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嬉しい気持ち

「早速なのだけど」


 キャシー先生はそう言うと、手を一度だけ叩く。

 その様子を見て首を傾げている間に、部屋の扉が開いたのと同時に、一斉に侍従達が部屋の中へ入ってきた。


「!?」


 急に何が起きているのか分からず驚き声も出ない私とは裏腹に、キャシー先生は動じることなく言葉を発した。


「本日は抜き打ちですがテストをさせて頂きますわ」

「テスト……?」

「えぇ。ティアナ様がどれくらい帝国の作法を学んでいらっしゃるかについてですわ。

 ヘルツベルク王国とこちらの作法とでは多少ではございますが違いがありますから、まずはそちらを見せてもらってから夜会までの指導内容を決めようと思いますの」


 キャシー先生の言葉になるほど、と頷く。


(確かに、先生に直接見極めて頂いた方が、私も弱点や苦手等覚えやすいし効率が良いかも)


 そんなことを考えている間に、私達の目の前にスイーツが盛られたお皿や紅茶を淹れたカップなどのティーセットが一式置かれる。

 キャシー先生はそれらを見ながら口を開いた。


「まずは夫人という立場上必須のお茶会でのマナーからですわ。

 とりあえず先にあなたが主催、私が招待客という想定で行いましょう。

 始める前に何かご質問はおありかしら?」

「質問はございません。ですが」


 私はそこで言葉を切ると、頭を下げた。


「ありがとうございます」

「!? ま、まだ何も始まっておりませんわ」

「ですが、この部屋に入られてからのスムーズなお茶会の準備は、事前にキャシー先生が指示を出してくださっていたからですよね?」

「ま、まあ、それはそうですけれど……」

「全ては私が皇帝陛下に“淑女教育を受けさせてほしい”と我儘を申し上げたばかりに、キャシー先生がこうしてお忙しい時間の合間を縫ってお越し頂いただけでなく、私のために教育内容を考えて組んで下さろうとしていることが、不謹慎かもしれませんが本当に嬉しくて」


 ヘルツベルク王国の実家であるベート侯爵家では、私はあくまでただの“居候”のため、私の意見は誰にも聞き入れてはもらえなかった。

 もし少しでも私の意見を聞き入れる者がいた場合、ベート侯爵家ではその者達に罰を、あるいは解雇させられてしまう。

 そのことを思うと、自分の本音を口にすることが怖くなり、口を閉ざすしかなくなった。

 だから、ここへ来て旦那様や屋敷の人々、皇帝陛下に今度はキャシー先生まで私のために協力しようとしてくれていることが嬉しくて。

 だから。


「私、頑張ります。帝国の淑女教育を含め私の淑女教育は12歳で止まっているので、キャシー先生から見たら見るに耐えないものかもしれませんが、私は旦那様……アレックス・クレイン辺境伯様の妻となった身。

 同時に、ウィバリー帝国の一員として皆様に認めて頂けるよう精進して参りたいと思いますので、ご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願い申し上げます……!」


 そう言ってもう一度頭を下げると。


「そう簡単に頭をお下げになると全てが軽く見えますわ」

「!」


 キャシー先生の言葉に慌てて顔を上げる。

 そうしたことで、キャシー先生が小さく笑っていることに気が付き目を見開く私に、キャシー先生は言った。


「バルドゥル様……皇帝陛下からあなたに淑女教育を教えてくれないかと言われた時、正直なぜ私がとは思いましたわ。

 けれど、そうですわね、なぜバルドゥル様が私にあなたを託したのかも今では納得がいく気はしております」

「え……?」


 どういう意味だろう、と首を傾げた私に、キャシー先生はクスッと笑ってから、手を叩いて言った。


「さて、お話はこれくらいにして。時間は有限ですから、さっさと本題に入りましょう。

 準備はよろしくて?」


 キャシー先生の言葉に、私は気を引き締めるため真っ直ぐと先生の瞳を見つめて、「はい」とはっきりと返事をしたのだった。





「はい、終了ですわ」


 お疲れ様でした、と締め括ったキャシー先生の言葉に内心ドキドキしながら尋ねる。


「……いかがでしたでしょうか?」


 私の言葉に、キャシー先生は「そうですわね」と相槌を打ってから、試験の結果をメモしていたのであろう紙に目を落としたまま答える。


「マナーについては申し分なしでしたわ。

 むしろ、12歳までしか教育を受けていないということが信じられないレベルですわ。

 ダンスも挨拶もお茶会のマナーにおいても、帝国に住む貴族と比べてもあなたの方が所作が自然で美しいかと」

「!? そ、それは過分な評価では」

「あら、私の目に狂いがあるとでも?」

「い、いえ! 滅相もございません」


 意図せず気を悪くさせてしまったかと慌てる私に、キャシー先生は息を吐いて言う。


「全体的にあなたは優秀です。……ただ一つ、致命傷がありますわ。それが何かお分かりかしら?」


 キャシー先生の言葉に、迷うことなく答える。


「表情……、特に、微笑みを浮かべることが出来ないこと、でしょうか」


 テストをしていても感じる。

 やはりまだ、緊張すると余計に顔の筋肉が強張ってしまい、僅かに口角を上げることすら難しいと。

 そんな私の言葉に、キャシー先生は「確かに」と口にする。


「笑みを浮かべられた方が良いに越したことはありませんわ。

 笑みは場を和ませることも出来ますもの。

 ですが、あなたにとってそれはさほど問題ではないかと。

 お話をしながら柔らかい口調で話すことを心がけていらっしゃるのは伝わってきましたから、無表情だからと怒っているとか無愛想だとか、そういう印象は与えることはないと思いますから、そこは逆にお気になさらない方がよろしいかと思いますわ」

「! そ、そうですか」


 口調だけはせめて、と思っていたけれどそれが伝わって良かったと内心安堵していると、キャシー先生は紅茶を一口飲んでから口にした。


「全体的にあなたは優秀です。……ただ一つ、致命傷だと私が感じたのは、あなたのその自信のなさですわ」

「!」


 キャシー先生の指摘に、膝に置いていた手が震えた。

更新が大変遅くなってしまい申し訳ございません…!

リアルの方はまだまだ多忙なのですが、ある程度の書き溜めが終了しましたので更新再開いたします。

6月中の完結を目指して頑張りますので応援していただけたら幸いです…!

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