほど? 私の言葉で貴女なりに考え、アレックス様と向き合うことにしたと」
「はい」
キャシー様の言葉に頷けば、キャシー様は「それで?」と話を続けた。
「実際に向き合ってみていかがでしたの?」
「どう、とは?」
「“心を”とも言ったはずですわよ? 物理的に見つめ合う時間を作って、貴女自身何を感じました?」
「何を……」
キャシー様に答えを求められた私は、やはり頬に熱が集まるのを感じながら恐る恐る答える。
「……ドキドキしました」
「ドキドキ……」
「はい。旦那様を前にすると、どうしても緊張してしまって。その緊張が何なのか分からないのですが、慣れることが出来るように頑張りたいと思います」
そう口にした私に、キャシー様が無言で頭を抱える。
「キャ、キャシー様っ? お具合が悪いのですか?」
「……えぇ、もどかしさのあまり具合が悪くなりそうですわ……。貴女は一体今何歳でいらっしゃいますの……」
「じゅ、18歳です」
「存じ上げておりますわ!」
「ひっ」
年齢を聞かれたから答えたけれど、キャシー様に食い気味に即答され、その形相に思わず悲鳴を上げたけれど、キャシー様は気にも止めずブツブツと小さく何かを呟く。
「……そうですわよね、お二人とも鈍感というか圧倒的経験不足ですものね……、他人が口出しするのは無粋だと思っていたけれどこの調子だと気が付くまで待っていたらあっという間に老後になってしまいそう」
「あ、あの、キャシー様?」
様子のおかしいキャシー様に声をかけた私に、キャシー様は意を決したように口を開く。
「ティアナ様」
「は、はい」
キャシー様はそう言って言葉を切り出そうとした……けれど。
「……やはりやめておきますわ」
「えっ?」
「まだまだ時間はありますし、そう焦らずとも良いですわよね。
今お伝えしたところで、夜会前に悪い方向に転がってしまったら意味がありませんし」
「あ、あの、何のお話でしょう?」
同調すべきか、と尋ねたけれど、キャシー様はにこりと眩しいくらいに完璧な笑みを浮かべて答える。
「こちらの話ですのでどうぞお気になさらず。
それよりも本日は、私とバルドゥル様のお話を聞いてほしいですわ!
貴女にしかお話ししたことのない、特別なお話ですわよ」
キャシー様はそう意味ありげに笑いながら、嬉々として語り始めたのだった。




