改善点とその対策
「まさか、もう一つ致命的な落とし穴があるとは思いませんでしたわ……」
キャシー先生……キャシー様の口から飛び出た言葉に、分かっていてもショックを受けて思わず反芻してしまう。
「ち、致命的……」
「そうですわ。どんな作法や知識においても全て完璧だと思っておりましたけれど、まさかダンスで躓くなんて……、それも、残り二週間を切った今、かなり不味い状況だと思いますわ」
キャシー様の口調から、どれほど深刻な問題かが窺い知れて手が震えてしまうのをギュッと握りしめながら尋ねる。
「キャシー様の目には、どのように映っているでしょうか……?」
「そうですわね」
キャシー様はカップを置くと、指折り数えて言った。
「お辞儀からぎこちない。アレックス様のリードが強引で貴女はついて行くのがやっと。お互いに目が合わない。合ったと思ったら貴女が狼狽えているのが丸分かり。挙げ句の果てには躓く……、控えめに言って重症ですわ」
「うっ……」
キャシー様の容赦のないお言葉、無論正論に胸が痛む。
キャシー様は「まあ、原因は何となく分かりますけれど」と呟いたのに対して顔を上げる。
「げ、原因が、あるのですか?」
思わず尋ねた私に、キャシー様は目を見開くと。
「まさかとは思うけれど、貴女自分の気持ちに気付いていない……?」
「え……?」
自分の気持ちって、と首を傾げた私に、キャシー様ははぁーっと長いため息を吐いた。
「……そういうことですのね。まあ、仕方がないことですわ。人それぞれですし、他人が安易に立ち入るのは無粋というもの」
「あ、あの?」
会話の意図が全く読み取れず置いてけぼりを喰らっていると、キャシー様は気を取り直したように咳払いしてから言った。
「貴女とアレックス様に圧倒的に足りないのは、二人で過ごす時間ですわ」
「二人で過ごす時間」
「えぇ。ダンスは二人一組で行うものですわ。
特に夫婦で踊る場合、お互いに息を合わせなければ、ダンスの完成度よりも真っ先に不仲を疑われますわよ」
「ふ、不仲……!」
それは大変! と慌てる私に、キャシー様は呆れたように言う。
「そうですわ。不仲だと周りに認識されてしまうのも、アレックス様にとって不都合要素となる。何せ“悪魔辺境伯”なんていう不名誉な名前が付いているのですから、貴女を虐げているのではないかと勘繰られてもおかしくないですわね」
「そんな……!」
こんなに良くしていただいているのに、旦那様の足を引っ張ってしまうなんて、とショックを受けている私に、キャシー様は頬に手を当てる。
「まあ、それは貴女に限らずアレックス様も同じ。今頃反省なさっていることでしょう。
ダンスの技術においてはお二人とも問題ないと思いますから、息が合わないのはお二人で過ごす時間が圧倒的に少ないところにあり、これ以上私が口出しすべきことではないと思いますわ。
……ただ一つ、私から申し上げられるとしたら」
キャシー様はそう言うと、私をじっと見つめて微笑みながら言った。
「アレックス様を、自分の心を見つめてみてはいかが?」
「アレックス様と、私の心……?」
どういうことかをもう少し尋ねようとした私よりも先に、キャシー様が人差し指を口に当て悪戯っぽく笑う。
「これ以上は教えられることはありませんわ。他人が口出しするなんて無粋だもの。
ふふ、あの様子を見るに今頃アレックス様も戸惑っていらっしゃると思うから丁度良いわ」
「え、え……?」
「とにかく、今日からお二人の時間を作ってゆっくりと過ごしながら考えてみてはいかがかしら?
お二人の健闘を祈っておりますわ」
そう言ってどこをとっても完璧な淑女の礼をすると、キャシー様は行ってしまう。
(……アレックス様と、自分の心を見つめるとは一体……)
首を傾げつつも、意を決して側に控えていたローナに頼み事をするため、声をかけたのだった。
「二人で過ごす時間、か」
「はい」
旦那様から発せられた言葉に頷くと、旦那様は顎に手を当て言う。
「確かに最近は俺が忙しくて、朝食と、たまに晩餐に顔を出すくらいで君とあまり話せてはいなかったからな。
だが、それだけでダンスの息が合うと思うか?」
「それについては私も分からなくて……、だから、上手くいかなかった原因についてまとめ、対策を考えてみました」
「対策?」
「はい、こちらです」
私は今日、二人で踊った時に上手くいかなかったこと……、キャシー先生に指摘されたことと自分で思ったことを踏まえて、原因と対策をまとめ認めた紙を旦那様に渡す。
その紙に目を落とす旦那様に向かって説明する。
「まず、二人の息が合わないこと。これは、焦りから生じるものかと思いました。
ですので、私が考えた対策は、拍子をとりながら曲の速さに合わせる。
二人で数えながら……、ワルツだったら“1、2、3”を踊りながら、二人で口に出して合わせ、慣れることが出来れば緊張も和らぐかと」
「……緊張」
「はい。それから、目が合わないことですが、これも互いに慣れない距離感であるがゆえに緊張からくるものだと思いました。
キャシー様からご指摘頂いたのですが、どうやらお辞儀の方もぎこちなさがあったようです。ですので、お辞儀の時から目を合わせることを意識づけていければ、と」
「……それで、その対策が“見つめ合う時間を増やす”と」
旦那様の言葉に、紙から視線を逸らすことなく頷く。
「キャシー様にご助言を頂いたのです。
『互いをもっと見つめ合いなさい』と。
正確には、心を、と仰って頂いたのですが……」
「……心を?」
「はい。ですが、その点については考えてもよく分からなかったので、物理的に見つめ合えば何か分かるかも、と」
「…………」
旦那様から返事が返ってこないことを不思議に思い、「旦那様?」と声をかけながら顔を上げると。
「「……!」」
本日二度目となる、間近で見ても端正な顔立ちの旦那様との顔の近さに、息をするのを忘れてしまうのだった。




