そのままの自分で
朝食を摂り終え、病み上がりだからとお部屋に戻りゆっくりしていたけど、昼食を摂り時刻が午後を回ってからふと思い立ち願い出た。
「ローナ、そういえば私まだお屋敷の中のことをまだあまり知らなくて……、お屋敷に仕えている人達に、ご挨拶も兼ねて屋敷の中を見て回ったりしたら旦那様に怒られてしまうかしら」
「いえ、丁度辺境伯様にも、ティアナ様のご体調が戻ったらお屋敷の中を案内するように仰せつかっておりました。
ただし、お身体のお具合はいかがですか?」
「えぇ、まだ少し無理は出来ないかもしれないけど、大分良くなったわ。
ありがとう、ローナにも心配をかけてしまったわよね」
「いえいえ、遠慮なくお申し付け下さいませ。
私はティアナ様付きの侍女ですから!」
そう胸を張って口にするローナの姿に、心が温かくなっていくような、そんな心地がして。
(……私、こんなに穏やかな気持ちで過ごせているのは、生まれて初めて)
「ティアナ様?」
ローナに名前を呼ばれた私は、笑うことが出来ない代わりに口調を和らげ、少しでもこの気持ちが伝わればと願いながら言う。
「ローナのような侍女にお世話をしてもらえて、私は幸せ者ね」
「……っ、ティアナ様!」
「これからもよろしくお願いね」
「はい! もちろんです!」
そう言って初日から変わらない屈託のない笑みを浮かべてくれる彼女は、私の目には可愛らしく映って。
不意に今朝言われた旦那様の言葉を思い出す。
『ここには誰も、君が感情を露わにしたからと言って咎める者はいないから、素直に感じ取ったことを表現すると良い』
(……そうよね、ここには私が感情を露わにしたことで罵倒したり、笑ったりする人達はいない。
いえ、むしろ感情表現が出来た方が旦那様のお役に立てるかも)
せめて微笑むことが出来たら……と、にこにこと笑みを浮かべることが出来る目の前のローナを羨ましく思ってしまうのだった。
「では、本日はお屋敷の中をご案内いたしますね」
その言葉に「よろしくね」と口にし、ローナの後ろを歩きながらふと疑問に思い尋ねる。
「今日はお屋敷の中だけと言ったけど、クレイン辺境伯領はやはりとても広いの?」
辺境伯領といえば国の領土を守るため、国境付近の領地一帯を任されているということは習ったけど、ここはウィバリー帝国であり、旦那様も戦場に立たれているお方だから相当な規模を誇るのでは、と私が勝手に予想していたのは正にその通りだったようで。
「とても広いどころか、辺境伯様は国で最も最強と名高い騎士団長様ですからね。
皇帝陛下もその強さに見合った対価を、と考え、戦場で大活躍の辺境伯様に褒賞として領土をお与え続けた結果、今では小国と同規模の面積を誇っているんですよ」
「……小国と同規模!?」
「はい。後で地図をお持ちいたしますね」
「…………」
想像の遥か上を超えすぎていて、つい唖然としてしまう。
そして、一番に思ったことは。
「……皇帝陛下の、“強さに見合った対価”ではない私が花嫁で良かったのかしら……」
「駄目ですよ!」
「!」
ローナの言葉に思わず俯きかけていた頭を上げれば、ローナは指先を振って言う。
「辺境伯様からも仰せつかっているのです。
“花嫁は自分を卑下しすぎる節があるから思考や言動を改めさせろ”と。
ティアナ様は十分すぎるくらい素敵なお方です。
確かに卑下しすぎるのは良くないかと思いますが、私はよほど傲慢なお方よりも慎ましやかなお方の方が良いと好感が持てますよ。
……ここだけの話、辺境伯様もティアナ様のことを随分気にしておられるようですし」
「!? 旦那様が?」
「はい。ティアナ様がお風邪を召された時も、一番心配していたのは辺境伯様なんです」
「うそ……」
確かに、旦那様はお優しいし気を遣ってくれていたけど、と信じきれていない私にローナは続ける。
「本当です。仕事の合間を縫ってわざわざお部屋までご様子を見にいらっしゃっていましたから。
今までの辺境伯様では考えられない行動で、侍従達の間でも未だに専らの噂ですよ。
私の目から見ても、ティアナ様がいらっしゃったことで辺境伯様の雰囲気は少しずつ変わりつつあると思うのです。
だからティアナ様は、無理に変わろうとはなさらず、そのままのティアナ様として過ごしてくださいね」
「……!」
ローナの言葉に、私が何に悩んでいるのか、ローナにはお見通しなのだということに気が付く。
同時に、“素直に感じ取ったことを表現すると良い”という旦那様の言葉も一緒に思い出し、目を瞠った私に、ローナは手を叩いて言った。
「さて、お屋敷の中だけでも随分とお部屋の数がありますからね!
全部を覚える必要がないにしても、ティアナ様が使うお部屋やこれから顔を合わせることになる使用人の紹介もしたいので、早速参りましょう!」
「待って、ローナ」
歩き始めたローナを再度呼び止める。
そして、心からの感謝の気持ちを言葉に載せて彼女に告げた。
「ありがとう」
「……っ、ティアナ様、今」
「ん?」
ローナは私に近付いて来ると、私の手を取る。
そして、感極まったように言った。
「今、笑っていました!」
「……え!?」
「しかも自然に! とっても! すごく可愛かったです!!」
「あ、え、えぇ?」
「ふふ、ティアナ様の笑顔を拝見出来てとっても嬉しかったです! こちらこそ、ありがとうございます!」
あまりにも褒め上手なローナの言葉に恥ずかしさを覚えながらも、旦那様の言っていたように、感情が欠落しているのではないのだということにホッとし、それからじわじわと嬉しさが込み上げてきたのだった。




