まずは、共に歩み寄ることから
「ご迷惑をおかけいたしました」
そう言って頭を下げれば、座っている旦那様が私を見上げて言葉を返す。
「体調はもう大丈夫なのか」
「はい、おかげさまで……」
大丈夫かと尋ねられ、申し訳なさから恥ずかしさが募る。
(嫁いで早々三日間も眠ってしまっていたなんて……)
そう、私は目が覚めてからまた丸二日眠り続けてしまい、合わせて三日も死んだように眠っていたとローナから聞いた時は、さすがに血の気が引いてしまった。
そのため、結婚生活は既に今日で五日目を迎えていた。
「嫁いで早々ご迷惑をおかけすることになってしまい」
「だから言っているだろう。俺の妻となったのだから俺に対して迷惑だとか考えるな。口にするな。卑屈になるな」
「は、はい……」
(また怒られてしまった……)
しゅんと項垂れる私に、旦那様は咳払いすると席に座るよう促した。
「そんなことを言っていないで早く座れ」
「はい」
ローナに椅子を引いてもらい着席したのは、旦那様のお顔が見える隣の席で。
そっと窺い見たつもりが、旦那様もこちらを見ていてバチッと視線が合ってしまう。
(わわっ)
「……どうして顔を逸らす」
「も、申し訳ございません、つい……」
(なんだか気恥ずかしくて旦那様のお顔をまともに見られない……)
そもそも、どうして朝食の席を共にしているかというと、皇帝陛下からの御命令なのだとか。
確かに、皇帝陛下から私に宛てられたお手紙にもこう書かれていた。
『夫婦は歩み寄りが大事だと聞く。まずはお互い共に過ごす時間を少しずつ増やしてみよう』
皇帝陛下曰く、それがこの“毎朝一緒に食事を摂る”なのだとか。
「やはり朝食の席は別にするか」
「……え!?」
驚き反射的に顔を上げると、旦那様が今度はこちらを見ることなくお食事を摂りながら尋ねる。
「そんなに怯えていたら食事も喉を通らないだろう」
「怯える……?」
何のことかと首を傾げれば、旦那様はやはり目を合わせずに言った。
「俺が怖いんだろう? だから目を合わせない。違うか?」
「ち、違います!」
「!」
自分でも驚くほど否定する声が大きくなってしまい、今度は私が俯き加減で答えた。
「怖いはずがありません。旦那様はお優しいのに、怖いなんて思うはずがありません」
「……俺が、優しい?」
「はい」
「では、なぜ目を合わせない」
「それは……」
ゆっくりと顔を上げれば、やはり旦那様のまっすぐな、どこまでも澄んだ黒曜石のような瞳と目が合って。
じわり、とやはり頬が加熱を帯びるのを感じながら、おずおずと答える。
「……お顔を、直視出来ないんです。なんだか、気恥ずかしくて……」
「…………」
「旦那様?」
奇妙な長い沈黙に今度は私が驚き顔を上げれば、旦那様は見たことのないようなお顔をされていて。
「わ、私変なことを申し上げましたでしょうか」
「……大分」
「大分!?」
どうしよう、と後ろに控えてくれているローナを見やれば、一向に目が合わない。
……よく見ると、肩が震えているような気がして。
(や、やはり私何か変なことを)
「も、申し訳ござ」
「だから謝るな」
「は、はい……」
会話って難しい、ととりあえず項垂れながら、まだ病み上がりだからという計らいで作っていただいたスープに口をつける。
(あ、美味しい……)
「一つ、言い忘れていたんだが」
不意に旦那様が話を切り出したことで食事の手を止めれば、旦那様は「食べながら聞いて良い」と口にしてから言葉を続けた。
「俺達の結婚式は、今のところ未定だ」
「未定……」
「婚姻は既に五日前に結ばれているが、式自体はヘルツベルクとウィバリー、双方の国の者達を招かなければならない」
双方の国の者達、という単語に一瞬反応してしまう。
旦那様は私の様子に気付いたようで、すぐに付け足す。
「だからこその“未定”だ。執り行うかどうかは双方の話し合いが必要だという皇帝陛下の計らいだ。
今のところ行わなくても良いという見解を出している」
(……行わなくても、良い)
旦那様はきっと、私のためを思って結婚式自体をなしにしてくれようとしている。
だけど、我儘かもしれないけど、私はそれを少し……、残念に思ってしまっている自分がいて。
そんな自分に、少し戸惑う。
「……挙式をしたかったか?」
「えっ」
「顔に出ている」
「うそ……」
顔に出ているなんて初めて言われたわ、と頬に手をやれば、旦那様はふと呟くように言う。
「……君は以前、“感情表現が出来ない”と言っていたが、それは克服出来るものなんじゃないか」
「え……」
思いがけない言葉に瞠目すれば、旦那様は力強く言う。
「無理に笑えとか泣けとか言っているのではない。
だが、無表情は時として周囲に誤解を与えやすいことも確かだ。
ここには誰も、君が感情を露わにしたからと言って咎める者はいないから、素直に感じ取ったことを表現すると良い。
……感情を殺しすぎて自我を失くすなど、笑えん話だからな」
「……旦那様」
最後の言葉の意味はよく分からない上、何となく触れてはいけない気がしたけど、やはり私のためを思ってのことだと……、また、旦那様にはお見通しなのだと思いながら、そのお心遣いが嬉しくて、「分かりました」と感謝の念を込めながら頷く。
旦那様もまた頷きを返してから席を立とうとしたのを見て、慌てて用があったことを思い出し引き止める。
「旦那様」
「なんだ?」
旦那様がこちらを向いたタイミングで、ご許可を頂こうと思っていたことを口にする。
「皇帝陛下に御返事を書いてもよろしいでしょうか?」
「……書かなくて良い」
「えっ?」
「別に書かなくて良い」
「あ……」
旦那様はどこか苛立ったように返してから、席を立ち踵を返す。
そうして一人席に座った状態で取り残された私は思う。
(……また、怒らせてしまった)
旦那様が出て行った扉を見つめていると、後ろからローナに声をかけられる。
「書いてもよろしいと思いますよ」
「えっ」
ローナの言葉に後ろを振り返れば、なぜだかにこにこと嬉しそうに笑っていて。
どうしてそんなに嬉しそうなんだろう、と思いつつ恐る恐る尋ねる。
「でも、本当に良いのかしら? 旦那様は、書かなくて良いと仰っていたけど」
「あぁ、それはですね……」
ローナは笑みを浮かべたまま声を落として話し始めたため、私はローナの言葉に耳を傾けた。




