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心に誓って

『二ヶ月後に夜会が開かれることになった』

『やはり君を夜会に参加させるべきではない。

 この話は聞かなかったことにしてくれ』


 思い起こされるのは、旦那様の優しすぎるお言葉。

 今日一日、ずっとそのことばかり考えていて。

 気が付けば、あっという間に窓の外は暗くなっていた。


(……私、何をやっているのだろう)


 私を救い出してくれた旦那様のお役に立とうと思ってここへ来たのに。


「……これでは、旦那様のお役に立つどころか、足を引っ張っているじゃない」


 そう呟いてみたけど、心は鬱蒼とするままで。


(分かっている)


 このままではいけない、本当は参加すべきだと。

 だけど、心に歯止めがかかる。

 今の私が夜会に参加したら、旦那様の足手纏いになるだけ。

 それも、ベート侯爵家の方々と顔を合わせてしまったら……。

 その時、コンコンと部屋の扉がノックされた。


(ローナが帰ってきたんだわ)


 あまりにも物思いに耽っていた私を見かねたローナが、『ホットミルクを淹れてきます!』と行って部屋を出て行ったから、とその扉に向かって返事をすると、ガチャリと扉が開く。

 そして、そこに立っていたのはローナではなく。


「不用心だな」

「……だ、旦那様!?」


 慌てて姿勢を正し駆け寄った私に、旦那様は眉を顰める。


「いくら屋敷の中が安全とはいえ油断は禁物だ。

 俺だったから良かったものの、これからはきちんと誰だか確認してから部屋に入ることを承諾しろ。良いな?」

「は、はい……」


 でも、どうしてこんな夜遅くに旦那様が、と瞬きを繰り返していると、ふと旦那様の手にホットミルクのカップが二つあることに気が付く。


「それって……」

「あぁ、俺も飲みたくて君もどうかと思ったんだ」


 一発で嘘だと分かったけど、ローナと旦那様のお気遣いを嬉しく思い、「ありがとうございます」とホットミルクを一つ受け取って言う。


「では、お部屋へどうぞ」

「……は?」

「いかがなさいました?」


 何か悪かったか、と首を傾げれば、旦那様はほんのり顔を赤らめて言った。


「いや、そう簡単に自分の部屋に通すのは、良くないぞ……」

「?」


 何のことだろう、と首を傾げて……理解した私は、以前と同じ言葉を口にする。


「ですが、旦那様は私の夫ですし、この前も寝室でしたし問題ないかと」

「うっ……、だ、だが、君の部屋だとまた別というか」

「??」


 緊張するという意味だろうか。

 あまり気持ちは分かってあげられないけど、見たことのないほど動揺する旦那様を見て……。


「ふふっ」

「っ、おい、笑うな」


 自然と溢れた笑みに、旦那様はそう言った後ハッとしたように慌てる。


「いや、君の場合は笑った方が……、あーっ、くそ」


 旦那様は髪をかきあげた後、私をチラリと見遣ってから呟くように言う。


「……せめて何か上に着てくれ」

「上?」


 旦那様の目線の先にあったのは、私の寝衣で。

 初めて出会った時の夜に着ていたものよりはずっと布が厚いとはいえ、寝衣は寝衣。

 “旦那様は夫だから”と思う私も、旦那様が動揺されるところを見ているうちにつられて顔が赤くなっていって……。


「そ、そんな目で見るな」


 気が付けば見つめてしまっていたらしく、慌てて謝りながらお部屋に旦那様をお通しする。


「ど、どうぞ」

「……あぁ」


 私は旦那様が入ったのを確認して扉を閉めてから、素早くホットミルクを置き、上着を着ようと箪笥を開けたけれど……。


「……あの」

「なんだ?」


 私はおずおずと答える。


「申し訳ございません、上着を持っていなくて……」

「……上着がないだと?」

「ひっ」


 旦那様の喉から出た地を這うような声に、思わず驚いて声を出してしまった私に、旦那様が慌てる。


「待て、違う、今のは君に怒ったのではなくて……、上着がないということは、ベート侯爵家では服も満足に買い与えられなかったということか?

 ドレスやアクセサリーやなんかは、初日にかなりあったように見受けられたが」


(あぁ、旦那様にはバレてしまうわ)


 けれど、旦那様にこんなところで嘘をつきたくはない、と恥と無礼を承知で正直に話す。


「……確かに初日に着てきたものは、ベート侯爵様からいただいたものですが、他の嫁入り道具は全て国王陛下からいただいたものです。

 私は何もお返しすることが出来ませんから、全てお返ししようと思ったのですが、全部が全部突き返すようにお返ししては無礼に当たると思い、数点だけいただいて後はお返ししようと思っております」

「……なるほど、だから君はここへ来た時から大体同じ服ばかり着ているのだな?」


(っ、やはりバレていた……!)


 恥ずかしくなりギュッと寝衣の裾を握って謝ろうとするよりも先に、旦那様は言う。


「大体分かった。ヘルツベルクの国王は辛うじてまだまともな感性を持ち合わせていたようだが、ベート侯爵に温情の余地はないと。

 また、国王からの嫁入り道具を数点残し返すという聡明な君の判断も正しい。……いや、本来ならば国のために人質となるようにここへ嫁いだのだから、全てもらったとしても割に合わないと思うが。

 確かに全てもらうとなると君は萎縮するだろうし、何より俺が気に食わない」

「き、気に食わない? それはなぜですか」


 なぜ旦那様が、と目を見開く私に、旦那様は腕組みをして言う。


「俺を誰だと思っている。これでも辺境伯だ。報奨金は戦の度もらっているし金はある。

 妻となる君に何も買い与えないような不義理なことはしない」

「……!?」

「なぜ驚く」

「そ、その言い方だとまるで、私に買ってくださると言うふうに聞こえてしまうのですが……」

「まるでじゃない。本当のことだ。

 むしろ、今まで気が付いてやれなくて悪かった。嫁入り道具があれだけあれば大丈夫だと思っていた俺が愚かだった。申し訳ない」

「あ、謝らないでください!」


 旦那様が頭を下げそうになったのを見て慌てて駆け寄る私に、旦那様がふっと笑う。


「これで分かったか? いちいち謝られると身が持たんと」

「……っ」


 思いもよらない返答に言葉が出てこなくなる私に、旦那様はもう一度笑ってから「とにかく」と口にした。


「君はまだ嫁いだばかりだし余計な負担をかけたくない。

 夜会のことは本当に気にするな。

 それよりもやるべきことはたくさんある。

 まずは明日、早急に君の服を見繕うために仕立て屋を呼ぼう。

 それから……、ティアナ? なぜ泣いている?」


 旦那様が私の頬に流れた涙を拭ってくれる。

 その優しい手つきに、余計に涙が込み上げてしまって。


「ど、どうした、何か悪いことを言ったか?」

「いえ……、いえ、むしろ逆です。なぜ、こんなにも悩んでいたのだろうと」

「え……?」


 涙を拭いながら思う。


(怖くないと言えば嘘になる。けれど、こんなところで弱音を吐いて、逃げては彼らの思う壺。

 私はもう一人じゃない。だって、私には)


 ―――旦那様がいてくれるから。


 意を決して顔を上げる。

 旦那様はそれにより、瞠目した。

 もう迷わないと決めて、一言、はっきりと言葉を発した。


「私も、夜会に参加させてください」

「……!」


 必ず、旦那様のお役に立つ。そう心に誓って。

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