素直な気持ちを、言葉に載せて
翌朝。
今日も食堂に向かえば、旦那様のお姿があって。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶を返してくれたことに、素直に嬉しいと思いながら席に着いた私に、旦那様は言う。
「……何が、そんなに嬉しいんだ?」
「えっ?」
思いがけない言葉に目を瞬かせれば、旦那様は私をじっと見つめて口にする。
「顔に出ている」
「……うそ」
もしかして笑えているのかも、という淡い期待を胸に表情筋を触ってみたけど、ピクリとも動いていない。
だというのに、なぜ旦那様が気付いたのか不思議に思い尋ねた。
「どうして、お分かりに?」
「見れば分かるだろう」
「……?」
首を傾げた私に、後ろから吹き出す音が聞こえて振り返れば、ローナと家令のネイトが肩を震わせて笑っていて。
それを見た旦那様はネイトさんをギロリと睨む。
「……ネイト」
「失礼いたしました。私共ではティアナ様のお顔を見ても嬉しそう、とは思わなかったもので」
「凄いなと思っただけですよ。ね、ネイトさん」
ローナとネイトの会話に、旦那様の眉間に皺が寄ったのを見て慌てて口を開く。
「本当に、旦那様は凄いお方なのですね!
相手のお顔を見ただけでどんなことを考えているかをお分かりになるなんて!」
「いや、それは違」
「ご謙遜なさらなくて良いと思います。
無表情の私の顔を見て気持ちが分かったということは、本当に凄いことだと思いますから。
さすがは皆の英雄様ですね!」
「っ、君はわざとやっているのか?」
「え?」
わざと、と言われキョトンとしてしまった私を見て、旦那様はなぜかため息を吐いた後言った。
「……では逆に尋ねるが。君はどうして嬉しそうだったんだ?」
「えっ……!?」
「君の口調からするに、俺の言っていることは当たっていたのだろう?」
「……っ」
確かに当たっていたけど、まさか問い返されるとは思わず狼狽える私を旦那様は見つめる。
(……うぅ)
本当のことを言うのは恥ずかしい。
けど、旦那様に尋ねられたのだし、自分の気持ちに素直にならなければ。
そう思い、意を決して言葉を紡ぐ。
「……嬉しい、と思ったのは、旦那様と朝食を一緒に摂ることが出来るからです」
「え……?」
「朝の挨拶を交わして、誰かと食事を摂る。
私が憧れて、思い描いていた家族の形が叶うとは、思ってもみなくて」
いつも、羨ましいと思っていた。
侯爵様と奥様とビアンカ様。
三人で楽しそうにお食事をなさっている姿を、私は部屋の外でただ一人眺めていた。
良い子にしていれば、いつか“家族”として認めてもらえる。
そう思って淑女教育を頑張ったけれど、結果的には認めてはいただけず。
“家族”になるどころか、“いらない子”と言われて育ってきた私には、所詮叶わない縁遠いものだと思っていた、けど。
「旦那様の元へ嫁いできて、皆様に良くしていただいて。
私、夢を見ているのではないかと思ってしまうんです。幸せすぎて……」
幼い頃から願っていた、叶わなかった夢が今、ここへ来て一つずつ叶っていく。
それがなんだか嬉しさを覚えると同時に、不安にもなって。
「朝起きて、旦那様のお顔を見て、夢ではないんだって。
そう思ったら、嬉しさが込み上げてきて。
旦那様と家族になれた気がして、本当に嬉しかったんです」
旦那様にとってこの結婚は不本意だろうけど、私にとってこの結婚は……。
「“家族になれた気がする”じゃなくて“家族”だろ、俺達は。
式を挙げたわけではないが、皇帝陛下にも認められた夫婦だ。
夫婦も立派な家族だろう」
「……!」
旦那様の言葉に顔を上げれば、旦那様は私を見て怪訝な顔をして言う。
「なんだ、違うのか?」
「……いえ……、いえ」
(そうよね、旦那様の言う通り。
私と旦那様は結婚したのだから、もう、誰がなんと言おうと、旦那様が私を必要としてくださる限り家族なんだ……)
そう思うと、今までで一番、心も身体もポカポカと温かい心地がしてきて……。
「……旦那様」
「ん?」
伝えたいと思う気持ちが、自然と口から溢れる。
「私を妻にして下さりありがとうございます。今が一番、幸せです」
「……!!」
旦那様が私の顔を見て、驚き目を瞠って固まってしまう。
そして奇妙な沈黙が流れたため、戸惑いながら尋ねる。
「あの、旦那様……?」
「……っ、君、今、笑っていたぞ?」
「え……!?」
昨日に引き続き笑っていると言われたのはこれで二度目。だけど、全く自分では気が付かなかった……! と今はもういつも通りに戻ってしまった表情筋に手をやると、後ろに控えていたローナが口にする。
「実は昨日も私に笑顔を見せてくれたんですよ!」
「は……!? そんな話は聞いていないが」
「私に向けられた笑顔なので、辺境伯様のお耳に入れたら嫉妬してしまうかと思い黙っていました。その時のティアナ様もとーっても可愛らしかったです!」
「嫉妬……!? そ、それはともかく何かあったら報告しろといつも言っているだろう」
「私に向けて下さった微笑みは私とティアナ様の思い出なので、仕事漬けの辺境伯様に報告しろと言われましても」
ローナと旦那様のなかなか見ない新鮮なやりとりを初めて目にして、最初はどうしようと戸惑ったものの、話題が私のためを思ってくれているのだと思うと素直に嬉しくて。
今度こそ、自分でも自然とほんの少しだけ口角が上がるのが分かった。




