ふわふわと、幸せな心地に包まれて
その日の夜。
晩餐室へ向かうと、そこには昨日と同じく旦那様の姿があって。
だけど、いつもより少しドキドキと鼓動が高鳴っているのを感じながら、食事を摂っている旦那様に声をかける。
「旦那様」
「来た、か……」
旦那様の言葉は途中で途絶える。
多分、それはその瞳に私を映したからで。
唖然としている旦那様に向かって口にする。
「あの、お忙しい中、昨日に引き続きお時間を取らせてしまって申し訳ございません」
「いや、食事はどちらにせよ摂るものだし、君は妻なのだからそんなことは気にしなくて良い、だが……、その格好はどうした」
旦那様の指摘にギュッと自分の手を握って答える。
「キャ、キャシー先生に『女は身嗜み一つで自信が持てるものだわ』と、仰って頂いて……」
そうして自分の服を改めて見下ろしてみる。
今着ているのは、キャシー先生の見立ててくださったものであり、嫁入り道具としてヘルツベルク国の国王陛下からいただいた、淡い黄色にレースがあしらわれた今までに着たことのないようなとても可愛いドレスで。
(……旦那様の目には、どう映っているかしら)
だけど肝心の旦那様からの返事はなくて。居た堪れなくなり早口で言葉を続ける。
「お返しする予定だったドレスは全て受け取るべきだと……、むしろ少ないから明日仕立て屋をキャシー先生が手配してくださることになりました……」
「……なるほど」
旦那様は立ち上がると、私の目の前まで来て言った。
「大体分かった。コックス嬢からも粗方話は聞いていたからな」
「そ、そうだったのですね」
「あぁ。俺のところに殴り込みに来た」
「殴り込み!?」
「実際に殴りはしないが、まあ、勢いがそんな感じでな。
『辺境伯という立場にあるのに無頓着すぎる。妻に既製品を着せるやつがどこにいる』というようなことを言われた」
「キャ、キャシー先生……」
確かに数日前、旦那様は仕立て屋を呼んでくださった。
その時、仕立てるのに時間がかかると言われたから、既製品としてあるものをサイズ調整して購入したのだ。
だけど、キャシー先生にそれはありえないと言われた。
『高位貴族が既製品なんて着ていたら笑われる』と。
「……確かに、コックス嬢の言う通り俺は流行だのファッションだのからきしだからな。
ここは、コックス嬢に任せるとしよう。
明日、仕立て屋が来ると言うのなら彼女の言う通りに好きな物を買うと良い」
「えっ!? そ、それは駄目です!」
「なぜ」
(だって、あの調子だとキャシー先生、何十着、いえ、何百着と購入してしまわれそうだもの!)
キャシー先生ならともかく、私にはと首を横に振る私に、旦那様は少し考えた後言う。
「……それはつまり、俺の懐の大きさを試されているのか?」
「えっ!? そ、そんなことはありません!」
「君の服を買うことくらい造作もない。たとえ土地が欲しいと言われても余裕で買える」
「土地!?」
どんどん規模が大きい話になっていって慌ててしまう私に、旦那様はクスクスと笑う。
「冗談だ」
「じょ……っ、わ、私もしかして揶揄われましたか?」
「あぁ、そのまさかだな」
「……っ」
(な、なんて心臓に悪い冗談……)
恥ずかしさに震えていると、旦那様は笑みを浮かべたまま柔らかな口調で言う。
「本当に気にしなくて良い。……そうだな、なら、俺のために服を買うと思ったらどうだ」
「そ、それが旦那様のためになるのですか?」
「あぁ。君は十分そのままで素敵だが、今のように綺麗に着飾った君も見てみたい。
色々な服を着た君をもっと見たいと思うのは、夫としていけないことだろうか?」
「!? ……い、いえ!?」
先ほどとは比べ物にならないほど、心臓に悪すぎることを言われた気がして。
あまりその言葉の意味を飲み込めていないまま答えた言葉はひっくり返る。
旦那様はそんな私を見てもう一度クスッと笑うと、手を取った。
「立ち話をしていると食事が冷めてしまうな。
続きは食事をしながら話そう。君の口から話を聞かせてくれ」
「……!」
旦那様の声が鼓膜を、心を震わせて。
ふわふわとした心地のまま、私は旦那様に誘われ席に着く。
その後、旦那様と食事をいただいたけれど、旦那様と視線が合った時に私を見つめる眼差しが、優しくて、温かくて。
料理長達には申し訳なかったけれど、その日のお料理の味は緊張のあまり最後まで分からなかったのだった。




