公爵令嬢キャシー・コックス
皇帝陛下にご相談してから三日後。
「……あの」
「何だ?」
隣にいる旦那様を恐る恐る見上げ、もう幾度めか分からない質問を繰り返す。
「お仕事、大丈夫ですか?」
「問題ない」
(即答する割には後ろからの視線が突き刺さる……)
そっと後ろを見やれば、家令のネイトと旦那様の右腕と言われる副団長様がぶんぶんと首を横に振っている。
つまり、旦那様はお仕事のお時間を返上して私に付き合ってくれているということで。
そこまでしてなぜ私に付き合ってくれているかというと……。
「来たぞ」
「!」
旦那様の言葉に顔を上げ……、自分の視界に飛び込んできたその方を拝見して思わず見惚れてしまう。
それは、自分とは真逆と言って良いほどの容姿を持つ女性だから。
ぱっちりとした大きな紫色の瞳に、金色の髪は毛先が巻かれており煌びやかな印象だけど品の良さが感じられる。
そして極めつけは、スタイルの良さとセンスが際立つ淡い水色のドレスに、サファイアのアクセサリーがその髪や瞳によく映えて……。
「……綺麗」
「よほど俺より独占欲が強くないか?」
思わず呟いた私の感想と旦那様の呟きが重なって。
何を言ったか聞き取れなかった私が首を傾げている間に、女性は私達の元へ真っ直ぐと歩み寄ってくると、見惚れてしまうほどに完璧な所作でにこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「お初にお目にかかります。
私がバルドゥル様から淑女教育の講師をしてほしいという命で参りました、コックス公爵家が長女のキャシー・コックスと申しますわ。
以後お見知り置きを」
そう口にし、お辞儀をした姿に唖然としてしまう。
(っ、この方が私に淑女教育を教えてくださる先生……!)
バルドゥル様の命、という言葉に思い出す。
バルドゥル様が相談と称して尋ねられたお言葉を―――
『君は夫人……、つまり母親くらいの年齢の女性教師と、アレックスと同じ歳で手本になるような女性だったらどちらが良い?』
『……旦那様と同じ歳の女性が良いです』
母親くらいの年齢と言われると、どうしても義母であったベート侯爵夫人を思い浮かべてしまいそう答えた私に、皇帝陛下は『そうだよね』と笑って言ったのだ。
『分かった。では彼女に頼んでみるとしよう。
ただし、彼女はかなり癖が強いから用心してね?』
そう言って意味深に笑ったのだ―――
そんな三日前のやりとりを思い出していると。
「……0点ですわ」
「え?」
キャシー先生から発せられた言葉に首を傾げれば、キャシー先生は天使のような見た目とは打って変わり怒りを露わにする。
「礼儀作法がまるでなってないですわ!
挨拶をされたら返事を返す! ましてや初対面で呆けている場合ではないですわ!
こんなこと、教わらなくても常識でしょう!?」
「やめないか、コックス令嬢」
そんな私とキャシー先生の間に割って入ったのは、言わずもがな旦那様で。
大きな背中に庇われた私は横から顔を出すと、キャシー先生が旦那様に言葉を返す。
「そもそもどうして貴方がここにいらっしゃるの?
私が頼まれたのは、その後ろにいる貴方のご結婚相手に淑女教育を指導することなのですが?」
「君の言い方が些かキツイ傾向にあるから心配で見に来たんだ」
「あら、辺境伯というお立場であらせられるのに随分余裕でいらっしゃいますのね」
「あぁ、俺は優秀だからな」
(す、凄いやりとり……じゃなかった、私のせいでこうなっているんだわ!)
私は慌てて旦那様の裾を引っ張ると見上げて言った。
「旦那様、私は大丈夫ですので……」
「だが」
「本当に、大丈夫です」
そう言ってチラリと後ろを見やれば、ネイトと副団長がキラキラとした瞳でこちらを見ている。
それに気付いた旦那様は渋い顔をしてから口にする。
「……君がそう言うなら」
「はい」
大丈夫、という意味を込めてはっきりと頷いて見せれば、旦那様は再度キャシー先生に向き直って強い口調で言う。
「何度も言うようだが、君はもっと物腰を柔らかくしろ。でないと、バルドゥルの心は射止められないぞ」
旦那様の言葉に、キャシー先生はカッと顔を赤くする。
「よっ、余計なお世話ですわ!」
(あら? 旦那様のお言葉とこの反応を見るに、もしかしなくてもキャシー先生って……)
「ティアナ」
「はっ、はい!」
名前を呼ばれ旦那様を見上げれば、ポンと頭にで載せられ、顔を覗き込まれる。
「無理はするなよ。万が一いじめられたら俺に言え。良いな?」
「あ……」
それに対して何と返事をすれば良いか分からず口篭った私の代わりに、キャシー先生が「いじめたりしませんわよ!」と怒る。
旦那様は「はいはい」軽くあしらうように言ってから、私をチラリと見て行ってしまう。
その背中を見つめながら一瞬疑問に思う。
(やはり、旦那様とキャシー先生はお知り合い? それも、かなり仲の良いやりとりのような……)
とそこまで考えてハッとする。
いけない、と自分を叱咤し、改めてキャシー先生に向き直ると、今自分が出来る精一杯の淑女の礼をして口にする。
「先程はキャシー先生の美しい所作に見惚れて自己紹介を忘れてしまい、ご無礼を働き申し訳ございません。
改めまして、私がアレックス・クレイン様の妻となりました、ティアナ・クレインと申します。
本日よりご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます」
そう口にしたのに対し、キャシー先生がボソリと呟く。
「……私の所作に見惚れていた、ですって?」
「? は、はい」
何か悪いことを言ってしまったか、とドキリと心臓が跳ねる私とは裏腹に、キャシー先生は黙ってしまったかと思うと、少しの間の後言った。
「そ、そう。では、お部屋まで案内してくださるかしら?」
キャシー先生の言葉に「はい」と返事をすると、予め準備していたお部屋にお通ししたのだった。
更新が出来ず申し訳ございません。
リアル多忙のため、少々お時間を頂きます。
最終回までの目処が立ちましたら(遅くても今月中には)再開予定です。
楽しみにお読みくださっている読者様、大変申し訳ございません。把握のほどよろしくお願いいたします。




