旦那様の仕事姿
朝食を摂り終え、一度部屋に戻った私に向かってローナが提案した。
「さて、本日のご予定ですが、昨日はお屋敷のご案内をさせて頂いたので、今日は辺境伯様が“英雄”と呼ばれるようになった所以となる場所に参りましょうか!」
「“英雄”と呼ばれるようになった所以となる場所……?」
首を傾げた私に、ローナはどこか悪戯っぽく笑ってみせたのだった。
「わぁ……」
規模の大きさに思わず感嘆の声を漏らした私に、ローナは笑みを浮かべて説明してくれる。
「こちら、辺境伯様が“英雄”と呼ばれ、その辺境伯様と共に一躍有名になった騎士団が普段訓練している“闘技場”です!」
闘技場という名称に、思わず目を見開く。
(淑女教育の一環で名前だけは聞いたことがあったけど……、とても大きい)
さすがは帝国の辺境伯家というべきか、要塞を兼任しているお屋敷に負けず劣らずの規模と迫力に圧倒されていると、ローナは嬉しそうに言った。
「このお時間ですと丁度辺境伯様がいらっしゃいますよ」
「え……!?」
「午前中は身体を動かすと午後の執務が捗るそうで、騎士団の訓練を自ら行っているのです。行きましょう!」
「で、でも、旦那様に怒られてしまわないかしら? せめてご許可を頂いてから」
「大丈夫ですよ! ティアナ様も“用事”がおありだったでしょう?」
そう言われ、喉に詰まる私に更に念を押すようにローナが「それに」と囁く。
「ご覧になりたくないですか? 辺境伯様の勇姿を!」
「!」
確かに、旦那様のお仕事がどういうものなのか、また、その姿を見てみたいと思ってしまう自分がいて。
でも勝手に見に行って怒られはしないかと迷う私の背中をローナが押す。
「大丈夫ですって! 嫌がるかもしれませんが、内心は嬉しいはずなんです。
逆にティアナ様が『応援に来た』と言えばお喜びになるはずですし、より訓練に力が入るかと!」
「ロ、ローナがそこまで言うなら……、でも、ちょっとだけよ? 御迷惑にはなりたくないから、本当に少しだけ」
「はい、かしこまりました!」
ローナの悪戯っぽい笑みに、これは本当に大丈夫なのだろうかと内心ドキドキしながら、上機嫌なローナについていくように後ろを歩く。
そんな私に、ローナは説明してくれる。
「ちなみに、この闘技場に所属している騎士団は、辺境伯様自ら団長として率いており、辺境伯様同様帝国一の最強騎士団として有名です。
騎士団の正式名称は、“クレイン辺境騎士団”なのですが、その強さから巷ではこう呼ばれています」
ローナが立ち止まる。
そして、クルッと振り返って言葉を紡いだ。
「“死神騎士団”」
「……!」
ローナから発せられた単語に息を呑んだ、その時。
ワァッと、建物を揺るがすような物凄い歓声が耳に届いて目を瞬かせると、ローナが口にする。
「あ、やっぱり丁度良かったですね!
ティアナ様、行きましょう!」
「え、えぇっ?」
何が起きているのか分からないけど、ローナが「お早く」と私の手を引いて走り出す。
(ロ、ローナって足が速いのね……!)
さすがは辺境伯家に代々仕えている侍女というべきか、特殊な訓練を受けているのかもしれない。
それなら是非習いたいわなんて思ってしまいながら私も懸命に走っていると、やがて少し薄暗かった廊下が急に開け、太陽の眩い光に包まれて……。
「……!」
あまりにも眩しい光に目を細めた瞬間、キィンッと金属同士がぶつかり合う鋭い音が耳に届いて。
咄嗟にその方角を見たのと、ローナが声を上げたのが同時だった。
「丁度辺境伯様が戦っていらっしゃいますよ!」
「!」
ローナの言う通り、一人は旦那様、もう一人は騎士団の一人と見られる男性が剣を交えていて。
その周りには、お二人の姿を見守る騎士団の団員と見られる騎士の方々がいらっしゃる。
そして、中心にいる旦那様が戦っているお姿を目にした瞬間、一瞬にして心を奪われ目が釘付けになる。
剣術のことを全く知らない私でも、余裕のある動きで相手の男性の攻撃を受け止めるお姿を見て、旦那様はお強いのだということが鳥肌が立つほどに感じ取れて……。
「あっ、団長! ローナさんと女性が来てますよ!」
「……って、もしかしなくても団長のお嫁さんじゃねぇ、ですか!?」
「!!」
陰からこっそり見ていようと思ったことをすっかり忘れていた私は、見学していた騎士様方に見つかってしまう。
そんな騎士様方の言葉を聞いた旦那様が、こちらを見遣ったのと同時に対峙していた騎士様が攻撃を仕掛けて……。
「旦那様っ!!」
負けてしまうと、焦って声を上げた私の心配は無用だった。
旦那様はひらりと軽やかに攻撃を躱したかと思うと、剣を持っている方の手で騎士様の首を打つ。
その騎士様が衝撃で、地面に膝をつき左手を挙げたことで、試合の勝敗が決まった。
「勝者、アレックス団長ーーー!!」
旦那様のお名前が闘技場に轟いたことで、ワァッと歓声が上がる。
そして、勝者である旦那様はというと、クルッと私の方を振り返り……。
「!!」
こちらを睨みながら音を立てんばかりに歩み寄ってきたかと思うと、私を見上げて地を這うような声音で尋ねた。
「……どうしてここにいる」
「あの、その、えっと……」
まさか好奇心で、なんて言えるはずもなく。
「そこで待っていろ」
旦那様はため息交じりにそれだけ告げると、身を翻して出口の方へと向かう。
『そこで待っていろ』ということはつまり、観客席へやって来るつもりなのだということに気が付いた私は、慌ててローナの方を見やれば、ローナは悪戯っぽく笑っていて。
(旦那様に怒られてしまうわ……!)
身の危険を感じつつも、戦っていた旦那様の勇姿が脳裏から離れず、今でも鼓動が速いままの私の元へ、先程まで戦っていた旦那様が大股で足早に近付いてきて……、私の目の前で険しい顔をして立ち止まったのだった。




