弱くなんかない
晩餐の時間。
晩餐室へと向かった私が目にしたのは。
「旦那様……?」
いつもならこの時間にはいないはずの旦那様のお姿で。
驚いて思わず立ち止まってしまった私に、旦那様は眉間に皺を寄せて言う。
「居ては悪いか」
「いえ、とても嬉しくて驚いただけです!」
誤解を解こうと本音を口にした私に、旦那様は目を見開くと、「そ、そうか」と視線を逸らしてしまう。
その耳が少し赤いことに気が付き、私もつられて赤くなるのを誤魔化すように、慌てて席に着く。
そんな私を一瞥してから、旦那様は運ばれてくる料理を見つめて口にした。
「……コックス嬢の淑女教育はどうだった」
「え……」
驚く私に、旦那様は前菜オードブルに手をつけながら言う。
「コックス嬢は、公爵令嬢として良くも悪くも気位が高いからな。
根は悪くはないと思うが、あの性格上周りから……、特に女性からは敬遠される節がある。
なぜ彼女に君の淑女教育をバルドゥルが頼んだかは知らんが、もし何かあったら俺に言え。クビにしてやる」
思いがけない旦那様の言葉に慌てて首を横に振る。
「そんな! クビだなんて……、それに、気位が高いというのは女性としての武器だと思いますから憧れます」
「憧れ……? 俺は、君にあーはなって欲しくないが」
「!?」
旦那様の直接的な言葉に動揺しつつ、慌てて答える。
「キャ、キャシー先生の教えは的確です。
私の弱点をきちんと説明し、指摘してくださいました。
現にその通りだということに、改めて気付くことが出来ました」
そう口にしてから、前菜に目を落として本音をこぼす。
「私、逃げていたんです」
「……逃げていた?」
「感情表現をしなくなったのは、無表情を貫けば周りが嫌な思いをしなくて済むから。
本音を口にしなければ、誰かを巻き込むことはないから。
そうして心に蓋をして、自分を偽って殻に閉じこもって……、今思えば、自分を守るという名目で逃げていただけなんです」
だから、と顔を上げ、旦那様を真っ直ぐと見つめて誓うように言葉を発する。
「もう逃げません。実家とも、きちんと向き合います。
何より、己の心に向き合いたいと思います。
それでも、俯いてしまうことはあるかもしれません。
その時は……、旦那様を見上げてもよろしいでしょうか?」
「……!」
『もし俯きそうになったら俺を見ろ。
そうすれば、嫌でも君は俺を見上げる姿勢になるから俯くことはない。そうだろう?』
以前、旦那様が私に掛けて下さったお言葉をお守りに。
改めて旦那様にご許可を頂こうと口にすると。
「そ、んなことを聞くな」
「えっ?」
旦那様は食事を口にしていないというのに言葉を喉に詰まらせてから、咳払いして言う。
「君は俺の妻なのだから、いちいち許可を取らなくて良い。見たい時に見ろ。良いな?」
「見たい時に……、はい、分かりました!」
「……本当にそういうところ、勘弁してくれ……」
旦那様のお言葉があまりよく聞き取れず首を傾げた私に、旦那様は苦笑交じりに笑った後「だが」と言葉を続ける。
「安心した」
「え?」
「コックス嬢が教師だなんてどうなるかと思ったが。君はやはり強い人間だな」
「強い? 私が?」
旦那様は小さく笑うと、「物理的な意味ではなくてな」と一言付け足してから言う。
「芯が強いということだ。コックス嬢があの後、『やはりかなりキツイ言い方をしてしまったかも』と落ち込んでいたんだが。
君はコックス嬢のキツイ言い方にめげず、自分の中で答えを見つけ出した。
……それに、君は何か誤解しているようだが、君は自分の強さに気が付いていないだけで決して弱くなんかない。だって」
旦那様はそこで言葉を切り、微笑むと言った。
「そうでなければ、実家とも呼べない極めて酷い環境で必死に耐え忍んで生き、“悪魔辺境伯”などと呼ばれる俺の元へ嫁いでは来ないからな」
「……っ」
「帝国の令嬢達なんか、俺の名を聞いたり姿を見たりするだけで卒倒する令嬢もいるくらいだ、それに比べたら君は全然強い……って、ティアナ!?」
旦那様が驚き目を見開く。
そんな旦那様を見て、私は自然とこぼれ出た涙を拭いながら旦那様に向かって言う。
「大丈夫です。これは、嬉し涙です」
そう口にしながら、それと、と言葉を続ける。
「私は、誰が何と言おうと、旦那様の元へ嫁ぐことが出来て良かったです。
……諦め悪く、強く生きることが出来て、良かったです」
「……! ……俺も」
旦那様は立ち上がり私の目の前で跪くと、私の頬に流れた涙をそっと拭ってくれながら告げる。
「“悪魔辺境伯”と呼ばれ敬遠された俺の元へ、芯が強くどこまでも誠実で真っ直ぐな君が嫁いできてくれて……、出会えて良かった」
その柔らかな表情と言葉に、私の固まっていた表情筋は綻び、より一層泣いてしまうのだった。




