辺境伯家に嫁いだ妻として
「もう一度尋ねる。どうしてここにいるんだ」
旦那様の言葉に素直に応えようとした私だったけど、旦那様は頭をかいて言う。
「どうせ、ローナに連れて来られたんだろう?」
「そうですよ、辺境伯様!」
ローナは私を庇うように立つと、旦那様に向かって声を上げる。
「私がティアナ様をお連れしました。辺境伯様があまりにも仕事人間のため、ティアナ様に実際にそのお姿を見て頂こうと思いまして。“歩み寄りが大事”だからと」
「なぜ勝手に判断する」
「辺境伯様にお尋ねしたら絶対に拒否されるではないですか」
「当たり前だ!」
ローナと旦那様の不穏なやりとりを見て、慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ございません!」
「「!」」
「私が悪いのです。
私が旦那様の応援に……、騎士姿の旦那様のお仕事を見てみたいと言ったからなんです」
嘘は言っていない。
ローナに後押しされた部分も確かにあるけど、いずれ旦那様のご活躍はこの目で見てみたいと思っていた。
戦場に共に立つことは出来ずとも、旦那様のお仕事を把握するのは妻として大事な役目だと思っていたから。
「ですが、旦那様のおっしゃる通りお邪魔でしたよね。
私はほんの数日前までヘルツベルクの人間でしたし、少し見学させて頂ければ、なんていう浅慮な行動の結果、こうして旦那様のお手を煩わせることになってしまい……、本当に申し訳ございませんでした。
後でしっかり罰を受けますので、今はご容赦くださいませ」
「ちょ、ちょっと待て。なんだ? 罰って」
「え……?」
焦ったような旦那様の言葉に目を瞬かせれば、旦那様は何かを察したようで呟いた。
「……そうか、ティアナの実家の境遇がそうさせたのか……」
「旦那様?」
上手く聞こえなかった私が首を傾げると、旦那様は頭を振ってから念を押すように口にした。
「良いか、よく聞け。俺は君が悪いことをしたからといって“罰”を与えはしない。
叱ることや怒ることは……、まあ、あるかもしれないが。
逆に君がそういうことを言おうものなら、俺がまるで妻に罰を与えるような人間に聞こえるから二度と口にするな。分かったか」
「……! そ、それは大変ですね。分かりました、慎みます」
慌てて頷いた私に、旦那様は「やはり“俺のために”注意すれば良いのか」となんだか渋い顔をしながら、咳払いした後言った。
「後、また君は謝っていたが、俺は君に怒っているんじゃない。ローナに怒っているんだ。
どうせ、ローナに何か言われてここまで来たんだろう?」
「そ、それもそうですが……、ここへ来ようと最終的に決めたのは、自分の意志です。
先程も申し上げた通り、旦那様がお仕事をするお姿を見てみたいと思ったので……」
「……俺が仕事する姿?」
「は、はい……」
小さく頷いた私に、旦那様は髪をかきあげて言う。
「君は責任感が強すぎないか。妻だからと言って、こんなむさ苦しい場所に来なくて良い。
騎士団なんて男所帯で俺のように野蛮な男達ばかりだ。
そんな場所に、君のように可憐な女性が来るべきではないと思ったんだ」
(……そうだったのね)
旦那様は私のために『なぜここへ来た』と言って下さったのね、とやはりお優しいと思いながらも言葉を返す。
「ありがとうございます、旦那様。
ですが、私は旦那様に嫁いだ身であり、旦那様に仰っていただいたように、クレイン家の一員となりました。
もし旦那様が私を妻として認めて頂けているのなら、妻として、騎士団の皆様にもご挨拶をさせて頂きたく存じます。
ウィバリー帝国を旦那様と共に戦う騎士様方に誠意を尽くすには、私が旦那様の背中に隠れてばかりの妻では駄目だと思うのです」
ギュッと胸の前で手を握って発した言葉に、旦那様も、それからローナも固まってしまって。
沈黙が流れたところで、自分の言動にハッとする。
(な、何を偉そうに言っているの、私!
これでは旦那様に私から説教をしているようなものではないの)
そもそも、旦那様は“必要ない”と判断したから私をここへ連れて来なかったわけで……。
再び謝ろうとした私よりも先に、旦那様が「そうか」と顎に手を当て言った。
「確かに、君の言うことの方が正しいな」
「旦那様?」
「よし、決めた」
旦那様はそう言うと、私の背中を騎士様方のいる闘技場に向かって押す。
何が起きるのかと私を含めて騎士様方も驚いた中で、旦那様は声高に告げた。
「紹介しよう。彼女が俺の妻となったティアナ・クレインだ。
彼女に無礼を働いた者は容赦なく斬り捨てるからそのつもりで。良いな」
「だ、旦那様!?」
何やら物騒な物言いだったため驚いた私の声は、騎士様方の歓声に消える。
そして、騎士様方からは色々な声が飛び交った。
「あの方が噂の、皇帝陛下からの命によるヘルツベルクから来た花嫁さんなんっすね!」
「信じられないくらいの美人なんだが……! くぅっ、羨ましすぎる……っ!」
「あの堅物団長に先を越されるなんて……っ」
様々な反応を示す騎士様方に驚き、旦那様を見上げれば、旦那様はその騎士様方を見て、どこか遠い目をして呟いた。
「……だから連れてきたくなかったんだ」




