力強い言葉と
「本日はありがとうございました」
そう言って頭を下げれば、先程訓練を終えたばかりの旦那様は額に流れる汗を拭いながら答える。
「なぜ君が礼を言うんだ」
「旦那様に頼まれたのではなく、お仕事されているお姿を拝見したいと、我儘を申して見学させて頂いたのは私の方なので」
旦那様に紹介して頂いた私は、お邪魔になってしまうからと帰ろうとしたけど、旦那様が提案してくれたのだ。
“せっかくここまで来たのだから見学していけば良い”と。
「初めて騎士団の訓練というものを拝見したのですが、想像以上に過酷で驚きました。
あれだけ大変な訓練をなさっているからこそ、帝国の内外問わずその名が轟く強さがあるのですね。
歳も、私よりも若く見える方々もいらっしゃったようにお見受けしました」
「あぁ、君の言う通りだ。最年少は14歳、最年長で44歳。
一応45歳まででこの騎士団からは卒業することになっている。
特にこの騎士団は、訓練を見てもらっても分かる通り戦場において先鋭部隊として駆り出される存在……、つまり、皇帝の名の下に常に帝国最強でいなければならない騎士団だからな」
「…………」
遠くを見つめる旦那様は、風格と威厳があり、まさに英雄の名に相応しいいでたちで。
思わず目を細めた私に気付き、旦那様はこちらを見て首を傾げる。
「なんだ?」
「旦那様が、改めて凄い方なのだということを実感しました」
「……やめろ、素直すぎる君に言われるとなんだか変な感じがする」
「!? ご、ごめんなさい!」
「謝ることじゃない。これは俺の勝手な問題、だからな」
「……?」
勝手な問題、という言葉に今度は私が首を傾げてしまったけれど、旦那様は慌てたように一つ咳払いしてから話題を変える。
「そ、それよりも驚いただろう? 君を不躾に見る輩が大勢いて。その上注意してもうるさいと来たものだから全く……」
「い、いえ!」
でも確かに、少し緊張してしまった。
闘技場は円形になっており、観客席が会場全体を見渡せるように高い位置にある。
そのため、見学している私がかなり目立ってしまっていたようで、騎士様方からの視線を大いに受けていたのは感じていた。
その度、旦那様が怒鳴り声を上げて注意しているのを聞くたび、申し訳ない思いでいっぱいになったのだ。
「私が皆様の集中を途切れさせてしまったと言いますか、何の前触れもなく見学なんて気が散ってしまいますよね。申し訳ございません」
「君が居ようが居まいが、騎士たるもの気を散らすことは愚かな行為だ。
戦場に立てば、常に生死が隣り合わせにある。
休む時間なんてものはない。いち早く危険を察知しなければ、一発で寝首をかかれることになるからな」
(だから、あんなに怒っていたのね……)
旦那様の言葉一つ一つにズシンとした重みを感じて。
そんな旦那様に対し、初日の自分の言動が改めて軽率で愚かなものだったということを思っていると。
「俯くな」
「!」
不意に視界に旦那様が入り込んで来たものだから驚き目を見開くと、旦那様は言った。
「感情表現をした方が良い、というようなことを言った覚えはあるが、君の場合些か人より暗い表情だったり俯いたりしていることが多い気がする」
旦那様の指摘に、ハッと気付き慌てて言う。
「も、申し訳ございません! 不快な思いをさせてしまい」
「不快……、不快ではないが、まあ憤りに似たものを感じることはあるな」
「憤り!?」
不快な思いだけでなく憤りまで感じさせてしまうとは、と反射的に謝ろうとするのを阻止される。
「そういうところだ」
「わっ」
肩を掴まれる。初日とは違う、痛くないくらいの力加減で。
そうして旦那様は私と目線を合わせて言った。
「君の性格を否定するものではないから誤解しないでほしいが、君の性格をそうさせたのは、君の実家での暮らしが原因だ。
感情表現が表に出ないようになったのも、全て。
だが、もう君は実家ではなくここで暮らしているのだから俯く必要も度を超えて謝る必要もない。
下を向くな。前だけを見ていろ。
そうすれば、君が生きる道が……、“本当の自分”が自ずと見えてくるはずだ」
「本当の、自分……?」
「あぁ。今の君もまた“本当の自分”ではあるが、好きなようには生きていないように見える。
すぐに謝る癖も、俯きがちなところも。
まあ、言ったところで治すのは難しいかもしれないが。……あぁ、ではこうしよう」
旦那様は私から離れ、目線を合わせていた腰を元に戻し、私を見下ろして言った。
「もし俯きそうになったら俺を見ろ。
そうすれば、嫌でも君は俺を見上げる姿勢になるから俯くことはない。そうだろう?」
「……!」
そう言って、旦那様は笑みを浮かべた。
「……初めて」
「え?」
驚いたように目を見開く旦那様を見上げて言葉を紡いだ。
「旦那様の笑ったお顔を拝見するのは、これが初めてです……!」
「……は?」
「人に笑顔を向けられるのって、こんなにも温かいこと、だったんですね……」
知らなかった、と温かな心地が広がった胸の前で両手を握れば、旦那様は一つ咳払いしてから言う。
「……君は、やはり変だ」
「え?」
上手くその言葉が聞き取れず、首を傾げたその時、ヒュー、と口笛が聞こえてきて。
そちらを見やれば、騎士様方が私達を見て口々に声をあげていて。
「イチャイチャしないでください、団長〜!!」
「やっぱり羨ましいっ……」
「俺達まだ独り身なんっすよ〜!」
そんな声が届いて。
口々に言う騎士様達に向かって、旦那様は一言、誰よりも大きな声で端的に怒鳴った。
「トラック10周‼︎‼︎」
旦那様の容赦ない指令に、まだ訓練を終えたばかりの騎士様達から悲鳴交じりの声が闘技場に響き渡った。




