キャシー先生とのお話
「あれから私、考えましたの」
翌日。
今日も私の元に訪れてくれたキャシー先生は、ガーデンテーブルを挟んで私の向かい側に座ると、紅茶を一口飲んでから言葉を切り出した。
「貴女には、淑女教育を受けるよりも私とお茶……会話をする方が有効的だと」
「会話……?」
キャシー先生の言葉に思わず目を見開くと、キャシー先生は説明してくれる。
「淑女教育という観点から見ると、貴女の所作はほぼ完璧。
ほぼというのは、多少ぎこちなさが残るダンスは練習する必要があると思うけれど、それ以外で私が教えることはないと判断しましたわ。
となると、直すべきはやはり貴女の魅力を半減させている“自信”の方、なんだけど……」
そこで言葉を切ると、キャシー先生は私を見つめ、呟くように言った。
「……あえて厳しく指導したとはいえ、言葉がキツかったかもと思ったけれど……、その心配は杞憂だったようね」
そう言って小さく笑うと、キャシー先生は笑みを浮かべる。
「気に入りましたわ、貴女のこと」
「えっ……」
「自信なさげには見えるけれど、へこたれない根性があるところに好感が持てますわ。
……私は、公爵令嬢としていつでも堂々としていなければならないと育てられた結果、このような性格になったものだから、貴族の方々は皆私の顔を見て逃げていく始末ですの」
キャシー先生の言葉に、心の底から驚いて言った。
「え!? 淑女の鑑でいらっしゃるキャシー先生のお顔を見て、ですか!?」
「淑女の鑑……」
キャシー先生はそう呆然と呟いた後。
「っ、ふ、ふふふっ」
「!?」
何か私がおかしかったのだろうか、肩を震わせて一頻り笑ってから、目元に滲んだ涙を拭って言った。
「そんなことを言うのは貴女くらいですわ。
私のことは皆、口を揃えて“気が強い”と仰います。
バルドゥル様やアレックス様……、幼馴染にもそう言われてショックを受けたこともありましたわ」
「……」
そんなことはない、と言おうとしたけれど、それよりも困ったように笑い、肩を落としているように見えるキャシー先生が気になり、思わず口を開く。
「不躾かと思いますが、その……、キャシー先生は、もしかしなくても皇帝陛下のことがお好き、なのですか?」
キャシー先生は少し息を吐くと、うつむき加減だった視線を私に合わせて頷いた。
「えぇ、そうですわ。隠すまでもないから、人の感情の機微に疎いアレックス様にさえバレてしまっている始末ですの」
確かに昨日、アレックス様がキャシー先生に言っていた。
『バルドゥルの心は射止められないぞ』
というようなことを。
その言葉とキャシー先生の反応を見て、もしかしてと思っていたけれど。
キャシー先生はそう言うと、カップの縁を指先でなぞりながら呟くように口にする。
「周囲も、当のバルドゥル様本人も、私の気持ちにとっくに気が付いているはずですわ。
私以外にも、バルドゥル様には婚約者候補の釣書が山のように送られてくる、と本人も嘆いておられましたが、バルドゥル様は頑なに婚約を取り付けようとはしませんの。
……偽でも私と取り付ければよろしいのに、本当、何をお考えなのか分からないお方ですわ」
「……キャシー先生」
キャシー先生の表情を見るに、キャシー先生はバルドゥル様を心より大切にしているのが、恋愛を知らない私にも分かって。
かける言葉を見失っていると、キャシー先生は言葉を続けた。
「その中で唯一、バルドゥル様は貴女のことを絶賛していらっしゃいましたの」
「……絶賛!?」
急に思いもよらない言葉に驚き声を上げてしまう私に、キャシー先生はクスッと笑ってから言った。
「えぇ。
『アレックスに嫁いできた隣国の彼女はとても素敵な花嫁だ。その彼女が淑女教育を所望しているから、君に行ってもらいたいと思うんだけどどうかな?』
なんて言うものだから、私、貴女に少し嫉妬してしまいましたの。……今までバルドゥル様の口から、私以外の女性のこと……、それも、褒めちぎるなんてことはあり得ませんでしたから。
心がザワリとして、居ても立っても居られず……、今思えば、最初の態度は完全に八つ当たりでしたわ。ごめんなさい」
そう言って頭を下げられた私は、全力で首を横に振る。
「そんな! 頭をお上げくださいませ! キャシー先生が謝られる必要はございません!
心がザワリとする気持ちは、私にも分かるような気がしますから!」
「……貴女にも?」
キャシー先生が顔を上げる。
私は胸に手を当て言った。
「はい、実は……。お恥ずかしいことに、旦那様とキャシー先生が、とても、親しそうに話されているのを見て、私、羨ましいと同時に心がザワッとして……」
「…………」
下を向いていたけれど、恐る恐る見たキャシー先生の顔が、呆気にとられたような見たことのない表情をしていて。
(な、なんて烏滸がましかったかしら……!)
キャシー先生と同じだなんて、と慌てる私をよそに、キャシー先生はまたクスクスと笑い出した。
「っ、ふふ、そう、貴女もそうだったのね」
「え……」
そう言って顔を上げたキャシー先生は、どこか晴れやかな顔をして笑って言った。
「ご安心なさって。アレックス様……、辺境伯様と私は幼馴染というよりは腐れ縁で、バルドゥル様の共通の友人というだけですわ」
「共通の、友人……」
「えぇ。それに、貴女だからこそ、辺境伯様の花嫁が務まるのですわ」
「え……?」
キャシー先生の言葉の意図が分からず首を傾げた私に、キャシー先生はにっこりと笑ってから口にした。
「そんな貴女と私、お友達になりたいと思いますの」
「……友達!?」
「えぇ。なってくださる?」
そう手を差し出された私は……。
「わ、私でよろしいのでしょうか?」
恐る恐る尋ねた私に、キャシー先生は吹き出したように笑みを溢してから言う。
「貴女だから友人になりたいの。それとも、私とは友人になりたくない?」
「い、いえ、まさか! 嬉しいです、とっても」
「そう? なら、差し伸べた手を取ってくれると嬉しいのだけど」
キャシー先生の言葉に、私は意を決してその手を握って言った。
「よ、よろしくお願いいたします、キャシー先生……!」
「せ、先生……、そうよね、まずは貴女のその自信のなさを取るために派遣されたんだものね」
小さくキャシー先生は何かを呟いた後、にっこりと笑って口にした。
「こちらこそ、これからよろしくお願いいたしますわね?」
「っ、はい……!」
初めての友人……! と心から嬉しく思っている私に、キャシー先生は言葉を切り出した。
「それでは友人の証として、一つ、提案があるのだけど」




