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穏やかに流れる時間

 そもそも、どうして旦那様と夜にこうしてお話することになったかというと、私からお願いしたからだ。

 昼間旦那様の元へ訪れた時のお礼がしたかったのと、その時に要件を伝えそびれてしまったことを話すために。


(お忙しい旦那様のお手間を煩わせるのは、と思った私の背中をローナが押してくれたのよね。

 “夫婦の時間をもっと作った方が良い”って)


 ローナに後できちんとお礼を言わないと、と思いながら旦那様に向かって尋ねる。


「お加減はいかがですか?」

「……あぁ、気持ち良い」

「それは良かったです」


 よく義姉に怒られながら磨いた技の一つが髪を乾かすことで、最終的に義姉から唯一褒められたことでもあった。


(旦那様の場合は少し頭が凝っているような気がするから、マッサージも兼ねて強めにお拭きしているけど……、良かった、お気に召して頂けたようで)


 内心ホッとしていると、旦那様はつぶやくように言った。


「本当に上手いから驚いた」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ。普段から適当に自分で髪を拭きはしていたが、誰かに髪を拭いてもらうのは久しぶりだ。

 だから、君に髪を拭いてもらうということが余計に気が引けたんだが……、案外、良いものだな」

「良かった……」


 ポツリと、本音が漏れる。

 旦那様はそれと、といつもより穏やかな口調で言った。


「今日はすまなかった」

「訓練のこと、ですか? お礼と謝るべきは私の方ですが、旦那様がなぜお謝りに?」

「……君の言うことも一理あると思ったんだが、案の定周りが騒がしかっただろう?

 不躾に君を見るものや隙あらば声をかけようとする輩もいたし……、嫌な思いをしたのではないかと思ってな。すまなかった」


 旦那様の謝罪に、私は首を横に振る。


「そんなこと。むしろ賑やかなのは好きなので、最初は確かに驚いてしまいましたが、皆様優しい方々ばかりだったのでご挨拶が出来て良かったです」


 旦那様と訓練の後、お屋敷へ戻る最中に数名の騎士様方に声をかけていただいた。

 旦那様の背中越しではあったけど、どの方も優しい方々ばかりで、気さくに話しかけてくださったのだ。

 私としては、元敵国の侯爵令嬢だった自分が受け入れて頂けるかと心配だったから、厚意的な騎士様方の反応に内心安堵していて。

 それに、と旦那様の髪をお拭きする手は止めずに言葉を続ける。


「今日騎士様方の訓練を見たり、お話ししたりして分かったことは、旦那様が皆に慕われているのだなと思いました」

「……俺が?」

「はい。厳しい訓練に旦那様に懸命について行かれているのも、私に声をかけてくださるのも、旦那様のお人柄があってこそのものだと思います」

「…………」

「旦那様?」


 旦那様は私の手首を掴むと振り返る。

 髪を拭くために私が立膝をついているから、旦那様が私を見上げる形で視線が合い、一瞬鼓動が跳ねるのを感じたと同時に、旦那様はとんでもない爆弾発言を落とした。


「いや。騎士達が声をかけたのは、君が綺麗だからだ」

「……はい!?」

「先程も言ったが、男は皆野蛮だ。

 君も用心した方が良い。まあ、俺の妻に手を出す輩は命知らずだと思うが。

 何かあったらすぐに俺に言え。返り討ちにしてやる」

「えっ、えぇ……」


 ここは顔を赤くすべきか青くすべきか。

 私を思っての発言だと理解しながらも、旦那様の口から発せられる物騒な言葉の数々に頷けないでいると、旦那様はまた後ろを向いて言った。


「一割は冗談だ」

「一割!?」

「ははっ、君も大分感情表現が豊かになってきたな」

「……っ」


(わ、笑われた)


 少し恥ずかしいけど、でも、と言葉を続ける。


「……全部、旦那様のおかげです」

「え?」

「死んでいたと思っていた感情が、自分の中にこんなにまだ残っていたんだと思ったら、とても嬉しくて。

 ここへ来て、旦那様やローナをはじめ、皆様に良くしていただいているおかげで、日々が、毎日キラキラと輝いて見えるのです」


 だから。


「何度お礼を言っても、多分私の気持ちを全て伝えることは難しいと思うので……、文にして認めてきました」

「え?」


 旦那様が振り向く。

 私は今日渡そうと思っていた手紙を旦那様に差し出す。


「一通は皇帝陛下宛に、もう一通は旦那様宛に書きました。

 受け取っていただけますか?」

「!」


 そう、皇帝陛下のお手紙にお返事を書こうとした私に、ローナが提案してくれたのだ。

 “せっかくなら旦那様にも書いて直接渡してはいかがですか?”と。


「本当は訓練の時にお渡しするつもりだったのですが、さすがにお仕事中にお渡しするのは良くないと思い、今お時間を頂いたのです」

「…………」


 旦那様から返答がない。

 やはり忙しい時に迷惑だったのでは、と手紙を持つ手を引っ込めようとした時、旦那様にその手を取られる。

 え、と驚き目を見開けば、旦那様は手紙を見て言った。


「……バルドゥルにも書いたんだな」

「は、はい。皇帝陛下にもご迷惑をおかけしてしまいましたし、それに、旦那様とのご縁を結んで頂いたのは皇帝陛下でもありますので、お返事を書きたいと思い……」

「……分かっている。俺が大人気ないだけだ。気にするな」

「??」


 どういう意味が分からず首を傾げれば、旦那様は私の手から手紙を受け取る。

 そして、今度は旦那様が首を傾げた。


「ところでここに手紙が二通あるわけだが、厚みの差が凄くないか?」

「!!」


 不意打ちで指摘を受けた私は、今度こそ羞恥に顔が一瞬で火照るのが分かって。

 頬を抑えながら口にした。


「も、申し訳ございません。旦那様に対するお手紙は、旦那様に対する気持ちを書いていたら、気が付いた時には手紙の枚数が膨大になってしまい……、捨ててもう一度書き直そうとしたのですが、ローナに止められてしまって。

 あの、お手隙の際にお読み頂けたら……、いえ、面倒だったら一枚お読み頂ければ十分で」

「面倒なわけがないだろう」

「わっ」


 旦那様が私の手を引き、その反動で二人同時にベッドから立ち上がる。

 そして、いつものように私が旦那様を見上げる体勢になったところで、旦那様がほんの少し口角を上げて言った。


「妻からの初めての手紙だ。それも、こんなに書いてくれたとは……、時間がかかっただろう?」

「い、いえ! あっという間でしたし、それに、とても楽しかったです」

「……!」


 旦那様が瞠目する。

 その瞳に映る私は、多分、微笑むことが出来ていて。

 旦那様もまた、それを指摘することなく、代わりに同じように笑みを湛えて答えた。


「そうか。それは良かった。

 ありがとう、手紙も、髪の方も」

「……! はい!」


 今度こそ嬉しさが込み上げてきて。

 上手く笑えているかどうかは分からないけど、自然と口角を上げれば、旦那様は少し固まった後咳払いして言った。


「あー……、手紙はゆっくり読ませてもらう。

 時間がない中で流し読みなどしたくないからな。

 それと」


 旦那様が不意に私に手を伸ばす。

 驚いて目を瞑ってしまったけど、訪れたのは頭に載った旦那様の手の重みで。

 ハッと目を見開いた私に、旦那様は口にした。


「負担にならなければ、また、髪を拭いてくれたら嬉しい」

「……! もちろん、喜んで!」


 即答した私に、旦那様がふはっと屈託のない笑みを浮かべたのを見て、願わくばその笑顔をいつまでも見たいと、そう思った。

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