誓いの言葉
新作連載、開始いたします!
「ティアナ・ベート」
静寂が支配する頼りない月明かりだけに照らされた寝室。
二人きりの空間で、今日付で夫となった旦那様に名を呼ばれた私が顔を上げれば、旦那様は髪と同色の漆黒の瞳に私を映し、温度のない声音で告げた。
「俺が君を愛することはない」
あぁ、やはりここでもそうなるのね。
分かってはいたことだから驚かない。
目の前にいる旦那様にとって、私は敗戦国の姫でもないただの侯爵令嬢であり、完全なる目の上の瘤。
この結婚が望まれたものなどではなく命令されて仕方がなかったものであることくらい、考えなくても分かっていた。
でなければ、名ばかりの侯爵令嬢である私に結婚の話など回ってはこなかったはずなのだから。
(それでも、私は)
緊張から心が震えるのを落ち着かせるために瞳を閉じて一度深呼吸をし、ゆっくりと目を開ければ、声音と同じく何の温度も称えていない瞳と目が合う。
私もまた、その瞳から目を逸らすことなく、息を深く吸ってから言葉を返した。
「構いません」
旦那様と同じ温度を意識して静かに返したというのに、旦那様の瞳が僅かながら見開かれる。
自分が敵ではなく味方であることを示すためには、少しは微笑んだ方が良いのかもしれないけど、私には無理だった。
笑顔はおろか、微笑の浮かべ方なんて、とうの昔に忘れてしまった。
今までの人生において、喜怒哀楽を表現したところでどうにもならなかったから。
そんな私を、どういう理由であれ迎えてくださった旦那様のために私が出来ることは。
「……ください」
「……え?」
死んでしまった表情筋の代わりに、じっと旦那様を見つめて言葉を紡ぐ。
「この結婚が旦那様のためになるのでしたら、結婚も、私のこともお望みのままにご活用ください」
愛情なんて私には必要ない。こんな私が愛情を向けられるなんて、求めるなんて烏滸がましいにも程がある。
ましてや、旦那様は嫌われ者の私と違い、数多の戦争において勝利をおさめ、名を馳せている英雄であり尊ばれるべきお方。
それだけではない、私を一生縛り付けるはずだった鳥籠の中から救い出してくれたのも、他でもないこのお方なのだから。
(英雄である旦那様に私が出来ることは、ただ一つ)
左胸に手を当て、静寂を切って誓う。
「この命、この身も全て、あなた様に捧げます」
これが何も持っていない私に出来る、旦那様への唯一の恩返しの方法なのだ。